117.カルナの領域
今話は三人称視点となります。
――かつてシオンが勇者として召喚された世界。
悪魔とは、一部の魔人のみ召喚できる外側の災厄だとされていた。
だが、事実は異なる。
単純な力の量、或いは単に相性……何らかの要因で自身を滅ぼし得る能力を持って生まれた魔人が、自らの内側にその能力を切り離した存在。
それが悪魔の真実だった。
故に悪魔は魔人さえ容易く滅ぼし、勇者であろうと圧倒する力の権化として現れる。
翻って。
シオンと契約を結んだカルナは、そういった悪魔の中でも異彩を放つ存在であった。
その能力は、悪魔としての力を他者に与えるというもの。
シオンの介入が無ければ、或いは新たな魔王として悪魔の軍勢の上に君臨する未来さえ有り得たかもしれない。
それほどの器だったからこそ、世界を超えようが契約者を逃がす事は無かった。
だからこそ……悪魔にとって絶対である契約という一線さえ、その悪魔を完全には縛りきれなかった。
契約とは魔人と悪魔の繋がりを外界に存在する為の概念として抽出したものであり、その強大な力と釣り合うだけの対価でもある。
それを違える事は、悪魔という存在が根本から崩壊する事に直結する。
実際、カルナという悪魔は消滅寸前の危うい状況にあった。
自らに施した暗示、魔法、その他ありとあらゆる仕込みを慎重に解除していく。
その作業さえ、一つのミスで自我が消し飛ぶ綱渡り。
だが、シオンの精神世界に作られた領域の中……喪服の少女は嗤っていた。
カルナが契約の中の一線を超えられたのは、無数の要素が重なった結果だった。
第一に、カルナ自身の力量。
第二に、対象であるシオンの精神がこの上なく不安定になっていた事。
第三に、それが契約の中で多少の自由を許された行動――即ちシオン、及びその周囲の人間の為の行動であった事。
そして第四に……それがシオンの中に、彼の望みの一つとして確かに存在した事。
結局のところ、カルナが行った事は単純。
シオンの思考を、本人に悟られないよう誘導しただけだ。
もしも、向けられる想いを選ばないといけない時が来たとしたら?
――簡単な事。全員に平等に応じればいい。
シオンの寿命は常人と変わらない。
それも契約の条件の一つだった。
百年もすればシオンは死に、カルナは契約から解放される。
その時……彼の血を引く生きた人間は、実に興味深い検体となるだろう。
悪魔の狙いをシオンが知る事は無い。
当然だ。その為に危ない橋を渡ったのだから。
そして彼は選ぶ。
一つ目の想いを迷いなく受け入れる。
……毒は、仕込まれた。




