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第35話:銀髪イケメン女魔導師、皇帝に美術館長の頑張りを伝える(Side:ジャクリーヌ③)

 宮殿に帰還した私は、皇帝陛下との謁見を行っていた。

 謁見の間は白い大理石で構成され、深い赤色の絨毯とタペストリーには帝国の紋章である二頭の巨大な龍が描かれる。

 厳かで静かな独特の空気は、何度来ても身が引き締まってよい。


「……という次第で、芸術品をターゲットに活動していた大規模な盗賊団、"吟遊回廊"でございますが、構成員は全員逮捕いたしました。組織も完全に壊滅と相成りました。売却された美術品も持ち主の元に戻りつつあります」

「おお、そうか。ご苦労だった。芸術を蔑ろにする不届き者が捕まってよかった。芸術を愛する者として、とうてい見過ごせはしなかったからな」


 陛下もまた私と同じように芸術が好きで、“吟遊回廊”の活動については強い怒りを感じていらっしゃった。

 解決してくれたミオには感謝しなければならない。


「ところで、ジャクリーヌよ。毎回毎回、跪かなくてよいぞ。一応、謁見の正式な所作とはなっておるが、他の宮廷魔導師はもうみんな守っておらん」

「形式は大事ですので……。ですが、お言葉には甘えさせていただきます」


 垂れた首に重厚な声が降ってきて、私は立ち上がる。 

 目の前の階段の上には玉座があり、そこには初老の男性が座っていた。


 ――グランフェルト帝国、皇帝。


 骨太の身体は老いても威厳に溢れ、くすんだ金髪から覗く鋭い碧眼の奥には国をよくしたいという熱意が燃える。

 まさしく、巨大な帝国の最高権力者にふさわしい方であった。

 私は報告を続ける。


「今回、民間人の助けを大いに借りました。"吟遊回廊"捕縛の舞台となった"美術館イチノセ"の館長、ミオでございます。彼女は私が使う魔法よりずっと高度な魔法を扱い、"吟遊回廊"の確保を手助けしてくれました。絵を囮にする作戦も彼女が立案しました」

「ほぅ、それは面白い。年齢もまだ若いと聞く」

「ええ、あの年齢であそこまでの魔法が使える人間は他にいないでしょう。……ところで、陛下。"吟遊回廊"に話を戻しますが、裏に大きな組織が隠れていると思われます」

「……詳しく話してもらえるか?」


 調査結果を端的に話す。

 当初、ヤツらは単独の盗賊グループという考えだったが、どうやらそうではないとわかった。

 盗品の売却で稼いだ金はどこかに送っていることがわかり、『悪魔の黙示録』も誰かに捧げる目的で狙っていたようだ。

 とはいえ、ダニエルたちは裏切りによる死の恐怖から固く口を閉ざしており、時間はかかりそうだ。

 おそらく、組織全体のトップは"教皇"と呼ばれていることしかわからない。

 という旨を説明すると、陛下は真剣な表情で聞いていた。


「まだ調査は必要ですが、引き続き尋問及び盗品の売却ルートなどから辿ってみます」

「よろしく頼む。もし、ゼフリ王国と関わりがあったら少々面倒なことになりそうだ」


 陛下の言葉に複雑な思いで頷く。

 帝国の隣には、ゼフリ王国という巨大な国が位置する。

 急速に魔導技術を発展させており、経済力や産業力、そして軍事力の拡大が著しい国だ。

 周辺地域に対する圧力を少しずつ強め、吸収された小国も出始めた。

 これは戦闘の起きない戦争だ。

 さすがに帝国にはまだその毒牙を伸ばしてはいないが、水面下で搦め手を使っている可能性は十分にある。


 ――手に入れた悪魔の力で世界を支配する。


 もし、ゼフリ王国がそのようなことを考えていたら先手を打つ必要がある。


「件の『悪魔の黙示録』については、ミオたちが厳重に保管することで話がつきました。宮廷魔導師の名にかけて確実に言えますが、あの美術館ならばどんな者でも盗むことは不可能です」

「それは安心だ。お主にそこまで言わせるとは、相当強固な魔法が使われているようだな」

「ええ、私では足下にも及ばないような高度な魔法でございます」

「……ほぅ」


 私の言葉を受け、陛下の瞳が鋭く光った。

 常日頃から、帝国は優秀な人材を求めている。

 ミオの実力を考えれば、冗談ではなく宮殿の近くに置きたくなる気持ちが手に取るようにわかった。


「場合によっては、一度宮廷魔導師に勧誘してもいいかもしれんな。お主の見立てではどれくらいの確率で了承してくれそうだ? お主の勘は当たるからな、参考にしたい」

「お言葉ですが、彼女は断ると思います。美術館の運営を最優先に生きているようなので……」

「まぁ、そうか。残念だが無理強いはできん。いつか、話すだけ話してみるとしよう」


 ミオや"美術館イチノセ"の魔法については伝えない選択肢もあったが、思案した結果、包み隠さず話すことにした。

 陛下は魔法にも精通しているので、美術館を一目見ればどれほど強力な魔法が施されているかすぐわかるはずだ。

 一通り報告が終わったところで、私は陛下に進言する。


「どうでしょうか、陛下。一度、ご訪問なさっては……。あの美術館には『悪魔の黙示録』以外にも、《ディルーカ》や《ラヴォワーヌ》など貴重な芸術品が数多く所蔵されています」

「ほぅ、名だたる芸術家ばかりではないか! では、グランフェルド帝国美術館と比べて……どっちが上だ?」

「誠に申し上げくいですが……所蔵品の貴重性などを鑑みれば"美術館イチノセ"かと……」

「ふぅむ、なるほど……。職員たちが聞いたら、目の色を変えそうな話じゃないか」

「嬉しそうでいらっしゃいますね?」

「なに、あそこを超える美術館ができたんだからな。帝国がより豊かという証拠だ」


 陛下は豪快に笑う。


 ――グランフェルド帝国美術館。


 帝国において最高峰の美術館だ。

 古今東西、世界中から集めた絵や絵画など大変貴重な所蔵品が集まる。

 私自身、何度も隅々まで鑑賞したが、やはり"美術館イチノセ"の方が上だと言わざるを得なかった。


「よし、我が輩も訪ねよう。所蔵品は元より、ミオ氏にもぜひ会ってみたい。さて、そうと決まったら、溜まっている公務をなおさら片付けんとな。王妃にこれ以上、余計な小言を言われるのはごめんだ。ジャクリーヌも手伝ってもらえるか?」

「……承知しました」


 陛下に続いて謁見の間を後にする。

 意図せず新たな仕事が増えてしまったが、致し方ないだろう。

 宮殿の通路から見える空は雲一つなく晴れ渡る。

 国内の大切な芸術品を守ることができ、私の心はこの空のように爽やかだった。

 気がつくと、私はぽつりと呟いていた。


「……これも君のおかげだな」

「何か言ったか、ジャクリーヌ?」

「いえ、何も申しておりません」


 廊下を淡々と歩く。

 日程が決まったら、陛下の訪問についてミオに手紙を出そう。

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