1.異世界
新シリーズ3話投稿の一話目です。
「……う……?」
祖父に言われて修行の一環でやっていた魔物狩り。
その成果を確認していた時に降り注いだ妙な光を浴びた俺は、気が付くと大広間のようなところにいた。
辺りには今まで見たこともないくらい大勢の子供がひしめいている。
「貴様、コレはどういうことだ!?」
「お望み通り、勇者候補が百人。うまく使えばお前の願いも叶うだろう」
「話が違うではないか! 私が命じたのは――」
部屋の壁際で厳つい顔をした初老の男が怒鳴り散らしている。
それを涼しい顔で受け流していたのは、人間離れした美貌の女だった。
まだガキの俺でも分かる程の圧倒的な力を隠そうともせず、男を宙から見下ろしている。
女は口の端に小さな笑みを浮かべて部屋を見渡すと、無造作に指を弾いた。
それだけで全ての音が消え失せ、広間は水を打ったように静まり返る。
……身体が、動かない。周りの全員が同じ状態になっているのだと、なんとなく分かった。
「では、状況を説明してやろう」
あまりに透き通った、全身を貫くような声だけが響く。
これまで人間が魔族を奴隷として酷使してきたこと。
反乱が起きて立場が逆転し、今や人間の方が奴隷として搾取される立場にあること。
俺たちは人間の指導者の一人である男が召喚した神である女によって勇者として召喚されたこと。
魔王の支配を終わらせれば元の世界に帰れること。
「――というわけだ。まあ、好きにすると良い」
それだけ言い残して女は姿を消した。
広間の時が再び動き出す。
……それから何年かの時が過ぎた。
勇者たちは少なくない犠牲者を出しながらも、着実に人間を解放していく。
そして――。
反乱軍を束ねる勇者たちが集まったところを狙って、魔王が仕掛けた。
魔王の力を受け強化された魔族の軍団が、反乱軍を一息に叩き潰さんと動き出す。
兵の質でも量でも劣る反乱軍は絶体絶命。
決戦か、一度解放した地を捨てて逃れるか……勇者たちが議論する中に、俺は乱入する。
「!? ……なんだ、シオンか」
「ああ。俺は決戦に賛成だ」
「いきなり横から口を挟んで、何を言うかと思えば……事は単純な多数決で決まるようなものじゃないのよ!」
「魔王は軍団の強化に力を割いた分、弱体化している。そうだな?」
「そ、その通りだ」
「魔族は俺が抑える、取りこぼし程度なら今の反乱軍でも十分に対処できるはずだ。だからその隙にお前らは魔王を討て」
「し……シオン、気でも触れたか!?」
「んー、ちょっと否定できないかもダねぇ?」
「「「っ!」」」
俺の傍に新たな乱入者が現れる。
今まで隠してきたコイツの存在には全員が少なからず驚いただろうが、一様に隙を見せず構えたのは流石ここまで生き抜いた勇者たちってところか。
コイツ――カルナは、前に俺が倒した魔族が召喚しようとしていた悪魔。
一部の魔族だけが召喚できる悪魔とは普通、契約で定められた範囲に破壊と殺戮を撒き散らす災厄の具現。
だが、カルナはその悪魔の中でも異質な存在だった。
その契約内容は、簡単に言えば召喚者が望んだ相手の悪魔化。
俺はコイツに魂を売り、勇者がパーティを組んでようやく戦いになる悪魔に勝るとも劣らない力を得ていた。
浮き上がった影絵のような姿で現れたカルナは喪服姿をした黒髪の少女に変じ、赤い眼で挑発的に勇者たちを見回す。
「これが俺の能力の行き着いた先だ。お前らの背中は勇者の力を振るう悪魔が引き受けると思って良い」
「それが……お前の力の、秘密だったんだな?」
「ああ」
「――分かった」
「ケント!?」
「俺はシオンを信じる。そもそも、シオンの助けが無かったら今の俺たちは無いんだ」
やはりと言うべきか、最初に口を開いたのはケント……ニホン出身という炎拳の勇者だった。
皆を引っ張っていく事の多い彼の言葉に、場の雰囲気は定まる。
勇者候補として召喚された子供たちに与えられた能力はバラバラだったが、ケントのそれは身体に炎を纏わせるという単純なもの。
このリーダーシップは、能力とは別に彼自身が備えた力なのだろう。
元より時間にも猶予はあまり無かったこともあり、その後の話は迅速に進んだ。
やがて長距離攻撃魔法が届く距離まで魔族たちが迫る。
反乱軍の遥か前方で、俺は傍に控える勇者たちを一瞥する。
「準備は良いな?」
「ああ」
「勝てよ。――カルナ」
「キヒヒッ! いっくよー!」
邪悪な笑い声を上げてカルナが姿を消し、同時に俺の身体に変化が生じる。
体内に仕込まれた回路に莫大な魔力が通い、その余波で身体が幾らか巨大化する。
背中を突き破って龍翼が飛び出し、溢れ出た魔力が機械的な外見の尾として実体化し、肩と脇腹からは大木のような副腕が生える。
頭は双角を生やした狼のように形を変え、全ての腕が虚空から現れた禍々しい武器を一斉に握った。
我ながら、魔王より魔王らしい姿だと思う。
数々の悪魔と渡り合ってきた勇者たちでさえ、呼吸も忘れて目を見張っていた。
「ガァァアアアッ!!!」
四足で地を踏みしめ咆哮。指向性を持った魔音の砲撃が降り注ぐ魔法を全て蹴散らす。
両眼から放った光線が魔王軍の左翼を吹き飛ばし、投擲したチャクラムが右翼の魔族を切り刻み、魔槍の一突きは軍の中央を深く穿った。
動揺が走った魔王軍へ数秒で突っ込み、当たるを幸いに全ての武器を振り回す。その一撃一撃が強化された魔族の軍勢を引き裂き屠っていく。
火炎で魔族を焼き払って作った道を勇者たちが駆け抜ける。
「ははっ……あーっはっはっはっは!! 素晴らしい! 最高ダよシオン! さあもっと、もっともっともっともっと暴れようかァ!!」
「グッ……!」
カルナの狂喜に満ちた哄笑が戦場に響く。
流れ込んで来るのは、痛い程に……危険なレベルで過剰な魔力。
魔族の抵抗を受けても傷一つつかない身体に内側から細かな裂傷が走り、紅い煙を上げる血が流れ落ちる。
逃げる魔族が後方の勇者たちの戦いを邪魔しないように。そして、前方の反乱軍を襲わないように。
吹き飛びそうになる理性を必死で繋ぎとめ、俺は魔王軍をその場に縫い止め続けた。
「……う……」
意識を取り戻したのは硬いベッドの上。
辺りの様子を窺うと、そこはいつかの大広間だった。
記憶を辿る。俺は……確か最後の決戦の途中、意識を……。
「おや、気が付いたかい?」
「……戦いは、どうなった?」
「うん、実に良かったよ! キミと契約したのは正解――いや、大正解ダったねっ。ボクの力をフルに発揮して、有象無象を薙ぎ払い焼き払い――痛てっ」
身を起こした俺の背後から腕を回してくるカルナ。
尋ねると腕にぎゅっと力が込められた。
背に頭を擦りつけ、恍惚とした声で語りだす。
話があらぬ方向へ逸れそうだったので副腕を出し、その額に軽い手刀を落として阻止。
「そういうことを聞きたいんじゃない。ケントたちと魔王の戦いは――」
「お、気付いたか。ちょっと待っててくれ、皆を呼ぶから」
ちょうど部屋に入ってきたケントは、そう言うと身を翻した。
やがて見知った勇者たちを十一人……魔王との決戦までに生き残った顔ぶれを連れて戻ってくる。
「結果から言うと、魔王は無事に倒せた。シオンのおかげで魔王軍も壊滅したし、もう魔族に組織立って戦う力は残されていない」
「ってことは、つまり……」
「ああ。元の世界に帰れる」
「方法は?」
「ルティニア……俺たちを召喚した神によると、そこの像に魔力を流せば元の世界に帰れるんだそうだ」
「そうか」
「俺は色々やることもあるし、残るつもりなんだが……三日の内に決めないと、帰れなくなるらしい」
俺は勇者たちを見回す。
その全員が解放軍として戦ってきた奴らだ。
たまに力を貸すくらいで、普段は修行しかしていなかった俺とは違う。
じゃあ、部外者はさっさと退場させてもらおうか。待たせてる人もいることだしな。
「なら俺は帰らせてもらう。お前たちも……まあ、達者でな」
「お前には何度も助けられた。感謝してる」
最後までお人好しな炎拳の勇者に返事代わりに手を振る。
幾つかの顔が脳裏に浮かんだが、努めて無視して像に魔力を流し込んだ。
視界が白く染まり、意識が遠のく――。