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第17話:美術館長、クビになったカフェ店員に雇入れを提案する

 翌日、フォキシーとノーラと開館準備を進めていたら、外が騒がしいことに気づいた。

 窓を開けてそっと様子を窺うと……。 


「『行列ができてる(コン)~!』」


 なんと、美術館の前に長い行列ができていた。

 何人もの来館者が並び、入り口が開くのを今か今かと待っている。

 彼らは私に気づくと、手を振りながら笑顔で叫んだ。


「おはよう、館長さん! 待ちきれなくて来ちまったよ!」

「あなたのチラシを眺めていたら、楽しみで夢にも見てしまいました!」

「建物もすごくおしゃれですね。これは期待が高まります」


 みんな、とても楽しみにしてくれている。

 チラシの効果は絶大だったらしい。

 開館時間より少し早いけど、もう開けることにした。


「『“美術館イチノセ”開館でーす!』」


 扉を開けるや否や、たくさんの人が流れ込む。

 目に映るどこにも来館者がいる。

 未だかつてない盛況ぶり。

 私は絵の解説に忙しく、ノーラとフォキシーはお客さんの対応で、みんなとにかくたくさん働いた。


 夕方、閉館まで数時間となり人が少しずつ減ってきた頃。

 あのカフェ店員、セシルさんが来てくれた。


「き、昨日ぶりです……チケットを一枚ください……。今日から休みになったので……来ました。すごく素敵な……美術館ですね……」

「ありがとうございます。」


 セシルさんは特別展と常設展の両方のチケットを買い、展示室に向かう。

 昨日はとても大変な目に遭ったろうから、ゆっくり休んでほしい。

 あっという間に閉館時間が来てお客さんたちを見送る。

 ほとんどが帰ったけど、《ディルーカ》の展示室にまだセシルさんが残っているはず。

 アナウンスしようと立ち上がったとき、ちょうど彼女が来た。

 受付の前で挨拶してくれる。


「館長さん、すごく……すごく綺麗な絵がいっぱいで幸せでした……。私は芸術の知識はないですが……とても幸せな気分になれました……」

「楽しんでもらえて嬉しいです。お忙しいところ来てくれてありがとうございました」


 ほくほくと嬉しそうな顔に、私まで嬉しくなる。

 微笑ましい気持ちでいたらセシルさんの雰囲気が変わった。


「あの……皆さんにお伝えしておきたいことがありまして……」

「はい、何でしょうか?」


 雰囲気や表情から、彼女の真剣な心情が伝わる。

 伝えたいことってなんだろうね。

 私が尋ねるも、セシルさんはもじもじと身体を動かすばかり。

 十秒ほど沈黙が続いた後、彼女は衝撃的な言葉を放った。

 

「実は……私、勤め先のカフェをクビになったんです」

「『えっ!?』」


 セシルさんの呟きを聞いて、私たち三人から驚きの声が出た。

 クビってそんな……。

 呆然とする私たちに、彼女はぽつぽつと話してくれた。


「あのカフェは……数ヶ月前からオーナーが変わりまして……。来週に隣町のカフェと……合併することが決まりました」

「そうだったんですか……。でも、どうしてセシルさんがクビに……?」


 人員整理にでもあってしまったのかと心配する私に、彼女はこれまた信じがたい理由を告げた。


「新しい店舗で……また面倒なお客さんに絡まれると……店の迷惑になるから、だそうです……」


 セシルさんの呟きが、すっかり静寂に包まれた美術館に消えていく。

 要するに、カスハラの対応が面倒ということか。


「それは……すごくやりきれない気持ちです。本来なら、オーナーは従業員を守らなきゃいけないのに……。私が何か言ってやりましょうか?」


 気がついたら、素直な気持ちを告げていた。

 部外者の私が口を出す話ではないだろうけど、セシルさんを放っておくこともできなかった。


『ミオが味方になってくれたらすごく心強いコンよ』

「そ、そのときはわたしも行きます。人数は少しでも多い方がいいから……っ」


 二人もそう話してくれるけど、セシルさんは首を横に振るだけだった。


「いえ……それには及びません。新しいオーナーとは性格も合わなかったので……遅かれ早かれ私はクビになってました……。館長さんにそう言ってもらえるだけで……嬉しいです……。私はもうミルフォードを出て……違う街で働こうと思います。この街に……私の居場所はなくなってしまいました」


 セシルさんは小さく微笑むも、その笑顔には疲労が浮かんでいた。

 心がキュッとなって悲しい思いになる笑顔だ。


「街を出る前に……もう一度お礼を言いたくて……。助けていだたいて……本当にありがとうございました。……あなたのことは忘れません。最後に……とても良い思い出ができました」


 丁寧にお辞儀をすると、セシルさんは出口に向かう。

 背中はしょんぼりと小さくなっており、煙のように消えてしまいそうだった。

 まだ出会って一日しか経っていないけど、

 もう二度と会えなくなるのだろうか。

 そんなのは……嫌だな。

 去りゆく彼女の背に、私は呼びかけた。


「ちょっと待ってください」

「……はい?」


 セシルさんはゆっくりと振り向く。

 彼女の居場所がないのなら、作ればいい。


「もしよかったら、この美術館で働きませんか? ちょうど、カフェを開きたいなと思っていたんです」

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