104.リクレス城――92
片付けは俺一人で済ませるつもりだったんだが、密偵の皆が手伝ってくれたおかげで想定より早く洗い物まで終わってしまった。
俺からの話はまだあるのを察してか、全員一度さっきまでいた大部屋に戻っている。
「……まずは、片付けの手伝いに感謝を。おかげで助かった。お前たちも今日くらいはゆっくり休息をとった方がいいだろうし、もう時間はさほど取らせない」
そう前置きして配るのは、今日に備えて鍛えた暗血色の短剣三百本。
それを全員に手渡した後、改めて壇上へ戻る。
「見てのとおり、それはお前たちに餞別という事で用意したものだ。一人一人に合わせた装備とまではいかなかったが、そこは大目に見てほしい。それと……その短剣、今から刃先が伸びる」
簡単に説明しつつ、部屋に仕込んだ魔法陣へ意識を向ける。
そこから密偵たちを捕捉して魔力を流し込むと――。
「っ……!」
「これは……!?」
短剣を鍛える時に使った俺の血が魔力に反応し、それを持っている密偵たちの魔力を取り込んで形を成す。
驚いた声を上げる密偵たちの手の中で、短剣は今朝がた試した時のように魔力の刃を形成した。
「今お前たちの中に循環する流れがあるのが分かるか? それが魔力だ。俺の補助が無くても、その状態を作れれば魔力の刃は引き出せる」
「こ、これを引っ込めるにはどうすれば……?」
「簡単な話だ。剣に向かう魔力の流れを遮断すればいい……こうやってな」
魔法陣を通じて今使っている魔法は、本来敵の操る魔力をかき乱して集中を阻害するためのものだ。
だが、少しコントロールに気を遣ってやれば相手の魔力の流れを整える事も出来る。
密偵たちの魔力に干渉して流れを抑えると、辺りを照らしていた魔力の輝きも薄れて消える。
「状況次第じゃ短剣だと使い勝手が悪い事もあるだろ。柄の鎖を上手く使えば大抵はなんとかなるだろうが、奥の手は色々用意しておくに越した事はない」
「シオン殿」
「どうした?」
「これは……魔法か?」
困惑の色の濃いルビーの質問に頷きで応える。
このフィラル大陸にも魔法を使える奴がいないわけではないが、習得難度と効果の低さからその数は極めて少ない。
故に人間が手品でなく魔法を使えることを知っている人間さえほとんどいないが、しかしフィラルにも魔法が存在するのは事実だ。
軽く光球や炎を出してみせながら俺は説明を続ける。
「修練を積めばお前たちも魔法を扱えるようにはなるだろう。だが、俺が教えたい事の中ではオマケみたいなもんだ」
「と、言うと?」
「一番大事なのは、魔力も生命力も根本は同じって事だ。調子が悪い時は魔力も乱れてる。そんな時、今みたいに魔力の流れを意識して整えてやれば少しはマシになるはずだ」
「ふむ……理解できた」
「慣れないうちは俺のところに来ればサポートしてやる。お前たちの方で予定が合えば、だがな」
「かたじけない」
そう言って一礼したルビーと入れ替わるように手を上げたのはリース。
もうコツを掴んできたらしい彼女は魔力の刃を自分で引っ込めると口を開いた。
「おまけとは仰いましたが、些細なものでも魔法を扱える事は重要だと思われます。そちらの技量を高めるご指導もお願い頂けるでしょうか?」
「勿論だ。だが、基本になるのは二つだけだ。一つは今お前がしてたように、魔力を放出する感覚を身体に馴染ませる事」
「もう一つは?」
「身体を鍛える事だ。さっきも言った通り、魔力と生命力の根元は同じ。鍛えて魔力の総量が増えれば、魔法として振るえる力も自ずと増す」
「なるほど……精進します」
「――と、変わった性質を持ってる短剣だが。それにはちょっとした災い避けの呪いを掛けてある。力尽くで砲弾を弾けるくらいには頑丈だし、お守り程度の気持ちで持ち歩いてくれれば嬉しい」
「ここまで強烈な代物をお守りと言うのは無理があるような……」
最後にそう言うと、密偵たちは自分の短剣を思わずといった様子で二度見する。
その様子を隣で眺めていたリディスが、呆れの混ざった声で小さく呟いた。




