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VDシリーズ

ブラッドショット・アイオライト

作者: 南雲遊火

【bloodshot】

 ・[形]〈目が〉充血した、血走った

 ・菫青石の一種。インクルージョン(内包物質)の関係で、ある一定の方向から見ると変色し、真っ赤に見える石


【Violent Doll】

 ・各国の象徴である精霊機を模した、平均17メートルの有人人型兵器

 ・通称『VD』



 ある晴れた夏の日の昼下がり。ところはフェリンランシャオ帝国、五番VD格納庫。

 班長のアイオライト=ヘリオドールを筆頭に、第五整備班の面々は頭を抱えていた。

 何百年も続く戦の中、士気向上を目的に四年に一度開催される、騎士たちの祭典……『武闘祭』が、近づいてきたからである。

「いや、まあ別に……武闘祭が嫌なわけじゃないさ」

 高名な技術者であるモルガナイト=ヘリオドールを祖父にもつアイは、幼い頃から祖父やその同僚たちに師事し、この国の最高峰の技術を学んで、腕を磨いてきた。

 本人の才能もあってか、歴代最年少で班長に抜擢されたのは、十七歳の時。

 それから七年。様々な修羅場に何度も直面したものの、彼が担当するVD操者たちの生還率の高さは、現在、国内に並ぶ者はいないほどと言われている。

 勿論、武闘祭は何度も……それこそ、班長就任以前から経験していることだし、ある種のイベント……言い方は悪いが、いうなればお遊びであるため、人死にがでないぶん、気が楽なのは確かなのだが。

 問題は、今年の代表出場者にあった。



 普段は閉鎖的な軍だが、武闘祭は一般の者も自由に観覧できる。

 武闘祭の競技は三つの部門にわけられており、その内容は以下の通り。

 騎士たち本人の体力や戦闘能力をみる『格闘部門』。

 銃の扱い方や、的当ての正確さを競う『射撃部門』。

 そして、一番観客が白熱するのが、VDの操縦技術や戦闘能力をみる『VD部門』。

 この三つの競技は、各部門ごとに軍の十二の部隊と『王の盾』と呼ばれる皇帝直属の親衛隊、『遊撃隊』と称される、各所事情によって十二の部隊に所属できなかった騎士の中から、等級ごとに一名。そして、騎士たちが使用しているVD格納庫からも、各等級ごとに一名、代表選手が選ばれる事になっている。

 当然、出場選手に選ばれた騎士は国内トップレベルとみなされ、「出るだけで名誉、上位入賞者は等級格上げ」と、大抵の場合は出場選手に対して尊敬の念を感じ……特にそれが自分の知り合いであった場合は、まるで、自分のことのように喜ぶのが、世間一般的に普通である。

 さらに言うならVD部門の場合、機体の整備状況や改良、改造など、それぞれの機体に各整備班の個性や特徴があらわれており、普段、表舞台から隠れがちな、彼らの評価を上げる腕の見せどころでもある。

 間違っても、専属スタッフたちが、頭痛を感じることはありえない。

 ……はずなのだが。



「なーんでウチのVD部門の四等騎士代表が、イル・プラーナなんですかッ!」

「そんなの、オレがききたいわッ!」

 不毛と解かってはいるものの、アイは叫んだ。

 否、叫ばずにはいられなかった。

 事の発端は、数時間前に公表された代表選手の名簿である。

 試合に向けて万全の整備を施す計画をねる為に、VD部門出場選手のリストを受け取ったアイは、我が目を疑った。

 第五格納庫の、第四等騎士代表に選ばれたのは、『遊撃隊』のチャリオット=プラーナ。

 フェリンランシャオ帝国女帝アルティメーアの亡き夫、ファヤウ=プラーナの庶子にて、『無印戦車アン・マーク・チャリオット』と巷では呼ばれる、精霊の加護をもたない特例の騎士。

 そして、熱くなると冷静な判断ができなくなり、我が身を振り返らない攻撃を繰り返した挙句、どちらかがボロボロになるまで戦い続けるやっかいな性格を持つ彼女は、出撃するたびVDを大破させて帰ってくる、技術屋泣かせの『超』問題児でもある。

 前大会は、『格闘部門』代表であったはず……なのだが。



 アイは、チャリオットの形式上の上司にあたる少女の執務室に駆け込み、そして先ほどの部下の言葉を、部下の口調そのままに口にした。

 室内には、部屋の主の他にもう一人、アイとは顔なじみの別の少女が既におり……その少女がぷぅっと頬を膨らませながら、アイの問いに答える。

「大会主催者からクレームがきちゃったんだから、しょうがないじゃない」

 少女……第七部隊付属『スピニカ』小隊隊長兼、国内を対象とした情報機関のトップである、ミショウ=ウテナ曰く。

 前大会で『格闘部門』第五等騎士クラスにわずか十一歳で出場し、その年のトトカルチョ(非公式賭博)第一位の騎士を倒して、見事優勝したチャリオット。

 しかし、その代償はあまりにも多……もとい、大きかった。

 前述の性格兼戦闘スタイル故に、手加減なしの本気で対戦相手をことごとくボコボコにし、文字通り再起不能者続出。

 中には自信をなくし、そのまま騎士を引退する者まで現れはじめ……士気を向上させるための大会が、一時的とはいえ、戦力低下の要因となってしまったのだ。

「騎士の心構えとしては、大変結構なことなんだけどねぇ……」

 相手に対して、いつもどこでも、自身の全力でぶつかってゆく。その点に関して、彼女の行動や姿勢は決して、批難するべきところは無い。

 しかし。

 チャリオットには心の余裕がない。

 それは、『精霊の加護がない』という事実から、誰の目から見ても明らかなのだが……自分の状態を把握できず、ボロボロになるまで戦い続ける彼女の焦りは、痛々しいと周囲の者が感じるほどで。

 その正直さは、未熟さの現れでもある。

「んなモン、アイツを永久出場停止にさせりゃ、いーじゃねーか!」

「それが、そういうワケにもいかないのよ」

 部屋の主である、朱の髪と瞳の少女。

 チャリオットを鏡でうつし、そっくりそのまま中から出てきたように、義肢の方向が左右対称で瓜二つの双子の姉……水の元素騎士、ジャスティス=プラーナが、盛大なため息をはいた。

 腰まで届く長い朱の髪が、彼女のため息に合わせてゆれる。

「そんなの、とっくの昔に考えてたわ。ちゃんと書類つくって、あとは陛下の印を、いただくだけだったのに……」

 嫌な出来事を思い出したかのように、わなわなとジャスティスの肩が震える。

「そりゃ、私の妹だから、気をつかっていただいただけかもしれないけれど……よりによって陛下ってば、何て言ったと思う?」

 べキッ……と、彼女の持っていたペンの、木製の軸が折れた。

 彼女の利き手は、義肢ではない生身の右手。明らかに、力の入れすぎだ。

「「チャリオット、今年はリイヤに格上げかしら? 楽しみね」……って、にこやかにおっしゃるんだものッ!」

 書類提出、しようがないじゃないッ! ……彼女らしからぬ声の荒げ方に、アイとミショウは思わず息をのんだ。

 ちなみに『リイヤ』とは、三等騎士の通称である。

 女帝がトトカルチョの内容を知っているとはさすがに思えないが、国主の意見は、仕える臣下から見れば絶対だ。

 たとえ、フェリンランシャオ帝国女帝、アルティメーア=バーミリオン本人に、そんなつもりはなかったとしても。

「……ってなわけで、苦肉の策でVD部門に変更させたの。どうも今年は、チャーリーが一番人気みたいで……出場選手枠から外したら、それこそ、騎士以外から大量のクレーム、きそうだったし」

 キーッと、ヒステリーを起こして叫ぶ上司の代わりに、ミショウが苦笑を浮かべながら答える。

「とりあえず、チャーリー無敗の格闘戦ならともかく、今回はVD戦なんだから……あの子にも勝てる人、きっと何人かはいるだろうし、直接的な流血被害は少なくてすむだろうし……一応、壊れても直るし……」

「直るんじゃなくて、『オレ』たちが『直す』んだろーが」

 言いにくそうに口ごもったミショウに、アイは即刻ツッコミを入れた。

「言っておくが、チャーリー一人に人員割いてる場合じゃねーんだぞ。こっちは」

 場合にもよるが大抵の技術者の場合、大会前後は修羅場と化する。普段も普段でそれなりに忙しいが、その普段が遠い日々に感じるくらいだから、相当なものであろう。

 もっともアイの場合、普段から三日連続の徹夜に陥ることはちょくちょくある話で。

 しかもそのほぼ百パーセントに、前述のチャリオットが関連していることは、言うまでもない。

「でもまぁ、決まっちゃったことだし、本人もやる気満々だし……アイお兄ちゃんゴメンッ! 諦めて」

 ネッ! と、ぶりっこぶったミショウに、アイの怒りは沸点爆発。

「諦めてですむかーッ!」

 細やかな彫刻の施された、ジャスティス所有の木製の執務机……は、さすがに重くてむりだったので、手近にあった整理用の書類箱を、アイはちゃぶ台返しよろしくひっくり返した。

 その後、ぶちまけられた書類をきちんと元に戻すまで、ジャスティスに室外に出してもらえなかったことは、言うまでもない。



「で、進展無しッスか」

 副班長のシュウサン=フロは、ヨロヨロと帰ってきたアイの様子から、一発で話の内容を理解した。

 それでも、アイが神殿出身のプラーナ姉妹やイル・ウテナの兄貴分であるからといった理由から……妹分である元素騎士や第七部隊付属小隊長と、面と向かって話ができただけ、ウチはまだマシかもしれない……と、シュウサンは思う。

 今頃、別の整備班の連中は、文句を言う事すらできず、イル・プラーナ対策にてんやわんやとなっているだろう。

「さて、ウチも方針きめないと……どうします?」

「どうする……って?」

 疲労……否、心労からか、作業台に突っ伏したまま問う班長に、シュウサンは淡々と答える。

「その一。イル・プラーナのアンドロメディーナを重点改造。それこそ、圧倒的に優勝できるくらいに」

「バカ言え」

 アイは姿勢そのまま顔をあげ、シュウサンを睨んだ。

「今のアイツの腕じゃ、どんなに機体が良くても、優勝なんか絶対無理だ」

 そんな班長の表情をまったく気にせず、シュウサンはそのまま、淡々と続ける。

「じゃあ、その二。逆にイル・プラーナ以外の四等騎士の機体を、壊れないように激改造」

「却ぁーッ下!」

 だんッ! アイはさすがに飛び起き、机を叩いた。

 全体的に見て、騎士に負けず劣らず体格の良い男たちが集う技士たちの中でも、飛びぬけて貧弱な部類に入るアイに、ぽつりとシュウサンは一言。

「痛くないですか?」

「もちろん痛いわッ! ……じゃ、なくて」

 ブンブンと頭を横に振り、あさっての方向へそれた話の軌道を修正。

「四等騎士だけで、何人いると思ってんだ! ウチの出場騎士!」

「いやー、さすがは班長ってば天才! イル・プラーナ含めて六人出場とは……」

 ちなみに全等級合わせると、第五整備班内では、しめて三十七人出場となっている。

 これは、VDに搭乗できる最低ランクは七等騎士以上。また、一等騎士は事実上、三等騎士以上の戦死者に贈られる名誉職であり、現役騎士では例外的に任命された一人しか、国内にはいない。以上をふまえると、第五整備班の出場騎士は、結構な人数を占めていることがわかる。

 各整備班内で、少なくとも各等級一人は出場できるように……と配慮されて指名される格納庫代表枠が、結果的に、見事に仇となったようだ。

「あー、もう、整備班の人数は皆同等なんだから、ちゃんと人数配分考えてくれよな……」

 ブツブツぼやきながら、アイは図面の束をひっぱりだす。

「シュウ。出場選手全員に、今日中にこっち寄るように連絡してくれ」

 通達内容は? とのシュウサンの問いに、アイはふむ……と、一呼吸間をあけ、考える。

「メンテナンスの方向性の希望聞くだけだから、そう時間はとらない。だから、拒否権無し。勝ちたければ、絶対にサボるな……ってな」

 それと……と、視線を図面にそそいだまま、アイはシュウサンにもう一つ、指示をだした。

「連絡とったら、ジジイとタンザ呼んでくれ。引退してよーが、任務中だろーが、この際構わん。非常事態だ」

 元VD技士のモルガナイトと、アイの従弟である、第五等騎士タンザナイト=ヘリオドール。

「確か、カーラ・ヘリオドールは、第七部隊の五等騎士代表では?」

「だから、材料と機材は貸し出すから、アイツは自力でやらせろ。ついでに終わったら手伝ってもらう」

 そっちのほうが、手っ取り早い……と、「使えるコネは、身内だろうが元素騎士だろうが、なんだってフル活用」がモットーのアイに、シュウサンはさいですか……と、ため息混じりにつぶやく。

 そんなシュウサンの様子など目もくれず、アイは手近にあったメモ帳代わりの古い設計図の裏に、さらさらと、素早く文字を書いた。

「で、コレ。ジジイんトコに持ってってくれ」

 シュウサンは、ざっと内容を流し読んだ。

 VDを構成する様々な素材の数々を要求する、膨大な量のリスト。

 今までの経験上、品薄になりやすい消耗品ばかりだ。

 しかし中には。『アーム装甲試作第八版チャーリー専』など、シュウサンですらよくわからない素材もある。

「それはまぁ、いいですけど……結局基本プラン、どうするんですか?」

「きまってんだろ?」

 ニッと、アイは不適に笑う。

「こうなったら、腹くくって普段どおり、どの機体も平等に、かつ、フル改造!」

 騎士には騎士の、技士には技士の、絶対に譲れないプライドがある。

「後で寝れなくても……いつでもどこでも、オレらの全力、だすまでだ!」

 シュウサンは苦笑を浮かべながら……しかし、嬉しそうに答えた。

「了解しました。班長殿」



「あー、ったく、なんなんだよ。一体!」

 五番格納庫内で大声でぐちぐちとぼやく、朱眼朱髪の一人の少女。

「残念でしたね。武闘祭、中止になってしまって……」

 シュウサンの言葉に、少女……チャリオットが、眉をひそめながら頬をぷぅっと膨らませ、再びぼやく。

「まったく……国境の防衛のため、光宮軍が丸ごと留守……って、よりによってこんな時に行かなくてもいーじゃん」

 邪魔にならないよう、わざわざアイが隅に寄せておいた折りたたみ式の椅子を、勝手に持ち出したあげくにドカッと座ったチャリオットは、バカバカバカーッ! と叫びながら、足をばたつかせた。

 まさに、駄々っ子が癇癪おこして、足をバタバタさせてるだけなのだが、右側が義肢である彼女の足は、左右で硬さが違うためか、カツンコツンと、奇妙で不思議な音をたてた。

 光宮軍を束ねる光の元素騎士は、チャリオットにとって、憧れの人。

 しかし、こういう場合はどうも、複雑な気分になってくる。

 アイは、チャリオットとは別の意味で眉をひそめた。

 基本的に、フェリンランシャオは防衛側であり、こちらから相手国……アレイオラへ攻め込むことは、ほとんど無い。

 ところが、今回彼は突然、十二の部隊のうち、彼が率いる直属の二部隊……いわゆる光宮軍とともに、小競り合いが続く東の国境線へ直行。その行動自体がある意味奇襲の効果をもたらして、相手に壊滅的大ダメージを与える事に成功した。

 が。

 単純計算で大会参加者の六分の一以上が、ごっそり抜けてしまう結果となり、そのため大会はやむなく中止となってしまった。

「ったく、それにしても、拍子抜けだよなぁ」

 連日にわたる徹夜地獄の可能性は、とりあえず格段に下がったが……それでも、なんだかアイは複雑な気分だった。

「なに? アイ兄ぃってば、楽しみだった? オレの機体の改造」

 バカ言え。と、不敵に微笑むチャリオットの鼻を、アイは本気ではじいた。

「痛ぅ」

「毎回毎回大破させやがって……せめて五回に一回は、小破で帰ってこれるように努力しやがれッ!」

 鼻を押さえて、チャリオットは恨めしそうに、怒鳴る兄貴分を見上げる。

 しかし、次のアイの言葉に、チャリオットは一瞬、虚をつかれた顔をした。

「そうしたら、新しい武装案の許可、だしてやってもいい」

 思いもしなかったアイの言葉に、チャリオットは彼の隣に立つ副班長を見上げた。

「本来は大会用に用意したものだったのですが……三日前にモルガ殿から、新しい合金の試作品が届いたんです。自分も含めて他の連中も、設計案を続々提出中ですよ」

 シュウサンの言葉を少し考えて、そしてその意味を理解した時、チャリオットは満面の笑顔でうなずいた。

「ありがとう。アイ兄ぃ」



 宮殿のとある一室に、一組の男女の姿があった。

「武闘祭が中止になったからといって、そんなにむくれないで下さい。陛下」

 金髪の男が、紅の髪の黒衣の女性を、なだめるようにつぶやいた。

 男の右目は、大きなモノクルのような赤い義眼。彼が視点を変えるたび、カシャカシャと、小さな音をたてる。

「ほーんと、楽しみにしてましたのに。……貴方、ワザと光宮軍率いて、国境に進撃しましたわね」

 乳姉弟である男……光の元素騎士にて、現在の元素騎士のリーダー格。現役騎士唯一の一等騎士『ラジェ』の肩書きを持つジョー=カムリに向かって、女帝アルティメーアはジロリと、髪と同じ深紅の目を細め、背の高い彼を、見上げて睨んだ。

 戦況報告のため、一時的に前線から帰ってきたジョーに、女帝は終始この調子だった。

「いいじゃないですか。あやふやだった国境線が、しっかり防衛できたのですから」

 ジョーの言葉に、女帝は淡々と一言。

「本音は?」

「……貴女は自分の可愛い甥っ子を、過労死させる気ですかッ!」

 もし、この場に第三者がいたならば、間違いなく耳を疑う言動だったが、言ってる本人の表情は真剣そのものだった。

「さっさとあの疫病神から担当、外してください!」

 立場や遠慮などおかまいなしに、ドきっぱりと言い放つ弟分に、フンッと、女帝はそっぽをむく。

「私のチャーリーが活躍できる機体を、偏見抜きで真面目にきちんと整備できるのは、現時点で私の知る限り彼だけですもの。ぞえぇぇぇぇぇーったいに、嫌ですわ」

 ふと、悪戯を思いついたかのように、女帝はふふん……と、不敵に微笑む。

「そうですわね。きちんと彼に、「私、ジョー=カムリは、君の叔父さんですよ」って名乗れたら、考えてあげてもいいですわ」

 ぐぬぬ……と、ジョーは悔しそうに歯を食いしばる。

 話せば長くなるので要点だけ述べるが、カムリ家はフェリンランシャオの中流貴族。ジョーが幼い頃に慕っていた、歳の離れた実の姉は、VD技士と身分違いの恋の末、手に手を取って駆け落ちをした。

 当時のカムリ家当主である父は、当然の事ながら姉を勘当し、風の便りでどんなに姉たちが苦労をしているときいても、決して、何か行動をする事はなかった。

 二人と二人の間に生まれた息子が、戦乱と大規模な天災により、飢餓に苦しんでいた事を知っても。

 結局、姉とVD技士は亡くなり、彼らの息子は、VD技士の父親が救いの手をさしのべる事で、生き残る事ができた。

 ……そう。あの時、何もできなかったジョーが、アイに名乗れるはずがない。

 しかし……と、ジョーは考え、考えがある程度まとまると、相変わらず遠慮無しに口をひらいた。

「それは、お互い様ではありませんか? 陛下」

 そして、今度はジョーが、女帝に向かって邪気満々の笑みを返す番だった。

「リイヤ・プラーナにちょっかいかけてるワリには、疫病神には「お母さんって呼んでいいのよー」……って、言うどころか、名乗ってすらおられないようで……」

 今は亡きチャリオットの父親。それは、この国では知らぬ者はいない英雄ファヤウ=プラーナ。

 同時に彼は、アルティメーアの伴侶である。なので、アルティメーアにとって、チャリオットと彼女の姉ジャスティスは「義理の娘」にあたり、アルティメーアの言動と行動は、「義理の母」のものとしてみると、あながち間違ってはいない。

 ……のだが、いかんせん、女帝と英雄の庶子では、立場があからさまに違いすぎる。

 ジョー、やや形勢逆転。女帝は悔しそうに、ジョーを見上げた。

「し……しかたがないじゃありませんの。元素騎士のジャスティーならともかく、遊撃隊のチャーリーには、面と向かって顔を合わせるタイミングが無いんですもの……」

 遊撃隊などと呼ばれてはいるが、実質は部隊に組み込む事のできない、問題騎士の寄せ集め。

 重要かつ明快、誰もが納得するような用件が無い以上、彼らと女帝は、顔を合わせることすらかなわない。

「だから、チャーリーの昇級、楽しみにしてましたのにッ!」

「昇級したければ、正規の手続きをとって、正々堂々試験にのぞめばいい」

 フンッと、鼻で笑うジョーに、アルティメーアはジト目で乳弟を見上げた。

「……全力で妨害、してくるクセに」

「当たり前だ」

 さも当然……とでも言いたげなジョーの後頭部に向かって、女帝が持ってた扇をぶん投げたことは、言うまでもない。



 第五整備班班長、『ブラッドショット(血走った目の)』アイオライト=ヘリオドール。

 遊撃隊所属第四等騎士『アン・マーク(無印)』チャリオット=プラーナ。

 なんだかんだで、そろって楽しみにしていた武闘祭中止の直接的要因が、過保護な双方の親類による痴話喧嘩であったとは、まさか夢にも思わない二人であった。

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