38真実2
しばらく馬車で走ると王都の外れにあると思われる宿屋に着いた。
「こちらです」
クレイブさんが宿屋の中を先立って歩いて行く。
奥の部屋の一番角部屋に着いた。
そこには結界が張ってあった。クレイブさんが手を差し出すと淡い光が浮かんで私とアリトは扉をくぐり抜けていた。
部屋はもう暗くクレイブさんが急いでランプに魔力を込めたらしく、すぐに部屋の中が見えるようになった。
りんと?‥あれが?うそ。やつれた顔の男がベッドに横たわっている。
「リントさん。ミルフィさんをお連れしました」
クレイブさんが声をかけるとリントと思われる人がこちらを向いた。
目を開けるがその瞳に輝きはない。角も折れたままだった。
「み、るふ、ぃ。か?もっと‥そば‥来てもらっ‥も?」
彼がゆっくりと手を差し出したのが見えた。
筋肉質だった腕は枯れ枝のように細く弱々しい。
「ミルフィさん。彼はもう目が見えません。すみませんがもう少しそばに近づいてもらえませんか?」
死にそうだって聞いて嘘だと思っていた。それに目も見えなくなってるなんて‥
うつろな瞳に力なく差し出された手。すべてを諦めたようなそんな雰囲気が部屋中に漂っている。
クレイブがアリトを預かると手を差し出したので私は眠っているアリトをクレイブに預ける。
そして意を決してリントに近づいた。
「‥リント。?‥ミルフィです」
喉の奥が張り付いたようでそれ以上言葉が出てこない。
「ああ‥みる、ふぃ‥か。やっと‥やっ‥あえ、た。あい‥かっ‥どん、なに‥きみが‥こいし‥ったか。すご‥辛かっ。それ、でも‥また、いつ‥‥あえ‥と‥。それ、だけを‥‥して‥来た」
声は掠れ言葉は途切れ途切れでそれでもリントの気持ちはひしひしと伝わった。
「わたしだって‥会いたかった。ずっと‥ずっと‥あなたに」
鋼のように覆われていた心にミシミシと亀裂が入り、秘めていた思いがぽろぽろ零れ落ちた。
「‥ミルフィ‥あい‥して、る‥」
どんな言葉より聞きたかった彼の愛の言葉。
折れそうにやつれた手を握りしめると身体の奥に眠る彼の魔力を感じた。何の考えもなく自然にその魔力を揺り起こすように魔力を引き出す。
そのままリントにその魔力を与える気持ちで彼の手を握る。
「ああ‥からだに‥力が‥漲って行く」
リントがそう呟くと彼の顔に紅がさすように血色が良くなって行く。見る見るうちに握った手に血液が流れ込んで行く感じがする。
どうやら目も見えるようになったらしくリントは私をまじまじと見つめていた。
「やはり、番のあなたの力は絶大ですね。見る間にリントさんが力を取り戻して行ってます。ここまで来ればもう大丈夫でしょう。良かった。本当に良かった」
「良かったって?」
「えっ?元鞘に戻るってことでしょう?ミルフィさんもリントさんをずっと好きだった訳で子供までいるんです。一緒にいればこんな事にはならないはずでしょう?」
「俺はミルフィとよりを戻す気はない」
「「はっ?」」
「何言ってるんです?あんなに彼女を恋しがっていたくせに」
「それは出来ないんだ!」
「どうしてです?俺ずっと思ってたんです。どうしてリントさんはミルフィさんの元に戻らないのかって!いいんですか?このままミルフィさんを返して。俺もうマジ知りませんよ!」
クレイブさんまで驚いてリントに怒っている。
「いえ、いいんです。あれから3年。彼にだって自分の生活があるはずです。では私はこれで失礼します。アリト行こうか」
「クレイブ。誰がミルフィを連れて来いと言った?」
「そんな事言うんです?俺、もうミルフィさんと行ちゃいますよ。はぁぁ~嫌だ。こんな人に仕えるなんてもう嫌だ!」
「クレイブお前は知らないからそんな事が言えるんだ!」
「知らないって何をです?だったら話してくださいよ。ミルフィさんだってリントさんの気持ち知りたいはずです。リントさん一人で抱え込んで卑怯ですよ。そのくせ卑屈になってひとりで死にそうになって‥俺にも、いえ、ミルフィさんにも言えない事なんです?」
クレイブさんは更に起こる。
「いや、ミルフィ待ってくれ。俺は今でも君を愛してる。この気持ちは死ぬまで変わることはない。番である君を忘れることなど出来ないんだ。でも、どうしても君とアリトと一緒にいられない事情があるんだ」
リントは私とアリトに触れようとするがあと一歩のところで思いとどまった。
ほら、やっぱり。愛してる?うそよ。あなたは私達の事なんてどうでもいいのよ。
それなのに‥リントが危険だって聞けば私は矢も楯もたまらずやって来て‥ばかね。
心の片隅にあった期待がガラガラ音を立てて崩れて行く。
「あなたの事情を聴くつもりはないわ。どうせ私たちの事なんかどうでもいいくせに!帰ろうアリト」
そう、そうよ。リントは私達の事なんて‥ずっと心の片隅で感じていた気持ち。でも、それを認めるのは恐かった。でも、はっきりわかったから。
私は立ちあがって帰ろうとする。顔をいきなり背けたせいで眦に溜まっていた涙がポロリと零れ落ちた。
泣いている所なんか見せたくないのに‥
後ろからリントが私の手を握る。
「そうかもしれない。ずっと苦しかった。ミルフィ。俺が君を裏切った風に思われてそれで今のように心がすり減ってしまった。でも、同じように君も苦しんでいた。そうなんだろう?だから君は泣いて‥ごめん。また君を悲しませた」
そんなのずるい。そんな事言わないで。お前なんか嫌いだって言われる方がずっといい。なのに‥
「それは違うわ。私が貴方を信じれなかったからで、リントは悪くない。会いに来ても拒否したのは私じゃない。あなたのせいじゃない」
「それでも子供が出来た。会いに行くべきだろう?でも、行けなかった。恐かったんだ俺は‥お願いだミルフィ聞いてくれ」
まだ、戸惑うリントを見てクレイブさんはしびれを切らす。
「リントさん何を隠してるんです?もう、いい加減吐き出しましょうよ。これで何も言わなかったらミルフィさんを番だなんて言えませんよ」
「ああ、わかった。3年前俺は君との約束を果たそうとピュタール国に向かった。そこで竜帝である父に退位するよう頼んだ。そして竜議院で俺の兄のジュードが新たな竜帝になった。俺は竜帝の継承権を完全に放棄してマニール国に戻ろうとしていた。そこに父が話があると言って‥父の話は亡くなった母の事だった。私の母はキンリー公爵の罠にはまって毒を盛られて死んだと思っていたが違っていたんだ。ピュタール国では番の子は魂玉を持って生まれるんだ。だから竜帝には番との間に生まれた子が竜帝となる。だが、ここ最近は番が見つからなくて竜帝の血を引くものが竜帝になっていたんだが、父に番が見つかった」
「ええ、それがリントさんです」クレイブが分かりやすいように教えてくれる。
「ああ、問題はそこからなんだ。竜帝に番が見つかり子を授かると魂玉を持つものが二人になる。それがやっかいで。魂玉が二つ揃うと竜帝かその番かその子供のいずれから命を落とす呪いがあるんだ。母はそれを知って自ら命を絶った。でも、この呪いは竜帝にしか伝えられない秘伝で母はそれを父から聞いて知っていた。だからキンリー公爵のせいにして毒殺に見せかけ死んだ。そうすればキンリー公爵も追い落とせると思ったんだろう」
「そんな‥もしかしてリントが死にそうになったのはその呪いのせいなの?」
「ああ、俺もそうだと思っていた。でも、ミルフィに魔力を呼び戻されて元気になった。そう言えばアリトの具合は?熱が続いていると聞いたが」
「どうして知ってるの?」
「クレイブが君やアリトの事は何でも教えてくれるし、時々は遠くから二人の姿を見てたから‥」
私はクレイブをじろりと見る。
「いや、そんな目で見ないで下さいよ。俺だって精一杯だったんですよ。でも、この数日はリントさんがマジやばくって‥」
リントはリントで長く伸びた銀髪をわしゃわしゃ掻きまわしている。
「ああ、俺も、もう終わりかと思った」
「そう‥でも、もう元気そうよね?それにアリトはやっと熱が下がって来た所できっともう大丈夫じゃないかと思うわ」
「良かった。アリトは無事なんだな」
リントが私の髪にそっと触れて、次にアリトの頭をそっと撫ぜた。
ただ、それだけなのに‥胸がいっぱいになる。
「‥‥‥」
こんなのずるいって‥‥




