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第21話:美術館長、お絵描き教室を始める

 ある日の美術館にて。

 カフェのお客さんが落ち着いたので受付でフォキシーと作業をしていると、トッド君親子が初老の女性を連れてきた。

 くすんだ茶髪を上品に纏めたふくよかな女性だ。

 トッド君の母親――エミリーさんが紹介してくれる。


「ミオちゃん、今日はぜひ会ってほしい人がいてね。こちらはフラワー保育園の園長、ステイシーさんよ」

「初めまして、館長のミオです」

『ボクはフォキシー、コン』

「こちらこそ初めまして。あたしはステイシーよ。二人とも可愛いわね」


 フォキシーと一緒に、ステイシーさんと握手を交わす。

 皮が厚くて皺が刻まれていて、人生の重みを感じるような手だ。

 近くの街、ミルフォードには幼稚園がいくつかあって、そのうちの一つにトッド君は通っていた。

 ステイシーさんは少女っぽく両手を組み合わせながら話す。

 なんとなく、近所のお喋りな可愛いおばさんという雰囲気だ。


「あのね、ミオちゃん。お願いというのは、お絵描き教室を始めてくれないかしら? ということなの」

「お絵描き教室……! 素敵ですね」

「うちの園でもお絵描きはやってるんだけど、どうせなら専門の人に教えてもらった方がいいんじゃないかな、って思ってね。ミオちゃんにお願いしようと思ったわけ」

「専門だなんて恐縮です。絵は本当に趣味みたいなものでして……」

「うまい人はみんなそう言うのよ。このチケットの絵を見たらプロだってわかるわ。ミオちゃんの」


 ステイシーさんはチケットを見せながら話す。

 言わずもがな、前世でお絵かき教室など開いたことはない。

 でも、絵を描くことは好きだし、子どもたちに教えるのも楽しいだろう。

 何より、いろんな人に芸術の楽しさを知ってもらえる良い機会だ。

 そう思うとやる気が溢れてきた。


「わかりました。ぜひ、やらせてください。私もお絵かき教室を開いてみたいです」

「ありがとう、ミオちゃん! 教室にはあたしも参加させてもらうから教えてちょうだいね! 自慢じゃないけど、あたしは絵が下手すぎて園児を泣かしちゃうのよ」

「そ、そうなんですね」


 ステイシーさんは私の手を握り、ぶんぶんと振り回す。

 彼女は豪快に「わははっ」と笑うけど、足下のトッド君はいつも元気なのに今は泣きそうな顔だった。


「あのね、園長さんの絵……すごく怖い」


 園児を泣かす絵というのはどのような絵なんだろうか。

 なんだか、怖い物見たさで気になるね。

 隣のフォキシーは私の耳元でそっと話す。


『園児を泣かす絵ってどんな絵コンね……』


 私と同じ気分だったみたい。

 例の如く、【美術館の加護】で建物を拡張。

 お絵描き教室のスペースを作った。

 間近で見たステイシーさんは歓声を上げる。


「まぁ! あっという間にお部屋ができちゃったわ! ミオちゃんはすごい館長さんなのねぇ!」

「美術館に関することだったらだいたい何でもできますね」

「あら、素晴らしいじゃない。今の場面を絵に描いちゃおうかしら」

「それはやめて、園長さん……」


 トッド君の嘆願が虚空に消える。

 お絵かき教室について相談した結果、まずはトッド君のいる年長さんクラスを対象に始めることで決まった。

 年長さんと云えども子どもなので、集中力が保つように一回の時間は30分とする。

 週1回から初めて、希望があったらもう少し増やしていこう。



 □□□



 お絵かき教室当日。

 集まった園児はおよそ30人。

 みんな黄色の目立つ帽子を被っており、おそろいのスモックがとても可愛いね。

 わいわいきゃいきゃいとお喋りしてる光景を、ずっと見ていたくなる。

 癒やされる中、ステイシーさんが子どもたちに私を紹介してくれた。


「はい、みんな静かにしてね。ここにいるのが、今日みんなにお絵かきを教えてくれるミオ先生よ」

「こんにちは、みんな来てくれてありがとう。ミオって言いますmよろしくね」

「「よろしくおねがいしまーす!」」


 園児の元気な声が響く。

 ……なんて可愛いの。

 気持ちと呼吸を整え、私はフォキシーを紹介する。


「こっちはお友達のフォキシーだよ」

『仲良くしてコン』

「「かわいー!」」


 ……くっ。

 何かしら反応されるたび、園児の可愛さに胸がきゅんっとなる。

 気を抜いたら尊死しそうだ。

 これから30分間耐えられるだろうか。

 ……いや、耐えるのよ、ミオ。

 園児たちの創造性を養うために!

 もう一度気持ちと心を整え、私はみんなに呼びかける。


「今日みんなに描いてほしいのは、"みんなの好きな食べ物"です。どんな食べ物が好きなのか教えてね」

「「はーい!」」


 ……うっ。

 園児たちは加護の力で生み出したクレヨンを使って、元気よく描き始める。

 彼らはまだ子どもなので、難しいテーマを言われても困ってしまう。

 かといって、何でもいいと言われたらそれはそれで困る。

 いろいろとテーマを考えた結果、馴染みやすい食べ物を選んだのだ。

 園児と云えども集中力は大したもので、たちまち室内は真剣な雰囲気に包まれた。

 この年齢の子どもたちに何かを教えるのは初めてだけど、お絵かき教室にはステイシーさんの他、幼稚園の先生が二人サポートでついてくれているから安心だ。

 事故が起きないように注意しながら、基本的には園児の自立性に任せて描いてもらう。


「ミオせんせー、チョコのとろんってした感じはどう描けばいいの?」


 時たま質問があったので、なるべくわかりやすい言葉で答える。


「とろんってしたところは薄い茶色で描いて、他の場所は濃く描くといいの。ちょっとやってみるね……はい、こんな感じでどう?」

「すごーい!」

 

 私に質問した男児はチョコが大好きとのこと。

 最近は少し温めてから食べるのにハマっているそうで、溶かしたチョコの描き方を質問された。

 また別の園児――今度は額に髪飾りをつけた女児が私に質問する。


「ミオせんせー、レモンゼリーの透明な感じはどう描くのー?」

「真ん中に塗らないところを作ると透明に見えるよ。レモンだから端っこは黄色でちょっとだけ塗ってみようね。……はい、どうかしら?」

「うわぁ、本当に透明だー! おいしそー!」


 彼女の好物は、お母さんが作ってくれるレモンゼリーと教えてくれた。

 ゼリーの透明感の再現は結構難しいけど、うまくできて私も嬉しい。

 その後も何度か質問されるもうまく答えることができた。

 食べ物の絵を描くときには、色の塗り方の他、特に形の描き方についての質問が多いと思ったので、事前に準備しておいたのだ。

 園児たちにも、お絵描きが楽しい時間になってほしいから……。

 しばし見て回ったところで、トッド君が私のところに来た。


「ミオせんせー、見て。お母さんのビーフシチューの絵描いた」


 トッド君の紙には、画面いっぱいにおいしそうなビーフシチューが描かれている。

 人参の赤やブロッコリーの緑、黄土色のジャガイモや玉ねぎなど具沢山で、彼の母親――エミリーさんの愛が伝わる素敵な絵だ。

 

「上手に描けたね。お野菜とかお肉ももちろんだけど、湯気のほかほかした感じがとても上手よ」

「うん、そこが一番がんばったの。あったかい感じ出てる?」

「すごく出ているわよ。お家に帰ったらお母さんに見せてあげて。きっと喜ぶわ」

「絶対見せる!」

「ねーねー、トッド君はミオせんせーと仲いいけどお友達なの?」


 園児の一人に聞かれると、トッド君は腰に手を当て自慢げに話す。


「僕はずっと前からミオせんせーのことを知っていたんだよ。何度もお喋りしたんだから。いつもミオ姉ちゃんって呼んでるくらいね」

「「いいなー、いいなー! ミオせんせーともっと仲良くなりたいー!」」


 ……うっ。

 あっという間に30分が過ぎ、お絵かき教室はおしまいの時間となった。

 どうにか尊死に耐え抜いた私は、前に出てみんなに呼びかける。


「みんなお疲れさま。最後に、お友達がどんな絵を描いたかみんなで見てみましょう」

「「はーい」」


 私も園児たちと一緒に、彼らの絵を見て回る。

 ケチャップがたっぷりかかったオムライスが空を飛んでいたり、10段くらいあるアイスを女の子が登っていたり、シャボン玉らしき球の中に林檎が入っていたり……、子どもの発想力というものを感じさせてもらった。

 最後は園長のステイシーさんのまとめで終わりだ。


「さあ、みんな、お絵描き教室はこれでおしまいです。教えてくれたミオ先生にお礼を言いましょう」

「「ありがとーございましたー!」」


 帰りの会みたいに一斉にお礼を言う園児たちに、手を振って応える。

 ほんわかした感じで終わると思いきや……。


「みんなが描いているの見たら園長先生も描きたくなっちゃったわ。ねえ、園長先生にもクレヨン貸して。とびきりのおいしいステーキを描いてあげるから」

「「それは止めて、園長先生」」


 ステイシーさんが笑いながらクレヨンを持った瞬間、すかさず園児たちからストップが入った。

 どんな絵なのか益々気になってしまうね。

 そのままお別れの時間となり、私はステイシーさんと挨拶を交わす。


「ミオちゃん、今日は本当にありがとうね。あなたのおかげでみんなとても楽しかったわ。絵の教え方もすごく上手だし、ミオちゃんに頼んでよかったわぁ」

「こちらこそ、最初から最後まですごく楽しい時間を過ごさせてもらいました。とても素敵なご提案をありがとうございました」


 彼女の話があったからお絵描き教室が始まったかと思うと、人生って不思議だね。

 笑顔のステイシーさんを見送ると、腕の中のフォキシーが息も絶え絶えに話した。


『……はぁ……はぁ……子どもって体力ありすぎコン……』

「フォキシーもお疲れ様」


 疲れ切った様子の彼をもふもふと撫でる。

 可愛くてもふもふのフォキシーは子どもたちに大人気で、お絵かき教室が終わった後は体力がなくなるまで外遊びに付き合わされたのだ。

 ノーラとセシルちゃんが受付に合流した。

 お絵描き教室は大好評だった旨を話すと、二人とも我がことのように喜んでくれた。


「ミオちゃんは子どものお世話も上手なんて羨ましい……。もし、わたしがミオちゃんだったら、こんなうまくはいかなかったよ。最悪、お絵描き教室は中止になっていたかも。ミオちゃんは本当にいろんなことの経験値があるね」

「様子を見るたび……子どもたちが笑っていてすごかったです……。ずっと楽しかったってことなんですから……。ミオさんは落ち着いてますし……頼りがいがあります」

「いやいや、それほどでも……」

「「まるで人生二回目みたい!」」


 二人は叫ぶ。

 彼女たちは知らないはずなのに私の転生について、とてもピンポイントで指摘されるのはなぜ……?

 何はともあれ、初めてのお絵描き教室は大成功で終わった。

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