第8話:美術館長、銀髪イケメン女子は芸術オタクだと知る
「フォキシー、大変! ジャクリーヌさんが具合悪そうよ! 助けに行ってくる!」
『ボクも行くコン!』
フォキシーと一緒に受付を飛び出し、同じ一階にある特別展の部屋に駆け込む。
ジャクリーヌさんは監視カメラの視野と変わらず、『湖畔の微笑み』の前で座り込んでいた。
周囲には休憩用のベンチや椅子があるのに床に直座りなので、かなり具合が悪いのかもしれない。
「大丈夫ですか!?」
『しっかりするコン!』
急いで駆け寄ると、ジャクリーヌさんは慌てた表情で私とフォキシーを見上げた。
「な、なんだ? いきなりどうしたんだ?」
意外なことに、彼女の表情や顔つきは至って普通だ。
頬が火照った感じもないし、熱っぽかったり逆に顔面蒼白な様子もない。
気のせいだったのかしら? と思いつつも、ここに走り込んだ理由を話す。
「監視カメ……防犯魔導具でこの部屋を観察したところ、ジャクリーヌさんが座り込んでいらっしゃるのが見えたので……。体調不良かと思ってきたんです」
『座り込んでいるからビックリしたコンよ』
私とフォキシーが言うと、ジャクリーヌさんは服の汚れを払って申し訳なさそうに立ち上がった。
「そうだったのか。余計な心配をかけてすまなかった。私は健康だ。体調に問題はない。《ディルーカ》の所蔵品を見ていたら、感動のあまり心が打たれて動けなくなってしまったのだ」
彼女の身長は私より10cmほど高く、受付で応対したときより大きく見えた。
受け答えもハッキリしていることから、本人が話す通り健康なのだと安心する。
「体調不良じゃないのならよかったです。健康みたいで安心しました。お騒がせして申し訳ありませんでした」
「いや、こちらこそ紛らわしい態度をとってしまい悪かったな。すぐに駆けつけてくれて感謝する」
「いえいえ、来館者の安全第一ですから」
「そうか。ありがたい美術館だ」
ジャクリーヌさんはフッと小さく笑う。
イケメン女子ってカッコいい……。
先ほどは華奢だの倒れそうだの、不敬なことをたくさん思ってしまった。
実際に口に出して言わなくてよかったよ。
ちょっと待って、彼女は国内最強クラスの魔導師――宮廷魔導師だ。
もし、心を読む魔法を使えたら不敬になってしまうのだろうか。
いや、私は無敵の身体だから効かないはず……。
などと、あれこれ思案する私を置いて、ジャクリーヌさんは再度『湖畔の微笑み』を見る。
その横顔には、どこか誇らしげで満足げな微笑みが浮かんでいた。
「やはり、《ディルーカ》は天才だ。高度なスフマートによる表情は自然そのもので、人間がそのまま絵画に収まっているような印象を与えるのが素晴らしい。そして、彼はキアロスクーロの扱いもうまい。最も描きたい物に焦点が集まるよう計算されているのだ。芸術の頂点に立つ存在だと改めて感じさせてもらった」
「そんなに褒めていただいて、館長として冥利に尽きます」
「いつか見られたら嬉しいと、ずっと思っていた。同時に、私の人生でそのような瞬間は訪れないのだろうとも思っていた。今、この瞬間はずっと忘れないだろう。君には……深く感謝している」
「ありがとうございます」
ジャクリーヌさんは他にも「三角構図や黄金比、遠近法といった数学的な美しさを絵画に取り入れるセンスが見事だ」とか、「人間のわずかな表情の変化で描く心理は、他者の追随を許さない」など、流れるように《ディルーカ》の知識や世間の評価を早口で披露してくれる。
その様子を見て、私は確信を持った。
この人は……芸術オタクだ。
私と同じ匂いがするから間違いない。
相手を置き去りにして喋る光景は、まるで自分自身を見ているようだ。
彼が流暢に話す中、フォキシーが私の耳元でそっと尋ねた。
『キアロスクーロってなにコン?』
「光と影のコントラストをうまく調整して、絵画に三次元的な立体感や奥行きを作り出す技法のことよ。絵画において、光と影は単なる明るさの情報ではないの。モチーフに質感を与えたり、物語性まで生み出すことができるのよ。特に、《ディルーカ》は光の明暗に人間の心理を乗せる技術が非常に高くてね。感情を強調したり、絵画全体に神秘的な雰囲気をも生み出してしまうわ」
『へぇ~、勉強になるコンね~』
「《ディルーカ》の技法は同世代の天才芸術家、《マルシーニ》との対比が際立つわ。《マルシーニ》は肉体美を強調するため、筋肉や骨格を誇張する描き方をしたのね。反面、《ディルーカ》は人体の構造を忠実に再現することに強いこだわりがあったのよ。だから、写実的要素が強い絵画が多いわ」
いつの間にかジャクリーヌさんは無言になっており、私の解説を聞いていた。
「よく知っているな。《ディルーカ》……いや、芸術についてここまで詳しい人物はそうそういない」
「これでも館長ですのでたくさん勉強しました」
「そうか。努力の後が垣間見えるな」
「芸術が大好きなので別に苦になりませんでした。むしろ、楽しすぎて時間を忘れてしまったほどです」
転生する前もした後も数え切れないくらいの本を読んできた。
仕事で疲れた日だって、芸術関連の本を読んだら元気になってしまうほどだ。
ジャクリーヌさんは真剣な表情に切り替わると、『湖畔の微笑み』を見つめながら話す。
「最近は、魔法で絵を描いたり彫刻を彫る人間も増えてきた。彼らが作る芸術にも素晴らしい物があるのは事実だ。そのうえで、やはり人間が最初から最後まで手を動かして創作した物の価値は、唯一無二だと私は感じる」
「私もそう思います」
「だから、先人が自分の手で生み出した貴重な芸術品を盗む輩は許せないんだ」
前世では、AIで描かれたイラストや3Dプリンターで出力された彫刻などが該当するだろうか。
技術自体を否定するわけではないし、それもまた芸術の一つの形だと思う。
一方で、人間が努力を重ねて生み出した物にはAIなどにはない思いや熱量が宿るものだとも感じる。
異世界の芸術にも前世と似たような動きがあるなんて、なんだか不思議だ。
ジャクリーヌさんは知識も豊富だし、芸術への造詣が想像以上に深いらしい。
「それにしても、ずっと行方不明だった『湖畔の微笑み』がここにあるとは思わなかった。絵画やデッサンなどの所蔵点数も素晴らしい。まさしく、国内最高峰クラスの美術館だ。帝国にとっても貴重な皇帝陛下にもぜひ知らせておこう」
「えっ、皇帝陛下!? この国で一番偉い人ですよね? 急いで準備しないと……!」
『ミオ、急いでボクの毛をブラッシングしてコン!』
いつものブラシを取り出してフォキシーの毛をとかしていたら、ジャクリーヌさんが淡々とした様子で言った。
「皇帝陛下は多忙だから、来るにしても明日明後日の話ではないだろう。来る場合は事前に日程調整も必要だ。そんなに慌てることはない」
「……言われてみればそうですよね。ああ、よかった。取り乱してしまい失礼しました」
「いや、私も突然の話をしてすまなかったな」
いきなり皇帝陛下云々と言われ焦ってしまった。
国のトップが明日来るね、なんて言うわけないか。
ホッとひと息つく私に、ジャクリーヌさんは周りを見ながら話す。
「さて、肝心のセキュリティについて話しておきたい。たしかに、この美術館や展示品にかけられた防御魔法は極めて強力だ。私の魔法でも突破は難しいだろう。“吟遊画廊”の襲撃にも問題ないと考えられる」
「それならよかったです。でも、やはり警備の人間は雇った方がいいと改めて思いました。これだけの貴重な所蔵品を見たら、それこそ“吟遊画廊”みたいに良からぬ思いを抱く人間もいるかもしれないですし」
「ああ、その通りだ。警備は人数もそうだが、配置場所を重視しろ。外、入口、展示室、バクヤードなど、部外者が警備と接する回数を増やすのがコツだ」
「すごくお詳しいですね。さすが宮廷魔導師の方です」
ジャクリーヌさんは初対面では怖い雰囲気があったけど、アドバイスをくれるなんて優しい人なのだと感じた。
「ところで、私は展示品や美術館の防御魔法より、君自身の身の安全の方が心配だ。君は力がなさそうだから、悪漢などに襲われたらひとたまりもないと思われる」
「私でしたらご心配なく。これでも鍛えていますので、盗賊や山賊の類いを倒す自信はあります」
腕を曲げて、ふふんっと笑いながら答える。
数日前、私の身体の強さを調べようと周囲の森で実験した。
大きな岩をぶったら木っ端微塵に砕け散り、美術館前の湖を軽く叩いたらモーゼの海割りみたく真っ二つに割れてしまい、無敵ってすごいと実感したばかりなのだ。
もちろん、湖はもう元通りになっている。
ジャクリーヌさんはしばし無言で私の腕を眺めていたけど、やがて何かに気づいた様子で話し出した。
「……ん? 君は自分にも防御魔法を展開しているのか? すごい精度と密度だ。相当、魔法の鍛錬を積んだと見える。もしよかったら、どのような術式なのか教えてほしい」
バリアの他、私の【無敵の身体】にも強い興味を惹かれたらしい。
また魔法の説明か。
どうやって話そう……よし。
「この防御魔法は……生まれつきですかね? なので、術式とかはないと思います」
「生まれつき……術式とかはない……」
捻り出した答えを伝えると、ジャクリーヌさんは明確に困惑した。
転生=生まれ変わりと言えなくもないので、一応間違ってはいないはず。
漫画やアニメの異世界転生者は、だいたい正体を隠していた。
初めての異世界生活。
私もそれに習いたいと思う。
これ以上聞かれるとボロが出て面倒なことになりそうだし、話題を移そう。
「ところで、ジャクリーヌさんはミルフォードの街に泊まっているんですか?」
「ああ、今はそうだ。明日、帝都に帰る予定でな。この美術館に出会えてよかった」
「宮廷魔導師の方がいらっしゃるなんて、街の人たちは嬉しいでしょうね」
「いや、そうでもないさ。庶民にとっては、貴族なんて礼儀や対応に気をつけねばなるまい面倒な人間だ。用が済んだらさっさと帰ってくれ、という空気を感じる」
ジャクリーヌさんはどこか寂しげな表情で話す。
私はこの世界に来て間もないし、まだ人々の中で暮らしたことはない。
その上で、彼女の表情や口調を見ていると、貴族と庶民の間には少なからず溝があることがわかった。
前世の貴族制度があった中世ヨーロッパでも、両者の間には確執があったエピソードをよく聞いた。
でも……。
「私はジャクリーヌさんとお話しできて楽しかったですよ。少なくとも、早く帰ってほしいとかは思ってません」
『ボクだって、話していて楽しかったコン』
「この美術館は、いろんな人に芸術を楽しんでもらいたくて開きました。その中には貴族も庶民も関係ありません。だから……ぜひ、また来てくださいね」
素直な気持ちを伝える。
この世界や国には歴史があるから、今すぐ確執をなくして仲良くしろ、というのは難しいと思う。
それゆえに、この美術館を訪れる人はそんな背景は気にしないでほしい。
そういった思いを話したら、無言で聞いていたジャクリーヌさんは軽やかな微笑みを浮かべた。
「……そうか、ありがとう。では、私はこれで失礼する」
「出口までお見送りします」
湖畔のほとりを歩き帰っていくジャクリーヌさんを、フォキシーと一緒に見送る。
銀髪が月明かりに映え、なんだかとても幻想的な雰囲気だった。
受付に戻ったら、自然と職員についての話になった。
「職員の確保は本当にそうよね。警備の他、絵の解説とかしているとき受付は不在になってしまうし、一度に一組しか対応できないもの。今はまだ来館者が少ないけど、これから増えていったら困るときが来るかも。お昼ご飯の間も誰かと交代できるといいな」
『いつもちょっと慌ててるコンものね』
もちろんのこと、館内は所蔵品を守るため飲食禁止だ。
だから、お昼ご飯は展示室から隔離された三階の館長室に戻って食べている。
来館者が来ないか気にしながらの食事は、落ち着かないのもまた事実。
今世ではのんびりしたスローライフを送るのが目標だけど、来館者に失礼がないようにしたい。
職員の確保については、思わず素直な願いを呟いた。
「森ガールちゃんが仲間になってくれたらいいんだけどなぁ……」
『もしそうなったらボクもすごく嬉しいコンけど、いつまでもミルフォードの街にいないコンよね?』
フォキシーと希望を話し合う。
職員の採用について考えたとき、真っ先に森ガールちゃんの顔が思い浮かんだ。
来館するたび少しずつ話すようになり、彼女の人となりも知れてきた。
穏やかな雰囲気がこの美術館にピッタリ合っているし、何より話すだけで芸術を好きな気持ちがとてもよく伝わる。
美術館で一緒に働く人は芸術を好きで、所蔵品を大事にしてくれる人がいい……ということを、私はぼんやりと考えていた。
「まぁ、できることをやるしかないわ」
『そうコンね。毎日頑張ることが大切コン』
時間は静かに過ぎて閉館の時間を迎える。
この日の来館者は、森ガールちゃんとジャクリーヌさんの二人。
今は少ないけど、少しずつ増えてくれると嬉しい。
そう思う私とフォキシーは数日後、森ガールちゃんから予想もしないことを言われるのだった。
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