11.フィムフ村――2
「っ……じゃあ、改めて命じるわ。主に剣を向けた愚か者を捕縛しなさい」
「お任せください」
執事服の内側から取り出すのは丈夫なロープ。
勇者時代も魔族を生け捕りにすることはあったし、経験はそれなりにある。
伸びている男共を手早く拘束し、騎士は別口で縛る。
それなりに嵩張るが……よっと。どうにか纏めて担ぎ上げられた。
「一応聞くけど――」
「うわぁあああああ!!」
「ぞ、賊――ガッ!?」
唐突に外から響いてきたのは村人の悲鳴と断末魔。
騎士たちは何してる――と思ったところで担いでいるコレを再認識。
「……本当働かないわねそいつら」
「全くですね」
「…………そうよ、こうしてる場合じゃないわ! 早くカインを保護しないと!」
「カイン……?」
さも大事なことに思い至ったと言わんばかりにミア様が手を打ち合わせた。
御者は女だったし、そうするとカインって誰だ?
いや、それより気になるのはミア様がどこか無理をしているらしいことだ。
以前ジャリの前で取り繕っていた態度に比べれば今の演技はまだ見抜けるレベル。
……まあ、そう見えてることさえ演技って可能性もあるけどな。
「あれでも血筋は確かな馬よ、ここで失くすのは惜しいわ」
「馬、でしたか」
「何ボーっと突っ立ってるの、ついて来なさい」
「畏まりました」
言うが早いかミア様は駆け出していく。
その足に迷いはない。
もしかしなくても、これが先ほど言っていた脱出経路という奴か。今は違う目的で使っているわけだが。
主の後を追いながら騎士たちを捕えた部屋、そして一応屋敷自体も魔力でロックしておく。
結界を張る暇までは無かったから、元から開いてた窓なんかには無力だが……少なくとも騎士たちは逃がさないで済む。
「……あっちね」
「ミア様、厩舎なら――」
『御主人サマのことを思うなら、黙って追った方が良いよ』
「そう、なのか?」
とりあえず飛弾で拳撃を飛ばし、感知圏内の賊を一掃する。
この技が属する異の型は他の型とは違い特殊なものだが、慣れれば手軽に使えて便利だ。
……ミア様が進んだのは、特に多くの賊が暴れていた方向。
視界に入って来る時には賊は飛弾で気絶した後だし危険はない。だが……。
気絶して転がる賊たちの傍には、血を流し横たわる村人の姿。俺もそう頻繁に訪れていたわけじゃないが、決して知らない顔じゃない。
なぜこの人たちは死んでるってのに、賊は生きている?
半分は自分が生んだはずの光景が、酷く歪に見えた。
「……シオン、どうかした?」
「もう暴れている賊はいないようです」
「そう。カインの保護の為に急いでたっていうのに本末転倒ね」
フィムフ村はそう広い村ではない。
賊の人数こそそれなりに多かったが、鎮圧にそう時間はかからなかった。
呆れたように呟くミア様の様子は平静だ。賊が襲来した時より、ずっと。
ただ、両の手だけがきつく握りしめられている。
ミア様の視線が下がり、自分の手に移った。一度開かれた手の平が先ほど以上の強さで握りしめられる。
「……もう少しだから。屋敷に引き返すわ、運んで」
「……仰せのとおりに」
ミア様を抱き上げ、正面に風防代わりの簡単な障壁を形成。
全速力で駆け出せば、屋敷に着くのに数分と掛からなかった。
幾つかの部屋を探したミア様が見つけたのは、広範囲に音を広める魔導具。
それがきちんと機能するのを確認し、ミア様は屋敷三階のバルコニーへ踏み出した。
「――聞きなさい、フィムフ村の民たち」
落ち着いた、それでいて力強い声が響いた。
あたかも眼前の群衆に向けて語っているかのように毅然とした姿で、ミア様はこの村の現状を伝えていく。
村を治めていた騎士は殺され、偽物とすり替わっていたこと。
偽者は盗賊と手を組んでいたが、領主に不正を暴かれた段で遂に村を滅ぼし、民の財の全てを奪おうと試みたこと。
偽者の手がかかった者、そして盗賊は領主の手勢によって無力化されていること。
……あれ? 俺の知らない情報が半分以上なんだが?
『御主人サマの努力を台無しにしたくないなら、その事については口を塞いどくんダね』
そうやって脅せば俺の行動が意のままだと思うなよ?
『でも動けないダろ? それに嘘は言ってないし』
…………。
カルナと言い合う内に、ミア様は目的を果たしたらしい。
魔導具を下ろして屋敷の中に戻ってくる。
「ソレ、適当に片づけといて」
「畏まりました。……ミア様は?」
「少し一人にさせて」
ぞっとする程冷たい目で捕えた騎士の一派を一瞥すると、ミア様はそのまま部屋を後にした。
感知したところ、僅かにではあるがまだ屋敷の中に残ってる連中の反応。
「もう一仕事、ってか!」
壁越しに使える技が無いわけじゃないが、この状況には不向きだ。
得物は……抜くまでもないな。
捕縛用のロープを手に、俺もまた部屋を飛び出した。