第22話:美術館長、伯爵令嬢(幼女)の家庭教師を頼まれる
お絵描き教室は好評で、年中さんと年少さんのクラスも受け持つようになった。
フラワー幼稚園とは別の幼稚園や保育園からも頼まれ、毎日活動している状況だ。
私自身、とても楽しい日々を送らせてもらっている。
今日も午前中にお絵描き教室を終えたばかりで、ノーラと一緒に画材の片付けを進めていた。
「今日もミオちゃんは子どもたちに大人気だったね。ミオせんせー、って言葉が鳴り止まなかったよ」
「本当に嬉しい限りだね。いろんなことが教えられるように、私ももっと精進しなきゃ」
私たちが話す間も、傍らのフォキシーは机の上でぐーっと背伸びする。
『背中がゴキゴキするコン』
「子どもたちと遊んでくれてありがとうね、フォキシー。私もすごく助かっちゃったよ」
「今日も取り合いになってたね」
モフモフした可愛い彼はどの園でも大人気であり、子どもと遊ぶのは大変だけど本人も嬉しいようだ。
さて、明日のお絵描き教室のテーマを考えないと……。
いつも同じ内容では子どもたちも飽きてしまう。
子どもにも馴染み深くわかりやすいテーマを考えるのは結構大変だけど、想像力が刺激されてそれはそれで楽しい。
しばし考えるも微妙なアイデアしか思い浮かばない。
こういうときは他人に聞いてみるのが一番だ。
「ねえ、二人とも。明日はどんなお絵描きがいいかなぁ」
『そうコンねぇ……。将来の夢とかはどうコンかね?』
「好きな魔法の絵はどう?」
「それだ!」
フォキシーとノーラのおかげで良いアイデアが生み出された。
自分が何でもできる魔導師だったときに使いたい、「理想の魔法の絵」にしよう。
忘れないうちにメモに書き留めていると、ふと目の前が暗くなった。
誰かが影になっているらしい。
顔を上げると、とてもキリッとした感じの女性が立っていた。
黒髪はお団子にまとめていて、同じ黒目はノーラやセシルちゃんに比べて切れ長な感じ。
銀色の細縁眼鏡が真面目な印象を強める。
モノトーンのクラシカルなメイド服を着ており、たぶん、この人はどこかのメイドさんなのだと想像ついた。
「あなたが"美術館イチノセ"の館長、ミオ様でいらっしゃいますか?」
「は、はい、そうです」
メイドさんにキビキビと言われた瞬間、思わず背筋が伸びた。
フォキシーは私の膝上に隠れてしまい、身体を硬くしながら様子を窺う。
隣に座るノーラもなんだか緊張した表情だ。
もしかしたら、このメイドさん高位貴族やお金持ちの人の使いだろうか。
だとすると、こんな美術館にどのような用事があるのだと考える。
緊張する私に対し、メイドさんは丁寧に頭を下げた。
「私はモンテスキュー伯爵家のメイド、ヴェルデと申します。どうぞよろしくお願いいたします。本日はミオ様にお願いがあり参上いたしました」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします……って、伯爵!?」
挨拶するや否や驚いてしまった。
伯爵!
これはとても偉い貴族だ。
男爵や子爵でさえ立派な領地と家を持っているのに、伯爵なんてどれほどの規模が想像もつかない。
はえー、と驚き冷めやらぬ中、ヴェルデさんは淡々と話す。
「さっそくですが、本題に入らせていただきます。ミオ様はこの美術館で、園児向けのお絵描き教室を開いていらっしゃいますね?」
「え、ええ、開いています。といっても、一回30分ほどの短い時間ですが……。おかげさまで好評で、ここのところは毎日開催されています」
「なるほど、それは素晴らしい。評判通りというわけですね」
素晴らしいと言いつつ、ヴェルデさんは先ほどからまったく表情筋が動かない。
褒めてくれているのか、怒っているのか、悲しんでいるのか、興味がないのか、内心が読み取れない表情だ。
もしかしたら、この世界のメイドの人たちは感情を表に出さない訓練を積んでいるのかも。 絵画みたいに美しいと思うのは失礼だろうか。
そんなヴェルデさんは、可愛い女の子が描かれた絵をテーブルに置いた。
「こちらは五歳になる旦那様の一人娘――ソフィ様です」
「へぇ~、可愛い女の子ですね」
綺麗な紫色の髪はくせっ毛で、髪と同じ紫の丸い瞳は子どもながら利発そうだ。
着ているワンピースと革靴は見るからに上品で、誰が見ても裕福な家庭の子どもだとわかった。
猫のぬいぐるみを大事そうに抱えているのがとても可愛い。
「本題に入りますが、ミオ様にはソフィ様の美術における家庭教師をお願いしたいのです。どうやらあなた様の教室はとても評判が良いみたいですね。通っている方々とお話ししましたが、どなたもミオ様を絶賛されていました。他の方の家庭教師よりは求められる技量が高いかと思われますが、旦那様と奥様もその分お給金は弾むと仰っています」
「家庭教師……ですか。ご依頼いただけるのは嬉しいですが、伯爵令嬢のご指導なんて私には荷が重いです。恥ずかしながら、美術の専門的な勉学を励んだわけではないので……。他にもっと適任がいると考えます」
せっかくのお話ではあるけど、頭を下げて丁重にお断りする。
評価してもらえるのは喜ばしいものの、相手は伯爵令嬢だ。
やはり、きちんと教育を受けた先生が家庭教師になった方がいいだろう。
前世で美大を出ていればまた話は変わったかもしれないけど……。
お断りの意志を伝えても、ヴェルデさんは受付前から動かない。
代わりに家庭教師を頼めるような人脈があればと、申し訳なく思う。
どうしようかと思っていたら、ヴェルデさんの表情に哀愁が滲んだ。
「メイドの身分で話すのは差し出がましいですが、ソフィ様は少々個性的なお嬢様でございまして……。今まで何人もの家庭教師の方が辞めていらっしゃいます。というのも、お嬢様が家庭教師の方に要求する芸術のスキルが高すぎるからです」
「なるほど……。将来は芸術家を目指されているのですか?」
「いえ、実はお嬢様は錬金術師なのです」
「「錬金術師!?」」
ずっと黙って聞いていたノーラと一緒に驚いてしまった。
「錬金術師って、魔法陣を基に素材を別の物質――錬成物に変える特別な技術のことですよね? 習得するには大変な修練が必要と聞きます」
フォキシーから事前に教えてもらった知識を話すと、ヴェルデさんはこくりと頷く。
「メイドの立場で言うのもなんですが、お嬢様はその道では天才として知られています。ミオ様が仰るとおり、錬金術は素材と術式を基に錬成物を生み出す技術です。お嬢様はわずか五歳にして、設計図や素体となる彫刻を元に錬成する新しい理論を開発しました」
「ええ、すごいですね。まだ五歳なのに」
「これは錬金術界で新技術として衝撃的な成果として広まりました。ですが、未だ錬成の成果が出ておらず……机上の空論と扱われ始めてしまったのです。錬金術の素体となる絵や彫刻は、相当に精度の高い物でないと錬成できないというお話です。お嬢様は芸術に関しては技能がないことをとても悔しがっており……サポートできない私も悔しく思っております」
ヴェルデさんは静かに頷いて話を続ける。
「今まで、数え切れないほどの芸術に知識と経験を持つ方に家庭教師を頼みました。ミオ様のような教室の先生の他、高位貴族の専属絵師、国内最高峰の美術大学――グランハルト芸術大学の教授もお呼びしたことがあります。次期学長とも目される殿方でしたが結果は散々なもので……。風の噂で、心を折られた彼は大学を辞めたと聞きました」
「そんなことが……」
彼女の話に呟くことしかできなかった。
ノーラとフォキシーも辛い表情で俯く。
大学教授までクビになるなんて大変にハードルの高い家庭教師だ。
そう感じる方で、ソフィ様の錬金術に対する強い思いが伝わるエピソードでもあった。
そこまで真剣になるくらい、新しい錬金術の技法を必ず実証したいと思っているのだろう。 ヴェルデさんは再度丁寧に頭を下げる。
「私に絵心や彫刻を作る技能はなく、お嬢様の役に立てない歯がゆい毎日を過ごしております。もう他に家庭教師を頼めるような背景のある方はいません。ですので、どうかミオ様……お嬢様の家庭教師を引き受けてくださいませんか?」
彼女の肩はわずかにわなわなと震えており、ソフィ様の力になれない悔しさや無念が伝わった。
わざわざ自分の足で家庭教師を探すほどなのだ。
彼女にとってソフィ様は大切な存在なのだろう。
気持ちが伝わった私は立ち上がって答える。
「わかりました。そういうことなら、ぜひお手伝いさせてください。どこまでご指導できるか不安ですが、精一杯努力したいです」
「ありがとうございます、ミオ様」
私はヴェルデさんと握手を交わす。
日程について相談したら、今日にでもさっそくお願いしたいということだったので、閉館後に向かうことになった。
「ところで、モンテスキュー伯爵のお屋敷はどれくらいの距離にあるんでしょうか?」
「馬車でおよそ30分ほどでございます。閉館の18時にお迎えの馬車をこちらに来させますので、ミオ様方が手配する必要はございません」
「ありがとうございます。恐縮です」
そこでお話は終わり、ヴェルデさんは静々と美術館を後にして外の馬車に乗り込む。
馬車を見送ると、今夜の依頼が頭に浮かんだ。
伯爵令嬢(幼女)のお絵描き指導か……。
不安がないと言ったら嘘になるだろう。
相手の爵位の高さもそうだけど、何より私の芸術に関する実力が足りているか心配だった。 芸術大学の教授も拒否されるほど、求められる技能はかなり高いのだ。
ヴェルデさんの話を聞いてから、ソフィ様の力になりたいとは思ったけど……。
ぼんやりとした不安が胸に渦巻く私に、フォキシーとノーラが安心させるように言った。
『ミオならきっとうまく教えられるコン』
「そうだよ。ミオちゃんのおかげで、子どもたちはすごく絵が上手になってるんだから」
「……ありがと、二人とも」
気遣ってくれる二人に感謝し、私は閉館時間を待つ。
□□□
閉館と同時に外に出ると、すでに馬車が止まっていた。
その前で、ヴェルデさんが昼間と同じように丁寧にお辞儀する。
「お仕事お疲れ様でございます、ミオ様。ご出発の準備はすでにできております。御者は私が務めさせていただきますので、どうぞよろしくお願いします」
「『こちらこそよろしくお願いします(コン)』」
私以外の三人は改めて自己紹介をし、ヴェルデさんはフォキシーについては「モフモフですね」とどこか満足げに撫でていた。
案内してくれた馬車は月明かりに浮かぶ藍色の車体に金の装飾が刻まれ、昼間ヴェルデさんが乗ってきた物より何段階も豪奢なのだと感じられる。
見送りに来てくれたセシルちゃんと、一旦のお別れの挨拶を交わす。
モンテスキュー伯爵のところに行くと彼女に話したら、「自分は人見知りなので……」とお留守番することになった。
「じゃあ、私たちは行ってくるわ。セシルちゃん、お留守番はお願いね。戸締まりに気をつけて。好きな食べ物食べていいからね」
『寂しくなったら、かりんとうを食べればいいコン』
「はい……ミオさんたちもお気をつけて……。一緒についていけずごめんなさい……」
セシルちゃんに良いお土産話ができたらいいな。
私とフォキシー、ノーラの三人が乗り込むと、馬車はガタゴトと走り出した。
思いの外早く、あっという間に美術館が遠ざかる。
十秒ほど走ったところで、フォキシーがしょんぼりと首を垂れた。
『おやつにかりんとう持ってくるの忘れたコン……』
「大丈夫。二袋用意してあるよ。行きと帰りの分ね」
『やったコン! ありがとう、ミオ!』
「さすが、ミオちゃんは準備がいいねえ」
フォキシーは嬉しそうにかりんとうを食べ、ノーラは微笑ましくその様子を見守る。
窓からは夜空に浮かぶ満月がよく見えた。
モンテスキュー伯爵家に向かう私たちを見守ってくれているかのようだ。
いつもより強く感じる月明かりの中、馬車は夜の静寂を静かに駆ける。
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