第7話:美術館長、二番目の客に銀髪イケメン女子を迎える
開館して、三日後。
今日も爽やかな晴天の下、美術館を開く。
開館して十分過ぎくらいには、森ガールちゃんがいつものように来てくれた(失礼ながら、少女のことは自分の中で森ガールちゃんと呼ぶようになってしまった)。
「おはようございます。今日も来ちゃいました」
「おはようございます。来てくれて嬉しいです」
『芸術が好きな人はボクも好きコン』
森ガールちゃんはすごく芸術が好きみたいで、毎日欠かさず来ては常設展と特別展をセットで買ってくれる。
彼女の周りだけお花の咲くような雰囲気があり、とてもほんわかとする。
私が近寄ると枯れてしまいそうで申し訳ない。
フォキシーをモフモフと撫でた森ガールちゃんは展示室に行き、館内には静寂が戻る。
この調子で他にも来てくれるかな~と思ったけど、開館してから小一時間経っても誰も来ない。
これもまた変わらぬ光景だ。
たかだ三日、されど三日。
何かしらの対策や変化を生まないと、この閑古鳥が啼く状態はずっと続いてしまうかもしれない。
バリア代の捻出もそうだし、何より所蔵品が可哀想だ。
芸術はいろんな人が楽しんでこそだから。
この辺りは元々人が来ない場所なのか、誰かが通りすがったことがない。
外に設置した監視カメラ(迷彩魔法看破機能つき)の映像でも確かだ。
思い返せば、私が転生してからの二週間ほど、この近辺で人影を見たことがなかった。
つまり、ただ待つだけでは集客は見込めないということ。
森ガールちゃんが口コミを広げてくれる可能性もあるけど、あくまで可能性だし他力本願だ。
となると……。
「やっぱり、宣伝が必要ね。いくら良い所蔵品があっても、その存在を知られていないと行きたいとさえ思わないもの。この世界にSNSなんてないから、地道にチラシでも配るか」
『きっと、まだ美術館があることを知らないだけコン。宣伝したら連日大入り満員にできるコンよ』
「よし、チラシを作ろう。そして、休館日に配りに行こう」
『おおおー』
この世界"ローワン・フェルム"の一週間は地球と同じように七日だ。
曜日も月火水木金土日と分かれているので、とてもわかりやすい。
休館日は月曜に設定した。
私がいるグランハルト帝国は日本と同じく土日を休みとする風習があるため、休日は開館しておきたい。
今日は木曜日だから、しっかり準備期間を取れそうだ。
頭の中でぼんやりとレイアウトを考える。
美しいチラシはそれだけで美術館や展覧会に行くきっかけになる。
逆に言うと、チラシが魅力的でなければ来館者は行こうと思わない。
まさしく、動画のサムネイルのような扱いなのでしっかり考えなければ。
前世の私は図録やグッズ以外にチラシも集めており、印象深かったデザインを思い返しながら考える。
チラシ作りのポイントは、作品や展覧会の魅力を一目で伝えること。
あくまでも作品を主役に置いたレイアウトを作製し、会期や美術館の地図など必要情報は過不足なく記載する必要がある。
結局、何だかんだ仕事をしてしまうなぁ、などと思いつつ、思い浮かんだチラシを念じる。
「……できたっ」
『おしゃれコン!』
メインビジュアルは『湖畔の微笑み』で、美術館の名前や会期などの情報も絵を邪魔しない範囲で目立つようにデザインできた。
ざっと100枚くらい用意しておこう。
やがてお昼が訪れると、森ガールちゃんはまたわざわざ受付に挨拶に来てくれた。
またお昼ご飯で一度抜けるのかと思ったけど……。
「今日はもう帰らないといけないんです。ミルフォードの街に家族で滞在しているんですが、ちょっと用事が……。だから、すみません。再入場はできないかもしれません」
「いえ、全然気にしないでください。むしろ、二日連続で来てくださってありがとうございます。所蔵品たちもまたあなたに会えて嬉しいと思いますよ」
「そう言ってもらえると嬉しいです。わたしは昔から芸術が好きでして、会期中はなるべく来たいなと思っています。では、また明日にでも」
森ガールちゃんは名残惜しそうに退館する。
バイバイと見送った私はフォキシーと話す。
「滞在って言っていたし、もしかしたら旅行で来ているのかもね」
『じゃあ、そのうち会えなくなっちゃうコンか? せっかく仲良くなれてきたコンに……』
たちまち、フォキシーの耳と尻尾がくにゃんとへたった。
彼もまた、森ガールちゃんと会うのを楽しみにしていたのだ。
「美術館は一期一重の場所ってことよ。見に来てくれた人がまた来たいと思ってくれるように、精一杯運営しなきゃ」
『そうコンね』
まだ出会って二日だけど、森ガールちゃんとは良き友達になれそうだった。
いつの日か訪れる別れを思うと胸がキュッと痛くなる。
午後二時過ぎ。
未だ来館者はなし。
お昼ご飯を食べ終わってチラシ作りを進めていたところ……なんと来館者が訪れた!
今度はすらりとした長身の若い女性で、ロングの銀髪に碧眼という創作の世界にしかいないような外見だ。
20代前半と思われる。
顔立ちも端正で、デッサンのモデルになってもらったら絵がうまくなりそう。
剣道部にいそうなイケメン女子でとてもカッコいい!
……とても庶民っぽい表現で申し訳ない。
語彙力不足を痛感する。
華奢な体型と長い髪から彫刻的な美しさを感じる一方、彼女の纏う雰囲気は硬い。
何というかこう、他者を寄せ付けない感じを受ける。
表情も虚空を睨んだ感じで気難しい印象だ。
銀髪イケメン女子さんは最短距離で受付に来ると、思いの外ハスキーな声で話す。
「表のポスターを見たのだが、今は《ディルーカ》の特別展をやっているそうだな。湖畔の微笑み』があるというのは本当だろうか? あの伝説の絵画がこのような辺境の美術館にあるとは、俄かには信じられないのだが……。もし所蔵しているのなら、これは大変な発見になる。200年近く行方不明になっていたのだから」
彼女はわずかに戸惑いを感じる真剣な表情で話す。
美術館に所蔵されていた書籍で、ディルーカの絵は非常に希少価値高いことがわかった。
特に、『湖畔の微笑み』は彼の絵の中でも一番貴重な芸術品だ。
「そのお気持ちはよくわかります。でも、本当に展示しているんです。こちらの図録のサンプルをどうぞ。展示物の紹介が載っています」
「ぜひ見せてくれ」
サンプルの図録を渡す。
銀髪イケメン女子さんはページを捲りながら、「素晴らしい……」だの「まさか、『湖畔の微笑み』が本当に……」などとぶつぶつ呟く。
数日前から、美術館の外に特別展のポスターを張るようにした。
何をやっているか一目でわかるし、注目も集められるかなと思ったのだ。
さっそく効果が出たらしく手応えを感じる。
銀髪イケメン女子さんの図録を見る視線には熱が籠もり、表情もすごく真剣だ。
出会って数分なのに、どれだけ芸術が好きなのか伝わってきた。
この人も森ガールちゃんと同じタイプの人間なのだろう。
「なるほど、これはすごい。他では見られない所蔵品ばかりだ。こんな美術館ができたとは……私もまだまだ調査が足りないな。ところで、館長はいるか? 話したいことがあるのだが」
「館長は私です。ミオと言います。あの、調査と言いますのは?」
「なに、君が館長だったのか。ずいぶんと若いな」
「お言葉ですが、仕事に年齢は関係ないかと思いますよ」
ふふっと笑いながら答える。
今の私は若干16歳の小娘。
前世でもそのような傾向が少なからずあったけど、この世界でも若い女性は舐められてしまうのだろうか。
……などと思っていたら、女性はどこか納得した様子で言った。
「たしかに、君の言う通りだな。これは失礼した。私はジャクリーヌ・ルカヴァリエ。宮廷魔導師を務めている」
「よろしくお願いします」
ジャクリーヌさんは右手を出してくれたので、私もギュッと握手する。
細長い指は陶器のようにすべすべで、私の手まで潤った気分になった。
「ん? 精霊の気配がするな」
と、ジャクリーヌさんが呟いたので、膝の上に収まっていたフォキシーを紹介する。
「私の大事な友達のフォキシーです」
『よろしくコン』
「ほぅ、子狐の精霊とは珍しい。かなりの魔力を感じる……」
ジャクリーヌさんは無表情でフォキシーをもふもふと撫でる。
雰囲気は怖いけど手つきは柔らかであり、彼女の内にある優しさやもふもふが好きな気持ちが伝わってきた。
……ちょっと待って。
「先ほど、ジャクリーヌさんは宮廷魔導師と仰っていましたが、もしかして……」
『この国の宮殿に務める、7人しかいない皇帝陛下直属の魔導師コンね。名実ともに帝国全最強の魔導師で、全員が全員一国の戦力に匹敵すると言われているコンよ。日々、国家の安全に邁進してくれている方々コン』
「やっぱり、そうでしたか。どうりで強キャラオーラが……って、とても偉い方なのではっ?」
フォキシーの補足説明を聞き、私は驚いてしまった。
アニメや漫画における、強キャラの代名詞的な肩書きに違わぬ実力者らしい。
『ついでに言うと、ルカヴァリエ家は三大公爵家の一角コン』
「なんて恐れ多い……無礼があったらすみません」
公爵家といったら貴族の中でも一番上だ。
一方、私は前世でも今世でも平民。
貴族社会は礼儀や無礼に厳しいというし、不敬がないか心配になってしまった。
緊張する私に、ジャクリーヌさんは気にしない様子で淡々と話す。
「別に、無礼など気にするな。たまたま生まれが公爵家で、たまたま魔法の才に恵まれ、たまたま努力が苦じゃなかっただけの人間だ」
「ありがとうございます。そう言っていただけて安心しました」
『すごく人間ができている方コン』
漫画やアニメの貴族は横柄な人が多かったけど、ジャクリーヌさんはむしろとても丁寧だった。
謙遜の心得は見習いたいところだ。
「では、本題に入ろう。すでに知っているかもしれないが、話というのは “吟遊画廊”についてだ。被害状況は一向によくならない。セキュリティなどの確認のため、訪れた次第だ」
「お尋ねしたいのですが、“吟遊画廊”とはなんでしょう? 恥ずかしながら初めて聞きまして……」
被害状況という言葉から良い話ではないだろうと推測しつつ、やや緊張して尋ねる。
「初めて聞いた? ……そうか、ここは辺境だからあまりそのような情報が入ってこないのか。だったら、なおさら来てよかったな。“吟遊画廊”とは、簡単に言うと美術品の盗難グループだ。帝国各地の美術館や貴族、裕福な商人のコレクションを強奪している。被害総額は相当な物で、奪われた芸術品も貴重な物ばかりだ」
「ええ、そんな悪い人たちがいるんですね」
『ボクも初めて聞いたから、最近できた組織っぽいコンね』
前世でも、たびたび美術品の盗難のニュースがあった。
美術館や博物館は元より、お寺の仏像や神社の宝物さえ狙われたことがある。
この世界は良い人ばかりいてほしかったけど、そうでもないようだ。
「“吟遊画廊“の活動範囲は広い。《ディルーカ》のコレクションがあると知ったら、この美術館もターゲットにされるはずだ。私は芸術が好きでな。というより、芸術と魔法にしか興味がない。美術館巡りは生きがいともいえる。だから、私利私欲のために盗難する輩どもはとうてい許せないのだ」
「芸術を愛してくださりありがとうございます」
ジャクリーヌさんの表情は真剣そのものだ。
熱の籠った口調や態度から、芸術を思う気持ちが伝わってくる。
そんな彼女は館内を見渡しながら話す。
「人の気配がまるでしないのだが、警備の人間も雇っていないのか? もしそうなら、早急に雇った方がいい。希望があれば、私が手配しよう」
「ありがとうございます。ゆくゆくは雇おうと思っています。でも、信じられないかもしれませんが、この美術館と所蔵品には特別なバリアが張ってありまして、盗難や破壊はできないんです」
『ボクもいるから大丈夫コンよ。いざとなったら戦うコンから』
言わずもがな、この美術館全体はエリューシア様のバリアで守られている。
だから、基本的に盗難や破壊の心配はいらないはず。
バリアという言葉を聞き、ジャクリーヌさんは見定めるように周囲に視線を向ける。
「……うむ、たしかに防御魔法の余波を感じる。しかも、相当高度な魔法を使っているようだな。君が発動したものか?」
フォキシー曰く、女神様の魔法はこの世界でも極めて高度だから、そもそも気づける人自体レアだと言っていた。
宮殿に仕えるくらいの魔導師なのだから、私が思う以上に優秀な人なんだろう。
ジャクリーヌさんは魔法に詳しいし、下手に説明したらそれはそれで怪しまれちゃいそう。
「え、ええ、そんな感じですかね」
結局、ちょっとしどろもどろになって答えてしまった。
この場合、どう答えるのが正解なんだろうか今でも悩む。
強い魔法が使えるから魔導師になれ、とかジャクリーヌさんは言わないだろうけど、私は平穏に美術館で暮らしたい。
「まぁ、いい。どの程度強力か、館内と展示品を見ながら実際に確認させてもらう。では、成人のチケットを一枚くれ。常設展と特別展の両方だ」
「警備状況を確認いただけるのでしたら、お金は別にいりませんが……」
「いや、そういうわけにはいかん。私は単純に展示品も見たいんだ」
ジャクリーヌさんは芸術好きが伝わるような微笑みを浮かべて、そう言ってくれた。
「ありがとうございます。合わせて2000ルインです。……ありがとうございます、チケットをどうぞ」
お金を貰い、チケットを渡す。
ジャクリーヌさんはしばしチケットを眺めた後、「悪くない……」などと、またぶつぶつ呟きながら私の絵を褒めてくれた。
展示室に歩くのを見送ると、フォキシーが“吟遊画廊”について呟いた。
『美術品を盗むなんて捨て置けないコンね。ここには来ないといいコンけど』
「もし来ても返り討ちにしちゃうわ。エリューシア様のバリアと私の【無敵の身体】でね」
フォキシーを撫でながら話す。
どんな悪い人が来ても、大事な所蔵品と美術館、そしてフォキシーは絶対に守る。
そう固く決心した。
□□□
ということで、ジャクリーヌさんが訪れてから、あっという間に四時間ほどが経った。
彼女は『湖畔の微笑み』を展示している小部屋に入った後、ずっと出てこない。
あの部屋は『湖畔の微笑み』の素晴らしさを堪能してほしいと思い、展示品は関連するスケッチや手稿以外は置いていなかった。
展示物は全部で10点ほど。
私みたいにメモとか取りながらじっくり見ているのかしら。
ただ鑑賞に夢中だったらいいけど……。
「もし倒れてたらどうしよう」
『ボクもそれが気になっていたコン』
ジャクリーヌさんは華奢な体型だったから、いくら宮廷魔導師と言えども倒れていないか心配になってしまう。
余計なお世話だろうか。
……いや、本当に具合が悪くなってたりしたら大変だし、【美術館の加護】で設置した監視カメラで確認してみよう。
心は50歳の成熟したお姉さんのためか、若い人に対するそんな心配が湧いてしまうのだ。
監視カメラの映像は頭の中で確認できる。
特別室に意識を集中したら……えっ、嘘!?
ジャクリーヌさんが力なく床に座り込んでいた!
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