116.リクレス城――100
「よく来てくれたな」
「……ああ」
扉を開けると、そこに立っていたのはルビー。
彼女は一度大きく息を吸うと、意を決したように部屋へ入ってきた。
椅子を勧め、手の震えを抑えつつ紅茶を淹れる。
「精神を落ち着かせる効用があるらしい。気休め程度にはなるだろう」
「か、かたじけない」
自分のカップにも同じ茶を注ぎ、そっと口に運ぶ。
茶の効用は本物だが、今回に限っては状況が悪かった。
客観的には魔力の流れが安定したのが分かるが、実感はまるで無い。
こちらから昼の答えを聞きたい気持ちを紅茶で抑え、精神を鎮めながら言葉を待つ。
張り詰めた空気の中、互いに黙々と茶のおかわりを繰り返すことしばし。
ルビーが、遂に口を開いた。
「――昼の、問いは。先日の……北の平原での事があったから、だろうか」
「ああ。お前の事は好いていたし……あれを聞かされた以上、応えないといけないと思った」
「…………そうか」
「ルビー?」
「……ミア様、リディス殿、エスト殿、リース、セイラ殿……あなたは皆の事を心から大切に思っている。その中に私も含まれていた事は、とても嬉しかった。だが……」
これまで表面上は平静を保たれてきた声が震える。
顔を俯かせたルビーは固く握った手に力を込めて言葉を続けた。
「私が選ばれたのが、ただ一番に思いを伝えたからなのだとしたら。他の誰かが、同じように思いを伝えたら……そう考えると、不安なのだ」
ルビーの言葉は思いがけないものだった。
そもそもそんな事あるはずない、杞憂だと笑い飛ばせば済む話のはずだ。
……しかし。
もし、ルビーが言ったような事態になったとすれば。
その時、俺は相手の思いを切り捨てる事が出来るのだろうか。
……答えは出ない。
出ない、はずだった。
そのとき脳裏に閃いた答えは、子細を把握する前に薄れて消えていく。
だが、確かに答えは存在するのだ。
そう理解した時、自分の伝えるべき言葉は自ずと頭に浮かんできた。
「心配する事はない」
「シオン殿……」
「何があろうと、俺がお前を好きなのは変わらない。だから大丈夫だ」
どれだけ迷おうとも、その思いを見失う事だけは無い。
だから、この言葉はルビーの目を見てはっきりと口にする事が出来た。
反応は無い。
かと思うと、ルビーの瞳に大粒の涙が盛り上がった。
咄嗟に手で隠された顔の下の表情は分からない。
……言うべき事は言い切った。
後はルビーの返事を待つだけだ。
その心情は、むしろ開き直りに近いものだったと思う。
呼吸を落ち着かせたルビーは目元をこすって顔を上げる。
赤くなった目が正面から俺を見据えた。
「――済まない、シオン殿。今からでも間に合うなら、昼の問いに答えてもよいだろうか」
「ああ」
「ありがとう……好きだ、シオン殿。愛している……!」
「……俺もだ」
机を脇にどけたルビーが飛び込んでくる。
立ち上がって受け止め、俺もその身体を抱きしめ返した。