114.リクレス城――98
強行軍の疲労を癒し、颯爽と自国へ戻っていったウェンディを見送った翌日。
庭の手入れをしていると、ちょうど出くわした一人のメイドがくるりと背を向けて逃げ去って行った。
……「あの一件」以来、ルビーはずっとあんな調子だ。
事が事だけにいたたまれない気持ちになるのは俺も同じだが……。
後を追う事も出来ずにその場で木々の見栄えを整えていると、遠方からかなりの勢いで突っ込んで来る一団が見えた。
「お姉様は! お姉様はご無事ですね!?」
「ええ、それは勿論」
応対にあたった際の第一声がそれ。
距離が違うとはいえ先日のウェンディ以上の速度で急行したらしいメアリは、いつも以上にいつも通りだった。
「シオン殿もご無事で何よりです」
「またしばらく此方でお世話になりますね」
「ああ。そっちも大丈夫だったか?」
「はい、おかげさまで大事ありませんでした」
配下の騎士たちとの会話もそこそこに城へ戻る。
リディスはというと、普段通り執務室でミア様と共に事務に励んでいた。
……書類の山が、いつもより低い。
密偵たちも多くが城に戻ってきているのも合わせて考えると、大陸の情勢が安定してきたという事だろうか?
そんな事を考えながらメアリの来訪を告げると、二人は揃って頭の痛そうな顔になった。
「……事前に知らせは受け取ってるわ。リディス、いってらっしゃい」
「畏まりました」
執務室を出ると、リディスは大きなため息を一つ。
多分に呆れを含んだ声で呟く。
「まったく……先日ここを発つ際にも今生の別れさながらに迫られたというのに」
「それだけ深く想われてるって事だろ? 何も悪い事じゃないさ」
「それは、まぁ。分かってますけど……」
考えてみれば、あのメアリが必要に迫られたとはいえ簡単にリディスから離れて自領に戻る姿は想像し難い。
やはり俺の知らないところで一悶着起こしていたか。
それでも言葉の端に苦笑がにじむ辺り、リディスとしても満更でもない部分はあるのだろう。
もっとも、程々にしてほしいというのもまた本音なんだが。
「さて、覚悟はいいか?」
「いつでもどうぞ」
声を潜めて軽口を叩いた後、そっとドアを開ける。
なんとなく気配も隠し気味になっていたのだが、メアリはすぐさま反応して立ち上がった。
「お姉様――」
「お久しぶりです」
目を見張るほど無駄のない動きで向かってくるメアリに対し、リディスは逃げるでもなく距離を詰める。
なるほど……衝突のタイミングをずらして威力を抑えたのか。考えたな。
これまでさりげなく身を躱そうとして追撃に沈む姿を見てきただけに、どこか感慨深いものがある。
「お姉様、嗚呼お姉様! わたくしは自分が情けのうございますわ!! 迫る脅威からお姉様を守る事も敵わず、おめおめ離脱する他無いなどと……!」
「そのお気持ちだけで十分嬉しいです。どうか自分を責めないでください」
「お姉様ぁ……!」
リディスに抱き着いたまま感極まった様子で涙ぐむメアリの言葉が本心なのは疑うまでもない。
だからこそ対応に困るのだが……何はともあれ、二人の世界に俺は必要ないだろう。
リディスに気付かれないよう気配だけその場に残し、俺は密かに部屋から離れた。




