12.エリーゼの災難
ボスワース侯爵令嬢の釣り上がった眉が一瞬にして柔和なものになり、えっ?何が起こったの?と思っていたらくるっと振り返り
「まあっ!テレイオーシス様!」
えええええ!ひゃくめんそう!怖い!怖いよう!
喋り方も、少し媚の入った可愛らしいものに変わっている。
そして、すすすーっとその男性に近寄っていくなり腕に絡みついた!
テレイオーシス様と呼ばれたーー多分2つ上。お兄さまと同じ学園章を付けているからーー方もおっそろしいことに、一瞬ものすごく嫌な顔をした後何事もなかったように
「ああ、確かボスワース侯爵家のご令嬢だったかな?あまり我が家で話題に上がらないからうろ覚えでごめんね。」
とにっこり笑って言った。
うっわ、めっちゃ嫌味じゃない?なのにボスワース侯爵令嬢は超ポジティブ!
「まあ!名前を覚えて下さっていたのですね。とても光栄です。宜しければこの後お話しでも」
「申し訳ないが、少しばかり母上から言いつかった用事があってね、そんなことに時間を取るわけにはいかないんだ。」
えっ、今"そんなこと"って言ったよね?にっこり笑って言えば失礼にならないの?ねえ?
するりと絡まれた腕を振り解き、私に向かってこう言った。
「やあ、エリーゼ子爵令嬢!やっと会えたね!母上から話はよく聞いていたから会えるのを楽しみにしていたんだ。」
ボスワース侯爵令嬢に向けた営業スマイルではなく、輝く笑顔で私に話しかけた。
ねえ、だれ?会ったことないよね?
絶対今言っちゃいけないセリフが喉まで出てきそうになるがグッと堪えた。
「初めまして、テレイオーシスさま?申し訳ありません、お母上とおっしゃるのはクリスティーネさまのことでいらっしゃいますでしょうか?」
当てずっぽうだけど、キラキラした知り合いなんてクリスティーネさま絡みしか思いつかないし。
「まああ!田舎者にも程があるわ!なんて失礼なのかしら!テレイオーシス様のこともちゃんとご存知ないのね、よくそれで貴族を名乗れるものだわ。」
大袈裟にそう言い放ったボスワース侯爵令嬢はそう言ってまたテレイオーシスさまに絡みつこうとした。
それをするりと避けながら
「そう!僕の母はクリスティーネ・カルボシスだよ。母の絵本作りを手伝ってくれてありがとう。こんな国を挙げての取り組みにできたのも君のおかげだって聞いているよ。」
「いえいえいえ、そんな!買い被りすぎです!私は小さな頃にいただいたクリスティーネさまの絵本が楽し過ぎて、次も次も!とおねだりしただけの子供ですから。」
「…クリスティーネ様の絵本事業に関わっている?」
「はい、そうなんです。以前領内でトラブルがあった時にご縁ができまして。字のない、絵だけの本なんて珍しいでしょう?夢中になってしまったんです。」
「そうだよ、絵本コンクールの発案者は彼女なんだ。彼女の提案がなければこんなに絵本の種類も増えなかったろうし、孤児達の識字率が上がることもなかっただろうね。んー結構有名な話なんだけど、ボスワース侯爵令嬢は知らなかったんだ?全国的な取り組みだったんだけど、ボスワース領には遠くて届かなかったかな?」
うわあ、えげつな!実はさっきの私への田舎者発言から聞いてたな。そのままそっくり言い返されている。
顔を真っ赤にしたボスワース侯爵令嬢が唇を震わせている。こ、怖い。んーでもさあ、ここまでやり返さなくても、と思うのは甘いのかな。だって、悪い人じゃないはずだよ、ボスワース侯爵令嬢。だって。
「いいえ!ボスワース侯爵さまは特に熱心に取り組んでくださいましたよ!しかもトレランシア・ボスワースさまはお名前で絵本を作ってくださいましたよね?」
そう。今の彼女はなかなかの意地悪風味だけど、絵本の絵はとても優しいものだったはず。その画風が受けて人気の絵本になったのよ。
「トレランシア?…ああ。それ言っちゃったか。」
あちゃーって顔をテレイオーシスさまだけではなく腰巾着のみなさんまでしている。ん?なんかやらかした?
顔を真っ赤にして、プルプル震え出したボスワース侯爵令嬢だったが、それ以上は突っかかってこずに
「わたくしっ!これで失礼いたしますわっ!」
と言い放って去っていった。腰巾着の方達もその後をゾロゾロとついて行ってくれたので
「まるで嵐のようでしたね。」
と、呟いたのをテレイオーシスさまに聞かれてしまい、ブハッと吹き出させてしまった。
ひーひーとひとしきり笑ったあと
「ごめん、ごめん。あー面白かったぁ。彼女をコテンパンにやっつける人なんてなかなかいないからね。」
と涙を拭きながら言っていた。
「いや、そもそもテレイオーシスさまがあまりにも嫌味な言い方をなさってたので、彼女にも意外な一面があって良いところもあるんですよ!って」
「キュニエ。」
「ん?え?はい?」
「彼女はキュニエ・ボスワース。トレランシアは彼女にとって目の上のたんこぶみたいな人なんだよ。あ、4つ上のお姉さんね。血の繋がった。」
トレランシアさまには昔から何をやっても勝てなかったそうで。異常なライバル心をお持ちなんですって。お姉さまの方はあんまり相手にしていないんだけど、ご両親も姉妹で格差をつけたわけでもないのになんで?っていうくらい険悪なんだとか。
「そっそれをフハッ。間違えるなんてフフフ。」
また思い出し笑いのようだ。でもこっちはそれどころじゃないわ!
「うわあ。厄介な人に喧嘩売っちゃったってことですか?うわわわわ」
「まあ大丈夫でしょ。君とは成績から言っても同じクラスになることはないし、あまりにも目につくようならこっちも考えがあるから。」
ニコッ。
微笑みに邪悪さを纏わせられる人、初めて見た。この人には逆らわない方が良さそうね。
「さ!じゃあここから本題ね。早く君を連れてきてって言われてるんだよ。」
だ、誰にーっ!
そしてこの後、
「微笑みに邪悪さを纏わせるって結構誰にでもできるんですね」
と、遠い目をすることになったのだった。




