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第16話:美術館長、クレーマーの”おぢアタック”からカフェ店員を助ける

 え、なに、このおじさん……。

 私の他、フォキシーとノーラも同じような気持ちでいるらしい。

 おじさんは我が物顔で割り込んできたけど、店員さんの知り合いなのだろうか。

 見たところ50代前半で、妙に馴れ馴れしい感じがうざいのだけど……。


「なぁ、セシル、そろそろハッキリしろよ。思わせぶりな態度もいいが、いつまでもそれじゃあダメだぜ。俺は優良物件だからさ、早く決断しないと売り切れちゃうかもなぁ」

「や、やめてください……」

「逃げるなって、セシル。俺はお前に会いにこの店に通ってんだからさ」


 あろうことか、おじさんは店員さんの肩を抱こうとした。

 店員さんはどうにか逃げるのだけど、尚もしつこく付き纏う。

 この光景を見ただけで、すでに状況がわかってしまった。

 このおじさんは面倒な客――クレーマーだ。

 カスハラとセクハラのキメラみたい。

 他のお客さんや店員さんは見て見ぬフリをしている様子から、何度もあったことなのだろうと想像ついた。

 

「ほら、セシル。仕事はもう休みにして俺とデートに行こう。眺めのいい宿屋を見つけたんだ。部屋も取ってあるぞ」

「い、いえ……私はいきませんので……」


 が明確に拒絶の意志を示しているのにしつこく付き纏う。

 前世にもこんな客がいたなぁ……。 

 とても嫌がっている。

 この世界にカスハラ防止条例はないだろうし、誰も助けないのなら私が助けるのみだ。


「おじさん、止めてください。店員さんは迷惑しています」

「……はぁ? なんだ、お前」


 間に入ると、おじさんは私を強く睨んだ。

 私より背が高くて身体も大きい。

 声量も大きいためか、周りの人は気まずそうに視線を逸らすばかりだ。

 前世でこの手の輩は腐るほど見てきたなぁ、などとどこか懐かしく感じていたら、フォキシーとノーラがそっと呟いた。

 

『ミ、ミオ、危ないコンよ……』

「首を突っ込まない方がいいんじゃないの……」

「大丈夫、慣れているから。二人は衛兵さんを呼んできてくれる? ここは私に任せて」

『「わ、わかった(コン)!」』


 二人は慌てた様子で街に走る。

 おじさんは身体をこちらに向けると、鋭い目つきで話し始めた。


「関係ないヤツは黙ってろよ。しゃしゃり出てきやがって」

「関係あります。ついさっきまで一緒にお喋りしていたので。繰り返しますが、店員さんが嫌がることは止めてください。お店の迷惑にもなります」

「だから、セシルは嫌がってねえんだ! 俺は52才だが、30代に見られることがよくあるんだぞ! セシルも年上の男の包容力を感じて嬉しいはずだ!」


 おじさんはしきりに、『俺はイケてる』とか『そこら辺のおっさんとは違う』と話し、セシルさんの彼氏にふさわしいと主張する。

 これはもう……。

 

「おじさん、それは“おぢアタック”ですよ」

「なんだよ、それ!」

「相手の気持ちを考えない迷惑なおじさんが『自分はいける』と思い込んで、かなり年下の女性に執拗なアプローチをすることです」

「俺はイケオジだ!」


 おじさんは叫ぶ。

 服はヨレヨレでお腹は出ているし、清潔感もこの年齢なら備えているはずの人生経験に基づく『渋み』も皆無。

 お世辞にもイケオジとは言えず、ただのダサオジだった。


「セシルだって俺と付き合いたそうにしているぞ! 顔に書いてある! セシルは俺と付き合いたいんだよ!」

「あなたの主観の話ではなくセシルさんが判断することです。実際に、あなたと付き合いたいと言われたのですか?」

「言われたよ! ……そうだよな、セシル!」

「一言も言っていません……あなたと付き合いたくないです……」


 セシルさんは私の後ろに隠れながらも、ハッキリと断る。

 ちゃんと言えて偉いね。

 一方のおじさんは、声を荒げて私たちを威嚇する。


「そんなことを言っていいのか!? 俺が今までいくらこの店に金を落としたか知ってんだろ! もし断るなら、あることないこと言って店の評判を下げるぞ!」

「それは脅迫になってしまいます。立派な犯罪です」

「こんなイケオジ」

「失礼ですが、鏡を見たことはありますか?」

「この小娘……黙って聞いてりゃいい気になりやがって! ……ぐああああっ!」


 おじさんはいきなり殴りかかってきたけど、私の顔に手が当たった瞬間崩れ落ちた。

 勝手に【無敵の身体】に返り討ちになったらしい。

 街の方が騒がしくなった。

 ノーラとフォキシーが衛兵さんを呼んできてくれたのだ。

 事情を話すと、おじさんは連行された。

 去り際も、彼は暴れながら暴言を吐く。


「ちくしょー、お前さえ来なけりゃうまくいってたのによ! 俺の人生を邪魔しやがって! セシルは俺のもんだ!」

「「こら、静かにしろ! 罪が増えるぞ!」」


 おじさんの姿が完全に見えなくなると、カフェに拍手が響いた。


「すごいぞ、嬢ちゃん! 毅然とした態度が立派だった!」

「見ていることまでスカッとしたわ! あなたって最高よ!」

「恥ずかしながら、僕は何も言えませんでした。店員なら仲間を助けないといけないのに」


 他のお客さんや店員さんが讃えてくれる。

 みな、気まずそうにしながらも、セシルさんを心配していたのだ。

 今日街を歩いた印象で、ミルフォードの住民は善良な人たちばかりだとわかった。

 たまにいる声の大きい迷惑な人の扱いには慣れていないのだろう。

 カスハラ対策とか難しいものね。

 拍手が響く中、フォキシーとノーラも私を褒めてくれた。


『ミオは勇気があってすごいコンね。きっと、あのおじさんは元冒険者コンよ』

「私だったら怖くて何も言えなかったかも……。やっぱり、ミオちゃんからは人生経験の豊富さを感じるなぁ。もう50年くらい生きている感じがするよ」


 しみじみと話すノーラの推測に緊張感を覚えていると、セシルさんがおずおずと私の手を握った。

 

「あ、あの……本当にありがとうございました……。私がもっとちゃんとしないといけないのに……」

「いえ、相手は男性だし身体も大きかったので、怖くなる気持ちはわかります。むしろ、セシルさんはしっかり意思表示して素晴らしかったです。……ああ、そうだ。もしよかったら、このチラシをどうぞ。実は、私は美術館を運営してまして、今は《ディルーカ》という巨匠の特別展を開いています」

「すごい……綺麗な絵……」


【美術館の加護】でさりげなく生み出したチラシを渡したら、セシルさんは嬉しそうに受け取ってくれた。

 キラキラとした瞳でチラシを眺める。

 今度来てくれたらいいな。

 そのままお金を支払いセシルさんとも別れを交わして、私たちはカフェを出た。

 あと一つだけ、この街でやることがある。


「じゃあ、ノーラが泊まっていた宿に行こうか。引っ越しの荷物を回収しなきゃ」

『三人で持てば安全に運べるコン』

「ありがとう、ミオちゃん、フォキシー」


 私たち三人はグレイス家が泊まる宿に向かう。


 □□□


 宿に着いた私たちは荷物を持ち、引っ越しの準備を整えた。

 ノーラとご両親はお別れの挨拶を交わす。


「じゃあ、ノーラ、元気でな。ミオさんと仲良く暮らしなさい」

「ママもパパもあなたの幸せをいつも祈っているからね」


 なんとなく、結婚する花嫁を送る言葉に聞こえるのはなぜだろうか。

 グレイス家は長期休暇だったためか、ノーラの荷物はそこそこある。

 大きなトランクケースが2つに、肩掛け鞄が1つだ。

 後者はノーラが持ち、前者は私が持った。

 

「ねえ、ミオちゃん。そんなに持ってもらっちゃ悪いよ」

「いや、これくらい全然大丈夫。こう見えて力があるからね」

『ミオは力持ちコン』


 私は【無敵の身体】なので、重い物も難なく持てる。

 今日はこの力が大活躍だ。

 準備が完了したところで、私とフォキシー、ノーラは美術館の方角に、ご両親は街の馬車乗り場に向かう。

 グレイス家とは暫しのお別れだ。

 いつの間にか、哀愁漂う夕方になっていた。

 少しずつ空は暗く、空気も冷たくなる。

 街の喧騒もどこか静けさを増し、夜の訪れを感じる。

 てくてくと歩きながら、ノーラがぽつりと呟いた。


「今日から憧れの一人暮らしが始まるんだね~。朝ちゃんと起きられるように頑張らなきゃ。もうパパとママはいないんだから」


 努めて明るく話す彼女の瞳には、一滴の涙が夕焼けに光る。

 ずっと一緒に暮らしていた両親と離れるのは寂しいよね。

 私とフォキシーは気付かないフリをして、美術館への道を進むのだった。

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