第37話:美術館長、皇帝陛下を迎える
皇帝陛下が訪問する日が来た。
お出迎えのため、私は緊張しながら美術館の前に並んでいる。
周りには"美術館イチノセ"のメンバーがいて、私の緊張を解してくれた。
五分も経たぬうちに街の方角から馬車の一団が見え、スッと背筋を正す。
セキュリティの都合上、今回はお忍びの訪問という体だ。
だから、普段より質素な馬車との話だけど、私の目から見たら大変に豪華絢爛であった。
馬車が停まるや否や従者と思しき人たち整列し、丁寧に扉を開ける。
空気を押し退けるようにゆっくりと降り立ったのは、くすんだ金髪に鋭いながらも優しさを感じる碧眼をした骨太の男性だ。
ジャクリーンさんの手紙と一緒に届いた、皇帝陛下の肖像画そのものの人物だった。
皇帝陛下はにこやかな笑みで話し出す。
「そなたたちが"美術館イチノセ"のメンバーか。今日は世話になる。……おや、狐精霊とは珍しい。それに、そちらにいるのはモンテスキュー伯爵家の天才令嬢か。これまた稀有な人材が集まっているじゃ」
私はみんなと跪き、首を垂れる。
手紙によると、これが正式な所作とのことだった。
「本日はお越しいただき誠にありがとうございます。私は"美術館イチノセ"の館長を務めております、ミオと申します。こちらにおりますのは、一緒に働いてくれる大切な仲間たちです」
フォキシーたちも紹介すると、皇帝陛下の笑い声が降ってきた。
「よいよい、楽にしてくれたまえ。そんなに固くする必要はない。もっと気楽にいこうじゃないか」
「あ、ありがとうございます。それでは失礼いたします」
お言葉に甘えて立ち上がったところで、皇帝陛下は真面目な顔に戻る。
「ミオ殿。帝国の貴重な美術品を守ってくれたこと、改めて深く感謝申し上げる。我が輩も芸術が好きでな。"吟遊回廊"の動向にはやきもきしておったのだ」
「ありがたきお言葉に恐れ入ります。しかし、私は自分がやるべきことをしたまでです。同じく芸術を愛する者として、彼らの行いはとうてい看過できるものではありませんでした」
「お主は若いのに落ち着いているのが素晴らしい。なるほど、これほど冷静な女性が館長ならば、いかに"吟遊回廊"と云えども返り討ちにあうな。我が輩はもう50になるが、まるで同世代と話している気分だ」
「恐れ入ります……」
わはは、と笑う皇帝陛下に苦笑いで答える。
さりげなく転生者であることを指摘されている感じ……。
「着いたときから思っていたが、この美術館は外観も非常に美しい。澄んだ湖畔近くに建つ様は、それだけで一枚の絵画になる」
「ありがとうございます。特に、こちらの角度からだと山と空も黄金比で鑑賞することができます」
今の時間帯である昼前だと、最も美しく見える位置に皇帝陛下を案内する。
青い空には白い雲がわずかに漂い、なかなかに絵になる風景だった。
晴れてくれてよかった。
しばし外観を堪能したところで、いよいよ館内に連れて行く。
緊張する……。
一行の中にはジャクリーヌさんとウェンディさんもいて、私を見るとさりげなく頑張れとサインを送ってくれた。
よし、頑張れ、ミオ!
私は軽く深呼吸した後、皇帝陛下に展示の概要を話す。
「この美術館を象徴する、厳選に厳選を重ねた所蔵品を展示しております。どれも当館自慢の物ばかりです」
「うむ、それは楽しみだ。……おおっ、あれが噂に聞く《ディルーカ》の『湖畔の微笑み』か! ……素晴らしい。計算し尽くされた構図に、感情を揺さぶる色使い、貴婦人の穏やかな微笑み……まさしく、これは人類の至宝だ」
中に入って一番目立つ場所に展示したのは、私が最も感動した《ディルーカ》の『湖畔の微笑み』
他にも最高峰の芸術品がこの美術館には揃うけど、やはり別格の存在だった。
基本的に皇帝陛下は静かに鑑賞し、所蔵品の解説を求められたときには、必要な分だけ端的にお伝えした。
鑑賞を邪魔してはいけないから。
案内をするうちに昼時となり、そろそろお昼ご飯を食べようとなった。
私は皇帝陛下一行をカフェにご案内する。
「……陛下、こちらが当美術館のカフェ――"チル・アート"でございます」
「名前も可愛いではないか。このような素朴な空間、我が輩は好きだぞ」
内装や雰囲気も気に入ってくれたみたいで嬉しい。
セシルちゃんには警備ゴーレムを通じて「そろそろカフェに行きそう」と情報を共有していたためか、席に着くとすぐ料理を出してくれた。
……のだけど、運んでくるセシルちゃんは緊張のあまり、トレーを持つ手がガタガタと揺れてしまっている。
それでも料理や飲み物が零れないのはプロ意識の賜物だろうか。
「し、失礼いたします……ほ、本日のメニューは……サラダライスのワンプレートで……ございます」
彼女が緊張しながら料理を並べると、皇帝陛下はたちまち笑顔を浮かべた。
「ほぅ、我が輩の好物ばかりではないか。これは嬉しいな」
「お野菜がお好きとのことでしたので、セシルちゃんに特別メニューを作ってもらいました」
メニューについて事前にジャクリーヌさんに相談したところ、"この美術館のカフェらしい"料理を出してほしいということだった。
野菜をメインにしながらも、豆やナッツ類を豊富に使うことで満腹感もある素敵なメニューだ。
皇帝陛下はライスサラダを一口食べると、感嘆の声を上げる。
「……うまい! この年になると宮殿の食事は少々重くてな。さっぱりした味わいと食材が非常に美味だ」
お昼ご飯はジャクリーヌさんや部下の人たちの他、セシルちゃんを含めた"美術館イチノセ"のメンバーも一緒に食べる。
食事が終わったところで、セシルちゃんがゴーレムと一緒に人数分のコーヒーカップを持ってきた。
手分けして並べると、方々から感嘆の声が漏れる。
「「なんだこれ……コーヒーに絵が描かれているぞ!」」
今回の訪問のために、ラテアートで帝国の象徴――二頭の龍を描こうとなったのだ。
複雑なデザインなので大変だったけど、試行錯誤した結果、素晴らしいラテアートにできたと思う。
驚く一行の中で、皇帝陛下が一番喜んでくれた。
「こんな技法があるのか……? これは何という名前の技法だ? いや、いったいどうやったのか教えてほしい」
「もしよろしかったら、手順やコツなどもお伝えさせていただきます」
無論、コーヒーは味も最高でみんなはとてもおいしく飲んだ。
カフェから出た後、皇帝陛下はとある空間に目を惹かれた。
「このスペースはなんだ、ミオ殿?」
「ミュージアムショップです。図録や栞などの他、美術館や特別展のグッズを販売しています」
「なるほど、それは面白い! 帝国美術館にもぜひ導入させてもらおう!」
「お店の運営はソフィちゃんと、彼女が作ったゴーレムたちが頑張ってくれています」
ソフィちゃんは椅子から降りて、すっくと立ち上がる。
「皇帝陛下がここにいらっしゃる日を心より待ちわびておりました。この空間は私の最も大切な場所でございますので、ぜひ楽しんでいただけたら幸いに存じます」
『ゴヨウガ ゴザイマシタラ ナンナリト オモウシツケクダサイ』
彼女はアストラと一緒に、幼いながらしっかりとお辞儀をする。
いつもの賢者っぽい口調などは鳴りを潜めており、伯爵令嬢らしさが感じられた。
皇帝陛下はミュージアムショップの商品を全て一つずつ購入してくれ、楽しいお昼休憩は終わりとなる。
「では、ミオ殿。また案内を頼めるか?」
「はい、もちろんでございます」
陛下を連れ、案内を再開する。
平和で穏やかな時間はゆっくりと過ぎていった――
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