第13話:銀髪イケメン女魔導師、美術館長を守るためにも盗賊団の壊滅を誓う(Side:ジャクリーヌ①)
部下とともに馬車に乗ること、およそ四日。
ミルフォードを出た私は帝都グラディオンに到着した。
このまま宮殿に向かう。
家々の壁は清潔な白で統一され、屋根はシックな赤色で装飾される。
どこか"美術館イチノセ"を感じる街並みだった。
これからは帝都に戻るたびミオやフォキシーの記憶が蘇ると思うと、どこか楽しい気持ち
になる。
帝都の道にはゴミ一つ落ちていなく、行き交う人々も身なりが整っている。
平和で穏やかな雰囲気に包まれているが、私には清廉潔白すぎるというか肩が凝る印象がややあった。
どちらかというと、ミルフォードのような適度に田舎で貴族があまりいない空間が好きだ。 おそらく、自分はあまり貴族向けの人間ではないのだろうな、と改めて実感する。
10分ほども馬車に乗ると、いよいよ街の中心に聳える巨大な建築物――宮殿に着いた。
帰還の報をすでに入れていたためか、入り口前には私を出迎えるように数十人もの魔導師が並ぶ。
宮廷魔導師は各々に親衛隊がつく。
私の部下にはもったいない優秀な面々だ。
みな、私が馬車から降りるや否や、一斉に号令を上げる。
「「ジャクリーヌ様、お帰りなさいませ!」」
中でも、隊長のパトリックは誰よりも私を信頼してくれているようで、この整列も彼が進言したのだろうと想像ついた。
パトリックは敬礼しながら微笑みを浮かべる。
「お早いお着きですね」
「出迎えはいらんといつも言っているだろう」
「いえ、そういうわけにはまいりません。我らがマスターであるジャクリーヌ様のご帰還は部隊全体で出迎える必要があります」
パトリックや親衛隊の面々は忠誠心が非常に高く、少しの苦境や苦難など物ともしない人材が揃っていた。
「自分たちがここまで成長できたのも、全てはジャクリーヌ様のご指導のおかげでございますので。日々、感謝の気持ちを抱いております。今回の魔物討伐も、教えに基づき無傷で達成てきました」
「そうか、ありがとう」
私が宮廷魔導師になったのは、魔法学園を首席で卒業した6年前の18歳。
この任を受けてから、たしかに部下たちの指導をした。
だが、元々実力のある者ばかりだったから、それほど大きな影響を与えられたとは思っていない。
彼らと別れ、私は階段を上る。
宮廷魔導師には、一人に一つ執務室があてがわれる。
私の部屋は宮殿の三階だ。
慌ただしい毎日の中、執務室に来るとほんの少しだけ気持ちが落ち着く。
まぁ、最も心が安寧するのは芸術品の数々を見ることだが……。
画家や彫刻家が鎬を削って作り上げた結果、人類の歴史に残るような作品が生み出される。 各地の美術館の他、貴族のツテで個人所蔵の物を見させてもらうことが多かった。
ルカヴァリエ家も多数所持しているが、やはり見識を深めたかったのだ。
中でも、ミルフォードの湖畔に立つ"美術館イチノセ"……あそこは今まで訪れたどの美術館より素晴らしかった。
……などと思いを馳せながら執務室に入った私は、真っ先に机に向かう。
私の机で女が寝ていたからだ。
突っ伏したまま動こうともしない女を、私は激しく揺する。
「おい、起きろ。私の部屋を仮眠室にするなと何度も言ったはずだが?」
「……んぐぅ」
女は深い眠りに入っているようで、いくら揺すっても目を覚まさない。
もはや羨ましいレベルの話だ。
こうなったら実力行使に出ようと魔力を巡らせたとき、ちょうどいいタイミングで女が目を覚ました。
「ふわぁ~ぁ、ねむ~。……おや、ジャクリーヌ君、どうしてこんなところにいるんだい?」
「ここは私の部屋だからだ。どきたまえ」
「そうだっけ? ……ああ、そうだ、思い出した。君は執務室を半分割譲してくれるんだよね。当方は、その手続きに……」
「今すぐどきたまえ」
戯言など最後まで聞かず、私は女を引き剥がす。
机の上は彼女の涎でコーティングされており、それもまた不愉快さに拍車をかけた。
洗浄魔法で念入りに洗っていると、女が不服そうな表情で不満を口にした。
「そんなに綺麗にしなくてもいいじゃないか。当方自身が汚いような気分になってしまうよ」
「だったら、もう二度とこんなことはしないでもらいたいな。今の私はとても不愉快な気持ちでいる」
「だって、しょうがないだろう。ジャクリーヌ君の机が一番寝やすいのだから」
「それならば、この机は君にあげよう。好きなだけ持っていってくれ。そして、もう二度と私の部屋には来るな」
「そういう話じゃないんだ~」
彼女はウェンディ。
紫色のショートカットと同じ紫色の目は大きく、猫のような印象だ。
実際に、猫のように奔放な性格だった。
帝国で最も権威のある芸術大学――グランハルト芸術大学において、史上最年少で教授になった女だ。
専門は美術史。
研究実績は素晴らしい一方で、研究と魔法以外何もできない。
あまりの常識のなさから、最近では大学でも疎まれていると聞く。
「そもそも、貴様はどうやって私の執務室に入ってくるんだ。歴とした不法侵入だぞ。そろそろ宮殿に報告させてもらう」
「いやはや、これは手厳しいね。ただ、君の机で昼寝していただけなのに……。当方が君の部屋に入れる理由は……一言でいうと"愛"だね」
「そうか、よくわかった。だから、今すぐ出て行きたまえ」
ウェンディの言うことは無視して、私は扉を指す。
もちろん、部屋の鍵は厳重にかけてある。
なんなら魔法でもロックしているのだが、なぜかウェンディは毎回のようにこの部屋に侵入しては深い仮眠を取るのだ。
「お願いだから邪険にしないでくれよ~。当方とジャクリーヌ君の仲じゃないか~。君がいなくなったら、友達のいない当方は孤独死してしまう~」
ウェンディは私にしがみつく。
彼女はこう見えて、侯爵家の出身だ。
ルカヴァリエ家とも親交があったのと、私と同い年ということで、幼少期から友人として過ごした。
結果、大人になったら腐れ縁に昇華したのだ。
気を取り直した私は椅子に座り、数々の報告書を広げる。
"吟遊回廊"の対応をする間も、新たな仕事は舞い込むばかりだ。
報告書を読み始めたとき、ふとミオのことが思い出された。
「……そうだ。今回の遠征で非常に興味深い出会いがあった。《ディルーカ・フェルナンデス》が描いた『湖畔の微笑み』……長らく行方不明となっていたが、なんとそれを展示している美術館を見つけたんだ」
「えっ……それは本当かい!? あの『湖畔の微笑み』を!? ……これはたまげたね。もう焼失したかどこぞの輩が仕舞い込んでいたものだと思っていたよ。ジャクリーヌ君、頼む。もっと詳しく教えてくれ。教えてくれなきゃ、当方はどうにかなってしまいそうだ」
思った通り、ウェンディは強く驚き興味を惹かれた。
あの美術館について教えたら、彼女はまず間違いなく訪問するだろう。
訪問だけで済めばいいが、ウェンディは話し出すと口が止まらなくなる。
自分のお気に入りの場所でうるさくされるのは正直嫌だが、教えないという選択肢はなかった。
「展示していたのは、ミルフォードに新しく設立された"美術館イチノセ"という湖畔近くの美術館だ。ちょうど《ディルーカ》の特別展を開いており、運良く見学できたというわけだ」
「ミルフォードか……! それはまた良い場所にあるねぇ。そんな美術館ができたなんて当方も初めて知ったよ。『湖畔の微笑み』……この生涯では見ることさえ叶わないと覚悟していた……。ああ、見たい! 思う存分、目に焼きつくほど見たい!」
「館長が若いのだが利発で才気にあふれる女性でな。《ディルーカ》以外の芸術に関する知識が深くて驚いた。特殊な教育を受けた人物かもしれない」
「へぇー、芸術通のジャクリーヌ君にそこまで言わせるとはやるじゃないか。その館長にも興味を惹かれるね」
ウェンディはニヤリと笑い、猫のような大きい瞳が弧を描く。
優秀な人材ならば引き抜こうとでも思っているのだろう。
「では、私はこれから仕事を始める。これ以上、邪魔をするようなら本当に許さんからな。言っておくが、私は本気だぞ。消し炭にされたくなかったら立ち去るんだ」
「まぁ、そんなに冷たいことを言わないでくれたまえよ。貴重な芸術品を盗んでは売り捌く"吟遊回廊"……。芸術に携わる者として、これほど不快な組織はない。当方も壊滅の手助けをしたいんだ」
「その気持ちは……私もよくわかっているつもりだ」
ウェンディもまた芸術を愛している。
私と同じか、私よりも強く……。
"吟遊回廊"が活動を初めて、すぐに一緒に行動するようになった。
彼女はニヤリとした微笑みを浮かべると、私が今開けたばかりの手紙を指差す。
「盗難品の全てのリストが完成したんだろう? 安心してほしい、他人の書類を盗み見るほど落ちぶれちゃいないさ」
「やはり、ウェンディは察しがいいな。その通りだよ。貴族連中は盗難被害などを隠したがる者が多いから、情報収集に手間取ってしまった。多少、脅してしまったのはやむを得ない」
「ジャクリーヌ君の睨みは怖かっただろうね。S級魔物でさえ震え上がるのだから」
貴族は高位の者ほどプライドが高く、盗難品の申告をしない者が多かった。
多少、ルカヴァリエ家の権力や宮廷魔導師としての力を見せればすぐに教えてくれたが。
こういうとき、きつい顔立ちは便利だ。
リストを机に広げ、ウェンディにも見せる。
「私はずっと、金儲け以外に何か裏の目的が隠されているような気がしていたんだ。例えば……何かを探しているとか」
「……なるほどね。可能性は高そうだ」
「盗難品の中に共通点がないか、一緒に探してほしい」
「ジャクリーヌ君の勘は当たるからね。君の直感を尊重したい。それに、盗品を手掛かりに推理を巡らすのは、実に合理的で正しい判断だよ」
描かれた主題や題材の他、年代や作風、モチーフ、場所、作者の性別、出身地に至るまで、あらゆる観点から共通点を探し出す。
しばし調査は難航したが、とある作品の名が妙に頭に引っかかった。
「……ウェンディ、たしか《アドリエーヌ》が描いた『冥府の黙示録』は連作だったな?」
「ああ、そうさ。全部で三部作の大作だよ。歴史的にも史上に貴重な絵画だね。なんといっても、あの狂気の才媛と評される《アドリエーヌ》が描いたのだから」
芸術の世界には様々な巨匠がいるが、誰か一人を選ぶとするならば《ディルーカ》だろう。 類い希な観察眼に基づいた精緻な芸術。
それまでに存在した数多の技法を一段階上に引き揚げ、新たな時代を切り開いた。
そのような《ディルーカ》と双璧を成すのが、"狂気の才媛"と評される《アドリエーヌ》だ。
彼女もまた天才の部類に入る画家で、寡作の《デュルーカ》に大して非常に多作だ。
そのどれも最高傑作にふさわしい質ばかりなため、彼女は間違いなく時代を象徴する画家だった。
だが、《アドリエーヌ》は実力に反してそれほど美術史の表舞台には立たない。
その理由は彼女の作風にあった。
モチーフはいずれも悪魔や堕天使など、忌み嫌われるものばかり。
さらに、火事の描写をリアルに描くため実際に自分のアトリエを全焼させたり、殺人の迫力を描くため酔っ払い同士を焚きつけて殺し合いさせたり……幾多の強烈なエピソードが伝わる。
中でも、最も人々を惹きつけ恐れさせる『伝説』があった。
「『冥府の黙示録』を全て集めた者には、悪魔の力が宿るとされている……」
私が呟くと、ウェンディは静かに頷いた。
件の絵が持つ得意な背景は、そのまことしやかな噂の存在だ。
本当に悪魔の力が得られるのかは実際のところ不明だが、否定されてもいない。
たった今、三枚のうち二枚は所在が明らかになった。
いずれも"吟遊回廊"が持つ倉庫の中というのは皮肉だ。
「ただの絵にそのような力が宿るとは一般的には考えにくいだろうが、私はあながち間違いではないと考えている。素晴らしい絵は魂を動かすことを、私は体感したからだ」
「ジャクリーヌ君の意見を支持するよ。絵画や彫刻は、魔法じゃ説明がつかないような不思議な力を持つことがあるんだ」
"美術館イチノセ"で出会った《ディルーカ》の『湖畔の微笑み』や、その他の素晴らしい展示品の数々。
いずれも、たしかに私の魂を動かした。
よい影響であれば歓迎すべきだが、もし悪い影響を与える絵画があるのなら……。
少なくとも、悪の組織に渡すべきではない。
「至急、帝国内の美術館及び貴族や商人に、『冥府の黙示録』を所蔵していないか尋ねよう。素直に話してくれればいいのだが」
「もしごねても、ジャクリーヌ君が一睨みすれば一発さ」
「"美術館イチノセ"のミオにも伝えなければ」
そこまで話したところで、執務室の扉が強くノックされた。
入れ、と促すと、パトリックが慌てた様子で駆け込んだ。
「失礼します、ジャクリーヌ様。……よかった、ウェンディ様もいらっしゃいましたか。"吟遊回廊"の新たな被害が報告されました。オルデンシア侯爵家の宝物庫です」
その名を聞いて、感じたのは驚きより(やはり、そうか)というどこか諦めに近い感情だった。
私の代わりに、ウェンディがやや呆れた口調で話す。
「せっかく、ジャクリーヌ君が警備について助言したのに、素直に聞かないから盗まれるんだよ。貴族というものはプライドが高くていけないね」
今回被害に遭ったオルデンシア侯爵家は、帝国内でも高位の貴族として知られている。
他の高位貴族と同じように芸術品を多数所持しており、"吟遊回廊"のターゲットに十分なり得ると考えられた。
注意喚起のため視察に訪れた際、警備体勢に穴があったので指摘したが、彼は聞かなかったらしい。
オルデンシア侯爵は中年の気難しい人物でもあるか、私のような若い女の話など耳に入らなかったのだろう。
結果、襲撃に遭い貴重な芸術品を奪われてしまったというわけか……。
口惜しいが、今は情報収集が先だ。
私はパトリックに訪ねる。
「盗難品のリストはあるか?」
「ええ、こちらにございます。被害に遭った途端、ジャクリーヌ様に助けるよう伝えろと、縋りついてきましたよ」
「ありがとう。……ふむ、今回も現地調査が必要になるな。遠征の準備をするよう部隊に連絡してくれ。私たちもすぐに向かう」
「承知しました」
パトリックが退室すると、ウェンディがただでさえ大きな目をさらに大きく見開いた。
相変わらず、全てを見通したような目だ。
「今回の盗難品に『冥府の黙示録』はなかったんだね?」
「ああ、その通りだ。オルデンシア侯爵には悪いが、不幸中の幸いといったところか。やれやれ、これから忙しくなりそうだな」
「ジャクリーヌ君がいればどんな問題も解決さ」
ウェンディとともに、私は執務室を後にする。
美術品を危険に晒す悪人ども――"吟遊回廊"
私は貴様らを絶対に捕まえる。
そして、"美術館イチノセ"とミオを必ずや守り通す。
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