07-良かったの!
「ワタシ、コタツで寝ると頭痛くなる」
何処から取り出したのか、ユキはベッドの布団やマクラを、ファブリーズでシュッシュしだした。
「ユキオ、臭いぞ!」どうやら買い物メモに書いてあったらしいが、焦っていたのか覚えが無い。オレのベッドなのに、準備のいいコトだ。
「ユキオも、最初からコタツで寝るつもりだったろ」さっそくヒトの頭を覗いている。
布団が乾くまでに歯磨きを済ます。オレは母屋で、二人はガレージ脇にある洗車用の水道で、買ってきた歯磨きセットを使った。
オレは先に部屋へ戻り、急いでパジャマに着替えてコタツに入った。
戻った二人もコタツに入ってくる。もう、布団は乾いているだろうが。
三奈美は最初オレのとなりに座ったが、その間にユキが割り込んだので、一つずれて正面に座りなおした。
ユキはそのままウトウトして、オレに寄りかかってきた。
無理に起こすコトもないと思い、どうしようか迷っていたら、気がついたユキは「えっちっ!」と言ってオレを突き飛ばしてベッドにもぐり込んだ。
「お姉ぇーちゃん早くーっ」布団のとなりを開けて、三奈美に催促する。
「じゃあ、電気消すね」
立ち上がった三奈美は明かりを小さな球にした。
「ワタシ、真っ暗じゃないと寝れないもん」ユキが注文をつける。
「今寝てたじゃないか」
「寝てないもん!」
「アタシは真っ暗って苦手なんだよね」
「ユキ~っ、やっぱり真っ暗は不便だし、危ないと思うぞ」
「・・・…… 」ユキは、オレの声を待たずに寝入っていた。
「はやっ、眠れないんじゃなかったのかよ」
「疲れたんだよー、こんな時間だし無理ないよ、イロイロあったし、強がりを言えるだけスゴイと思う」
「黙っていると可愛いのにな」
「生意気なトコも可愛いでしょっ」
「それには同意できないね……」
ユキが眠って空気が落ち着くと、アタフタして聞きそびれていたコトの多さに、ようやく気がつく。
「あのさぁ~、今更なんだけどさぁ……
どうして家に帰らないの? 親とか、心配してるでしょっ」
「親とかいないから」
「ゴメン、でも住んでるトコはあるでしょっ? 清女に通ってるくらいだし」清山女学院は、コノ地方唯一のお嬢様学校で、成績よりもお金持ちのイメージがある。
「さっき電話した」
「外泊、電話だけで許してくれるんだぁ?
キミだけならともかく、妹までいるんだし」
「んっ! うん…… ユキちゃん、妹じゃないんだけど」
「えっ、違うの! 何か似てるし、てっきり姉妹だと、イトコか何か?」
「似てるかな~? ちゃんと話したのは、今日が初めてなんだよね」
「えーっ! それヤバイだろー、ヘタしたら誘拐だよ」
「うん、誘拐されそうになった」
「はぁっ? ……」
「同じ学校に、アタシと似てるチカラを持っている子がいるって、前から気になってたんだけど、ユキちゃんのほうも気にしてたみたい。
で、いつか、ちゃんとコンタクトを取ろうと思っていたんだけど――
ねえ、新堂グループって知ってる?」
「新堂不動産とかの? そりゃ県内の人間なら誰でも知ってるって」
「そう、他にも病院から老人ホーム、建築土木、ウチをふくめた学校まで、何でもやってるでしょ」
「えっ! 清女もそうなの?」
「うん、そうらしい。でっ、ソコのお嬢さんがユキちゃん」
「エーッ! ホントにーっ? 本物のお嬢さんだぁ~。あっ、だから誘拐されそうになったのか」
「うん、でもお金が目当てってワケじゃないけど」
「何で?」
「権力争いみたい」
今の三奈美が知っているコトを総合すると――
新堂一族は、能力者の集団で、古来、権力に影として仕えてきたが、しだいにそのチカラを武器に、権力を支配する側へと変わっていった。
それは現在もカタチを変えながら、あらゆる権力に食い込んでいる。
東京に拠点を置き、名前を隠して勢力をのばした分家派に対し、本家の代表達は、権力を取り戻すための行動を起こした。
消極的な当主のユキパパを隔離して、飛び抜けて素質のあるユキの能力を、無理やり利用しようとしたらしい。
「あの後、ユキちゃんの携帯にお父さんから連絡があって、お父さん、アタシのコト知ってるみたいだった。
代わって欲しいって、ユキちゃんから携帯を渡されて『三奈美ちゃん、キミのチカラで雪緒を守ってくれないか』って真剣にお願いされたんだよね」
「ユキから聞いてたんじゃない? けど良かった。父親から頼まれたのなら、誘拐にはならないな」少しホッとした。
「何が良かったの! アタシ、人を殺したのよ! ――この手でね。誘拐どころじゃないわ……」
オレの何気ない一言が、三奈美の感情の堰を切った。
「でもね、実感が無いの! まるで夢の中の出来事みたい。
あの公園の夢を何回も見たから。顔は違っていたけど、何度も何度も……
だから、公園の中には入らないようにしてたの。ユキちゃんが追いかけられて、逃げ込むところを見るまでは ――
父さんがいなくなる前に言ってた。
『いつか命を狙われるかもしれない。
そして相手を殺めるかも知れない。
でも、自分を責めてはイケナイよ、お前は自分を、そして大切な人を守らなければならないんだから』って……
アタシあの後、何度も笑ったわ。
自分のしたコトなんかスッカリ忘れてね
だって、楽しかったんだもん
ヒトゴロシノクセニ……」
三奈美が笑顔のカタチをしている。
「悲しくないコトがこんなに悲しいなんて、ヘンだよね……」
笑顔のカタチのままの目から、涙が流れた。
三奈美が笑ったウチの何回かはオレのせいで、それでは足りなくて、三奈美がイタミを忘れられるのなら、何万回でも笑わせたいと思った。