105.リクレス城――93
密偵たちを労った次の日はエストさんが一日多めに休日を割り振ってくれていたおかげで特に予定もなく。
どういうわけか事情を知られていた弟子たちに大人しく休むよう言われほとんどの時間をベッドの上で過ごす事になった。
そのおかげもあり、今はすっかり疲労も回復してサシャたちメアリ配下の騎士の鍛錬の様子を見る事が出来ている。
ちなみに密偵たちはもう各地へ任務を帯びて発っていった。西部で戦があった時と比べれば何人かは城に残っているが、それでも忙しないものだ。
「破の型、剛撃っ」
「迅の型、辻風!」
「――砕牙!」
「くっ……!?」
乱戦の中、二対一の状態になっている一角へと意識を向ける。
二人から同時に仕掛けられた、威力も速度も異なる攻撃。それを一刀で押し返したのはフィアナ……ティグリス流剣術を扱う金髪の騎士だ。
その後も流れはフィアナ有利の方向に進んでいく。
……既に追加メニューの効果は出始めているようだな。
身体能力が同程度の人間が同じ条件で戦えば、勝つのは技量で上回る方だ。
そして普通は同じ人間同士で生じる身体能力の差には限度があるし、だからこそ武芸で身を立てようとする者は技術を磨く。
だが、逆の話……技量の方が同程度で、身体能力に差がある場合なら。
身体能力の限界を超えるには相応の無茶を要求されるが、そうして得た力は多少の技術差を覆すには十分過ぎるものとなる。
フィアナ自身の表情からも焦りの色が消えているし、良い兆候だ。
「――ひぇえええ!」
「逃がさない……」
フィアナのところとは対照的な様相を見せているのはシャーリーとサシャ。
他の騎士たちが得物をぶつけ合う隙間を縫うように逃げるシャーリーを、藍色のサイドテールを振り乱したサシャが追っていく。
一見すると主に年下の少女から逃げ惑っているようにしか見えないシャーリーが頼りなく見えるが、二人の力量はフィアナに次ぐか、同等と言ってもいい。
フィアナに引きずられた時だけ付き合う形で特別メニューをこなしているシャーリーの身体能力は毎日自主的に特訓しているフィアナに一歩遅れをとっているが、この乱戦の中を器用に駆け回る動きは彼女自身の資質によるものだろう。
それに時折ギリギリまで迫った剣をきちんと捌けているのは確かな実力の証明だ。
そんなシャーリーに逃げ切る事を許さず食らいつくサシャの動きは、シャーリーとは対照的に技術に支えられている部分が大きい。
天武剋流を教えている騎士たちの中で誰より修行に打ち込んだ結果がそこに現れている。
特に目立つのはその三人だが、他の騎士たちの動きも最初に比べれば段違いに向上している。
そこらで少し名を上げた程度の武芸者なら軽くあしらえるだけの実力はあるだろう。
それはそれとして、そろそろ適当なところで切り上げるか……そう思っていた時だった。
どこか足早に姿を見せたのはメアリ。俺を見つけると、いつになく真面目な顔で真っ直ぐに向かってくる。
「その……申し訳ありませんが、訓練を切り上げさせていただけないでしょうか。自領へ戻るよう指示が出ましたの」
「ああ。ちょうど止めるタイミングを見計らってたところだし問題ないが」
号令を掛け、騎士たちの手を止めさせる。
当人たちも困惑気味の様子だったが、そのままメアリに連れられて去っていく。
それから程なくして、俺自身にもミア様から呼び出しが掛かった。
「――シオン、アンタ前に魔災を起こせるって言ってたわよね」
「はい、確かに」
「今から雨降らせてって言ったら、出来る?」
「範囲はどれ程でしょうか?」
「まずはこれを見なさい」
開口一番に物騒な事を口にしたミア様は、机に積まれた山の一つから手に取ったリクレス周辺の地図を広げる。
「結構前の事だけど、リニジア領って覚えてる? 今、そこの町の一つにそこそこの軍が集まってるの」
「ちなみに規模は――」
「大体一万。寄せ集めとはいえ、よくもまぁこれだけ集めたものよね」
質問を遮り、辟易した表情で嫌そうな声を上げるミア様。
いや……一万といえば言葉通りそこそこの大軍だ。それこそ今の密偵たちでは総動員しても止め切れないような。
一体、何が起きた?