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第32話:美術館長、”いわくつきの絵画展”を始める

 "吟遊回廊"を誘き寄せるために始めた"いわくつきの絵画展" 

 実際のところどれくらい人が集まるか不安だったけど、老若男女関係なく想像以上にたくさんの来館者が訪れていた。

 むしろ、怖いのが楽しい人もいるようで好評だ。

 年齢層は幅広いものの、意外なことに子どもが多い。

 怖い絵や彫刻は大人より子どもに人気があるようで、特に保育園や幼稚園からの園児たちが訪れた。

 展示物はどれも特殊な出自や背景があるので、来館者に解説を求められる機会に恵まれた。 今もまた展示室の一角で、すっかり顔馴染みとなった"フラワー幼稚園"の年長クラスに解説をしている。

 首から二本の蛇が生えた大きな鳥の彫刻で、まるでキメラの魔物みたいだ。


「この彫刻は《ブロンツィーニ》が作った想像の魔物、『苦悶の獣』です。苦しみを魔物にしたらどんな形になるのか考えて作った彫刻です。首から生えた二本の蛇は、お互いの頭を噛んでいますよね。これは苦しみを現しています。体が鳥なのはどうしてかわかりますか?」

「「わかんな~い」」

「心から苦しみがなくなったら身体が軽くなるでしょう? 鳥みたいに飛べるという意味です」

「「うわぁ~」」


 解説もそこそこに、園児たちは彫刻の周りに集まる。

 シンプルながら不気味なデザインなのに、みんな嬉々として観察していた。

 そんな彼らに、付き添いの先生が引き攣った顔で促す。


「も、もう見なくていいんじゃないのかなぁ? 早く次に行こ~?」 

「「やだ! もっと見る!」」


 先生たちは早く帰りたそうなのに、園児たちは目を輝かせて彫刻を見る。

 大人より子どもの方が怖い物が好き、という不思議な構図だった。

 "フラワー幼稚園"のお散歩には園長のステイシーさんも同行しており、彼女は腕まくりをしながら宣言する。


「なんだか創作意欲が湧いてきたよ。あたしも久し振りに何か書こうかねぇ」

「「それは絶対に止めて」」


 いつぞやと同じように、すかさずストップが入る。

 園児たち曰く、ステイシーさんが描く絵の方が展示品の百倍は怖いとのことだ。

 彼女はいったいどんな絵を描くのだろうか……。

 解説が終わると自由時間となったようで、ミュージアムショップに向かうトッド君を見つけた。

 彼は真っ先にソフィちゃんのところに行く。

 今はお客さんがいないのでゆっくり話せるといいね。


「ソ、ソフィはいつも忙しいね。そんなに小さいのに働いていて偉いよ」

「おお、トッドか。気遣い感謝する。"いわくつきの絵画展"はどうじゃ? ずいぶんと恐ろしい展示がいっぱいでワシも驚いたわ」

「べ、べつに、大したことなかったよ。大人はみんな怖いっていうけど」

「ずいぶんと震えておるが大丈夫かの?」


 トッド君は怖いだろうに、ソフィちゃんの前だからか『怖くない』と強がっていた。

 ミュージアムショップを出た途端、先生にしがみついてしまうことは私だけの秘密にしておこう。

 肩に乗っかるフォキシーを撫で、カフェの様子を見に行く。

 連日大繁盛であり、たくさんのゴーレムとセシルちゃんが忙しそうに動き回る。

 新しい特別展ということで、彼女は期間限定メニューを作ってくれた。

 骸骨の形をしたチョコレートとコーヒーのセットや、どんなに気をつけても赤いケチャップが口の周りについてしまうミートパイなどなど……。

 怖いながらもちゃんとおいしそうで、肝心の味も素晴らしいのであった。


「相変わらず、セシルちゃんはお料理が上手ねぇ。うちに作りに来てほしいくらいだわ」

「ありがとうございます……恐縮です……」


 お客さんから感謝され、セシルちゃんはとても嬉しそうで、私も嬉しい。

 気持ちが温かくなったところで、私は一度受付に座るノーラの元に行く。


「この後はしばらく、"例の絵"の部屋にいるわ。ノーラは無理してこなくていいからね」

「わかった、ありがとう、ミオちゃん」


 肝心の『悪魔の黙示録』は、ひと際特別な絵ということで隔離した部屋に展示していた。

 怖い物見たさで訪れては、すぐに出てくる人が多い。

 やはり、他の絵とは一線を画すのだろう。

 文字通り魂の籠もった絵なので、鑑賞者の健康や精神状態に配慮が必要だ。

 そこで私は……。


『ミオの対策がうまく機能してくれているみたいコンね。さすがミオコン』


 対策を二つ用意した。

 一つ目は、入口に"閲覧注意"や"体調不良になったらすぐ連絡を"などと注意書きの看板を設置すること。

 展示室に入らなくてもいい場所に絵を設置することで、外から様子を窺えるようにもした。 チラ見して怖ければ入らないし、興味が惹かれればさらに深く鑑賞できる。

 二つ目は、ソフィちゃんに作ってもらった防護ゴーグル。

 念のため、絵が与えるであろう影響を軽減するのだ。

 うまく機能したためか、幸いなことに体調不良者は出ていない。

 願わくば、このまま無事に特別展が終わってほしい――


 やがて、閉館の時間が来た。

 最後の来館者を見送ると、昼間賑やかだった空間が嘘のように静まり返った

 閉館後の静かな館内で、私はフォキシーを抱えたまま『悪魔の黙示録』の前に立つ。

 周りには誰もいないためか、昼間見るより直接的に絵の持つエネルギーみたいなものが流れ込んできた。

 気を抜いたら絵に描かれた漆黒の暗闇……いや、悪魔に吸い込まれてしまいそうだ。

 私は今一度気持ちを整え、いつか訪れるでろう"吟遊回廊"との戦いに意識を集中する。

 どんな敵でも貴重な所蔵品、そして大事な仲間を絶対に守ってみせる。


 ――絵が人を魅入らせてしまうのか、人が絵に魅入ってしまうのか。


 その疑問に答えは出ないまま、私は大事な仲間たちと一緒に粛々と日々を過ごす。



 さらに、一週間ほど後の新月の夜。

 針を落としても聞こえるような静寂の中、とうとう"吟遊回廊"が美術館を襲撃に来た。

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