106.リクレス城――94
「……一応、アンタにも説明しておくべきかもね。エスト」
「畏まりました」
色々と情報がほしい俺の心情を察してか、ミア様の視線に頷いたエストさんが詳しい事情を説明してくれる。
まず、連合軍の中核を成しているのは以前俺たちも訪れたリニジア領。
その時の事件を経て新たに領主となったバダルという男はセム=ギズル連邦国の貴族の出身なのだが、要するに今回の一件は裏でセム=ギズルが糸を引いているという事らしい。
「以前の西部戦線において、セム=ギズルは間接的にベクシス帝国の戦力を削ぐためこのレクシア地方で様々な工作を働いていました。それをリクレス領の仕業に仕立て上げ、今回の派兵の名目にしているようです」
「……それにしても、弱兵で知られるリクレスを攻めるには過剰戦力に過ぎると思われるのですが」
「密偵たちの得た情報によれば、リクレスを制圧後そのまま支配に移行するための大人数だそうです。しかし、セム=ギズルからすればリクレスは送り込んだ密偵の帰ってこない不審な地。外交の面でもレクシア地方の火種を消してきたミア様を、確実に排除しておきたいのでしょう」
……他所の密偵を消してきたのが裏目に出たか?
だがミア様がリクレスの平穏を守ろうと動けば避けられなかった事態のようでもあり、どう動いていればこのような事態を未然に防げたかはまるで見当もつかない。
しかし、今はそれより確かめるべき事がある。
「私にご命令頂ければ、民の一人も傷つけさせずに撃退して――」
「無茶言わないの。どうせ所属は隠せないとか、無傷には帰ってこれないとか言うんでしょ?」
「しかし、それ以外に方法は――」
「いいから落ち着いて最初に言った事を思い出しなさい。アンタは自然現象に見せかけて足止めだけしてくれればいいの」
必要なのはミア様の許しのみ。
だが、主は俺が言い終えるより早くバッサリと切り捨てる。
確かにミア様が言い当てたように、数々の不都合を引き起こす事にはなるが……。
「突然いわれのない罪状を押し付けられて、弁解も許さず迫るのは圧倒的な大軍勢。こんなとき頼りになる盟友サマが一人、アンタも知ってるはずよ」
「……ウェンディ殿、ですか?」
「そういう事。救援を求めたら二つ返事で快諾してくれたわ。直属の騎士団を率いて、既にこっちへ向かってるみたい」
「だから、時間を稼ぐだけで構わないと」
「ええ。メアリ殿をベムテに帰したのは、あっちにまで飛び火した時に自衛できるようにするためね。アンタが鍛えた連中だし、何かあっても対応を考える間くらいは持つでしょ」
今回ばかりは相手の数が数だ、流石に状況と本人たちの動き次第としか言えないが……。
脳内で最悪の状況を考える。
リクレスに知らせが届いた段階では、何故か打って出たメアリたちが連合軍一万に完全に呑み込まれている状態。
リクレス城から俺が全速力で駆け付けるまで数十分。
とりあえず一気に何百人か薙ぎ払ってやれば敵軍は崩れるだろうし、そうなれば少なくとも騎士たちは撤退できるだろう。
問題は数十分の間だが……冷静ささえ失わなければ、ギリギリ持ちこたえられるか。
全滅まではいかないだろうが、そこばかりはメアリたちに託すしかない。
「……ちょっと。余計な事考えてないで戻ってきなさい」
「し、失礼しました」
呆れを含んだミア様の声で我に返る。
改めて地図を示すと、ミア様は雨を降らせる範囲と稼ぐ時間を具体的に指定していく。
「後は密偵から適当に護衛と、ウェンディ殿たちの到着を連絡する係を――」
「一人で構いません。魔法を使いながらでも戦闘は問題なく行えますし、この距離であればウェンディ殿の騎士団の到着は察知できますから」
「……はぁ。別にアンタが冗談で言ってるとは思わないけど。邪魔になるんでもなければ、万が一に備えて護衛は二人ほど連れていきなさい」
「畏まりました」
勇者時代であればそこまでは出来なかっただろうが、今の俺なら水鏡で意識の集中を保ちつつ剣を振るえる。
だがミア様の心遣いを無下にするわけにもいかない。
誰か予定の合う密偵が居ればいいんだが……。
そんな事を考えながら、俺は執務室を後にした。