赤い染み01-ホントにやる
呼吸に合わせて、布団がわすかに上下し、三奈美とユキの寝息がシンクロする。心配したより穏やかな気分だ。今のうちに眠ってしまおう……
”ドクドクドク”鼓動が聞こえる。早く大きく”ドクドクドクドク”――― 俺の中で怪物がムクムクと育ち始める。
手を伸ばせば届く距離に彼女がいて、
あんなコトやこんなコトが……
鼓動はさらに加速する。胸が壊れそうで眠れる予感がゼンゼンしない。諦めて体を起こした。
まだ真っ暗だが時刻はもう朝方になっている。
オレは異常なんだろうか?
さっき彼女の涙を見たばかりなのに。
ベッドに視線をやる。彼女を見てると切なくなってくる。
三奈美はオレの欲望を感じているハズなのに、こんな妄想の中で、よく平気で眠れるものだ。
無防備な寝顔は天使のようだが、その魅力でオレが悪魔にならないよう、どうにか自分を寝かしつけた。
――案の定寝過ごした。
学校なんかは休んだってよかったんだけど、三奈美がどうしても行けと言うから、しかたなく出かける。
これだけ遅れれば、いつものように必死でペダルを踏むコトもない。どうせ遅刻なんだから、遠回りして城跡公園のまわりを一周してみた。
鴨の池広場の横を通る国道では、特に注意して生け垣の隙間を覗き込んだ。中に入るのは控えたが、別に騒ぎになっている様子はない。
三奈美も、新聞やテレビのローカル局をチェックしていたが、それらしいニュースは見つからないようだった。
二時間目の頭に時間を合わせて、いつものように入室許可を職員室でもらった。
いつものように授業は進み、いつものような放課後がきた。いつもの友達には、何も話さなかったし話せなかった。
当たり前に一日は過ぎていくが、部屋へ帰れば三奈美たちがいた。
二日後の土曜日、あれから何の情報も入らないままで、不安になった三奈美は、あの現場を見に行きたいと言い出した。
公園に行ったところで、有益な情報が入るとは思えない。オレは引き止めたが、三奈美はもう一度自分の目で確かめたいと、頑なに譲らなかった。
彼女はユキをオレに預け、一人で行こうとしたが、ユキが留守番など納得するワケがなく、休日だし、ほとぼりも覚めた頃だろうと、三人いっしょに出かけるコトになった。
普段は利用しない、そのまんまの名の停留所があるバスで、城跡公園前に到着する。
バスを降りて二十歩足らずで、江戸時代風に造られた東門をくぐった。
公園に入ると、大広場の砂利がザクザクと賑やかに迎えた。
十二月にしては暖かく、心地のよい陽気で、緊張感も寒さといっしょに緩んでいく。
公園行きに否定的だったくせに、オレの筒抜けの内心は、初めてのデート気分で浮かれていた。女の子と食事なんて何処へ行こう? お昼までにはまだ時間があった。
時計台のそばでは、たくさんの子供たちが体育座りで並んでいる。
先生らしき女の人が、何やら予定を説明していて、近くのホールで何かの発表会があるようだ。彼女が一言しゃべるたびに「ハ~イ!」の大合唱がおこった。
「ユキ、お前も混ぜてもらえよ」
「ワタシ、あんなお子様じゃないし」
「こっそりあの後ろに並んでも、誰も気づかないって」
「そーかなぁー?」反論が返ってくるハズが、ユキは子供たちのほうに向かい歩き出した。冗談だと思って見ていたら、ホントに並んで体育座りをしている。
「ユキ! コッチへ来い。コラッ早く。すみません。どうも、すみません」子どもたちがポカンと見ている。
オレはペコペコ頭を下げてユキを連れ戻し、大広場を逃げ出した。
「ホントにやるヤツがあるか!」
「ユキオがやれって言ったんだろ!」
「三奈美もなぜ止めない? 本気かどうか分かるだろ」
「だって、面白いかなぁ~って」気になるコトがあるのか、何となく上の空だ
石垣で囲まれた通路を進み、三回曲がって目的の場所が見えてきた。
「あっ、ネコちゃん!」
ユキが指さした先で、毛足の長い、野良にしては高級そうなヤツがキャットフードをかじっている。
傍らに餌やり禁止のカンバンが立っていて、ココで餌が貰えるコトを教えてくれている。
ネコはこちらに気づき、逃げるか食事か迷っているようだ。結局(コッチ来んなよ!)という素振りで、餌とオレたちを交互に睨みつけてから食事を続けた。
テンションが上がったユキは、小走りで近づいて行く。ヒトの心は読めても、動物の気持ちは分からないらしい。
「ユキっ! 離れちゃダメ!」三奈美が今度は引き止める。
せっかく食事を選んだのに、ネコは諦めてトコトコ植え込みの中へ姿を隠した。
「もう、大声出すから逃げちゃったでしょ!」どう見てもその前に逃げ出しているが、ユキは不満気だ。
小さな階段を上って鴨の池広場を見渡す。
「まったく、何の跡も残って無いな……」オレはあの夜、クビが転がっていたアタリにしゃがみこんだ。
あれから雨は降っていないのに、血の跡はおろか水で流したような形跡も無い。他の場所とくらべても、同じように埃や落ち葉がつもっていて、不自然なくらいの自然さだ。
「やっぱり無かったコトになってるんでしょ」三奈美もオレの隣にしゃがんだ。
オレは、あの日の死体を思い浮かべたが、遠い昔の記憶のようで、まったくリアリティが感じられない。頭の中で、ゴム製のブサイクキャラっぽい、チープなお面が出来上がった。
「ぷっ ヒャヒャヒャヒャ!」さっきまで不機嫌だったユキが、変な笑い声を出した。
「ユキちゃん、そんなグロいモノ覗いちゃダメでしょ!」オレはギクッとした。そう言う三奈美はどうなんだろう?
「ユキッ!勝手にヒトの頭覗くなよっ! 性格悪いぞっ!」
「ユキオ!勝手に変なモン見せんなよっ! 頭が悪いぞっ!」確かにオレの頭は悪い。
「口の悪いガキだなぁ~」
「相手に合わせてるだぁ~けぇ~っ」ユキはあかんべをした。
「可愛いくないヤツ」
「ワタシ、自分がスッゴい可愛いいコト知ってるもん、ユキオだってそう思ってるじゃないか!」
「だーかーらっ、ヒトの心を読むんじゃないっ! ホントに、可愛くないなぁ~」
「じゃあ、アタシは?」三奈美が悪そうな顔でたずねる。
まったくコイツら、質問した瞬間に答えが分かるし、質問しなくたって分かってるんだから、どうしょうもない。
「エーッ! ワタシのほうが絶対可愛いいのにぃ~」ユキが大げさに怒る。
「アタシもそう思うけど、まぁ~、好みの問題だからね」三奈美はニコニコでなだめる。
オレは、何にも言わなくてイイみたいだ……
ビミョーな気持ちになっていると、覚えのある掛け声が聞こえた。
それはダンダン大きくなって、西側の通路に、ぞろぞろユニホーム姿が流れ込んできた。桜中野球部のランニング練習だ。
いちおうオレの後輩にあたるが、知った顔はいない……
というか、全員が帽子に大きなマスクで、顔を覆っている。コッチも髪が伸びてるし、お互い誰だか分からない。心肺機能強化のためか? 二年前はこんなコトやっていなかった。
最後尾が見えなくなってから一人だけ遅れて、体の小さな、髪の長い少年が現れた。規則上は自由でも、オレたちは丸刈り一択だったのに……
少年は前を懸命に追いかけているが、先の連中にくらべ骨から華奢な感じだ。バタバタと息も上がって、かわいそうに見える。
だがソイツはオレのそばを通り過ぎたとたん、物凄いスピードで直角にサイドステップをした。たった一歩で瞬間移動の如く、ユキの目の前に跪いている。
両手で彼女の胸を突き上げる。ユキの体はフワリと浮き上がり、少年はそれを肩で受け止めた。ユキは声すら漏らさずグッタリ脱力している。
「ユキーッ!」
オレは咄嗟に叫んだ。それを合図に少年はふたたび地面を蹴り、三奈美はそれを阻むべく地面を蹴った。