02-恋愛と性欲
オレの部屋は、ガレージの二階で、父親の寝ている建物とは別だ。
しかし、ほぼくっ付いていて、少し大きめの声だとムコウまで聞こえかねないし、真下のガレージまで出てくれば、小声でも聞こえるだろう。
オレが緊張してムコウの様子を伺っていると、空気を読んだのか、心を読んだのか、ふたりも気配をひそめてジッとしている。
父はもう何年もコノ部屋には入ってないし、声が聞こえたとしても、ワザワザここまで来ないとは思うが、今、コノ状況で入ってこられたら、説明のしようが……
”ドッコーン!”さっきより、さらに大きな音がした。
ドアを閉じた音だ。
父の寝室は、ドアがヘンにきつくて、出入りすると大きな音がする。開閉で音が違うので、コッチからある程度むこうの様子が分かる。
いつものように、トイレに起きただけみたいで、ひとまずホッとするが、これからは声に気をつけたほうがよさそうだ。
「(あのバカ、夜中にナニ独りごと言ってんだ!)だって」ユキがボソッと言う。
コノ距離でもムコウの感情が読めるらしい。
(アタシ達なら、声を出さなくても会話ができるけど)
三奈美の声が頭の中で聞こえた。
(ユキちゃんの言葉は、発音しないと直接は伝わらないけど、アタシが伝えればイイんだし、読み取る力なら、ユキちゃんのほうがアタシより何倍もスゴイし)
(直接頭の中に話しかけられるのは、キミだけなんだ?)
(そう…… アタシだけね、というよりキミが読み取れるのが、アタシの気持ちだけってコト)
(って、どうゆうコト?)
(アタシ達の能力って、キホン読み取り専用で、伝える力は普通の人とほとんど変わんないし、強く思えば思うほど大きく聞こえるんだけど、それは相手が読み取る能力が有るってコトが条件だから、無ければ何の意味もないの。
それに、そんな力を持っているのは、ユキちゃん一人しか知らないから……)
(オレと会話できるコト自体、オカシイってワケか!)
(この力は相性が有って、波長の合う人の気持ちは読む気が無くても流れ込んでくるし、合わない相手だと、読み取るのにケッコウ疲れたりするんだけど、キミとアタシの相性は異常ね!)
(異常って、何かマズイの?)
(異常に良すぎっ! その気になれば、自我の境が無くなるほどシンクロしてしまうかも?
そうゆう意味では、マズイ?…… のかな!
こんなコトは初めてだから、アタシも、よく分かんないんだけどね)
ユキが何か言いたげに三奈美の顔を見上げた。
オレに聞こえないだけで、何か言ってるのかも知れないが、三奈美はずっとコッチを向いたまま、ニィ~ッって悪そうな顔で囁いた。
(コレって、運命的な出会い・・・ってヤツ?)
二発目の不意打ちに心臓が ”キュン!”っていった。
音がホントに聞こえたので、オレ自身が驚いた。
そしてそれは、オレ以外の二人にも確実に聞こえたはずだ。
彼女の言葉が、たわいの無い軽いモノだというコトは、モチロン理解できるのだが、免疫の無いオレは一瞬、まともに受け止め動揺した。
(軽いつもりは、ないんだけど……
こんな力持って生まれてくると、運命とか真剣に考えちゃうもん)
ダメ押しを食らってKO寸前の中、片隅の理性が、羞恥心の反動を利用して抵抗を試みる。
(ウソだ! 真に受けてはイケナイ!)(ナゼ家に帰らない?)(人が死んでた!)(小学生をこんな時間に?)(ホントにコノ娘が殺したのか?)(普通じゃない!)(誘拐?)(キケンだ巻き込まれるな!)……
疑問と警告が次々と浮かんで、頭の中を舞ったが、それを読み取っているハズの三奈美は何も返してこない。
黙ってオレを見つめている。それで十分なんだろう。
その瞬間を見てないとはいえ、殺人を目の当たりにしたというのに、どう考えても今の自分は浮ついていて正気ではない。恋愛と性欲は強敵に違いないが、彼女に感じるシンパシーの強さは、それだけでは納得できないし、何か特別な理由があるはずだ。
ひょっとすると彼女らの能力の前では、自分ですらどうしようもない無意識さえ、ムコウの手の内なのかも知れない。
何を、どう言えば、どう感じるか……
これから会話を繰り返せば、いずれは全てを掴んでしまうのだろう。
そして、十人中九人が美人と答えるであろう、その顔で見つめるのだ。さえない高校生のオレが、太刀打ちできるはずも無い。
心が読めるコトが、心を操れるコトだと考えると怖ろしくもなったが、もう操られかけてるのだろう、いつものオレからは考えられないコトに、ずいぶん長い間、彼女の顔を見つめ返していた……
「ユキオ! ワタシお風呂に入りたい」
しばらく、おとなしくしていた小さいのが、つまらなそうに言った。