33あれから3年1
それから3年の歳月が流れた。
私はあれからすぐにリントから逃げるように聖女として教会に入った。
そうなると庶務課の仕事は続けられなくなる。
あの仕事、結構気に入ってたんだけど仕方がない。
私は政務局に退職願を申し込んだ。
以外にも政務局からは聖女になるのだからと快い返事が返って来て私はすんなりと庶務課をやめる事が出来た。
庶務課にも挨拶に行きたかったけどリントが待ち構えてるかもと思うと教会から出るのが恐かった。
ほんと、意気地なしよね。
でも、この時の私はリントを忘れる事に必死でとにかく顔を合わせたくなかったんだから‥
リントと向き合うのが恐かった。彼に会えばきっと離れたくなくなってしまうから。
彼に愛してると言われればきっとその言葉は私を縛りつける。
傷つくと分かっていても彼にそばにいて欲しいとねだられれば私はそれを拒否出来ないに違いない。
だって愛してるから。
だから彼から逃げた。これ以上傷つくのが恐くて耐えれないと思ったから。
教会に逃げ込んだ私は修道女にして欲しいと願った。なので世俗とはかけ離れた存在となった。
リントが1か月後に会いに来たが私は今や修道女で聖女でもあったので彼との面会を拒否出来た。
リントは何度も会いに来たがすべて断った。
遂には教会に忍び込んで修道女がいる建物にまでやって来て私を呼んだ。
彼の声や彼の気配に耳を塞ぎ、私は礼拝堂に逃げ込んでひたすら祈った。
悲痛な声を聞くのが辛かった。でも、それは今のうちだけだからと。
彼が諦めてくれますように、ここに来なくなりますようにとただ祈った。
そのうち教会が度重なる住居侵入でリントに対する苦情を訴え騎士隊に訴えた。
騎士隊が介入する騒動にまで発展してそれでようやくリントも諦めたみたいだった。
教主様の話だとリントは王都から追放処分を受けたらしい。だからもう、安心していいと言われた。
それから私は聖女として治癒と祈りの日々を過ごした。
数カ月が経ち思わぬ事態が起きた。
妊娠がわかった。最初は思わず神を呪った。
リントの事なんか忘れて生きていこうと決意したばかりだったのに。
でも、ほんとはリントを片時だって忘れられなかった。
彼の精悍でそれでいて笑うと優しくなる顔。私を見つめる緋色の瞳にはいつだって熱が籠っていて胸を奥が火照った。私の事をいつだって優先して私を思ってくれた。
彼の気持ちが嘘だったとは思えないし、きっと番だって言う事も本当なんだろう。
でも、世界は二人だけで回っているわけではないし、これから先、女性関係ではきっと不安に悩まされる日々が続いて行ったと思う。
だからこそ私は逃げた。そう逃げたのに彼の子供を授かった。
だけど、すごくうれしかった。
一人で生きて行く事は辛かったから、この子がいれば生きていけると思えた。
だが、子供を授かった事で私の治癒魔法に異変が起きた。
お腹の子は竜人の血を引く子供。だから子供に魔力を吸い取られているのかも知れない。
私は治癒魔法がほとんど使えなくなった。そうなると聖女としての扱いは粗雑になった。
教会関係者からはあからさまな嫌味を言われ教主様からも見放された。
そんな中赤ん坊は無事生まれた。名前はアリトと名付けた。
そして赤ん坊が生まれしばらくすると役に立たない私は教会を追い出された。
街の人からも偽物だと指さされ冷たい言葉や視線を浴びせられた。
そんな私をマベルだけが優しく受け入れてくれた。
サクルはマクフォール管理官と縁戚関係で顔見知りだったらしく、それでリントの番の偽物になる事に名乗りを上げたらしい。
マクフォール管理官やジェグニカ公爵が、ピュタール国の要人と良からぬ関係を持ちリントに危害を加えようとしていたこともわかってジェグニカ公爵家は伯爵家に降位した。
もちろんサクルも大罪を侵した罪で辺境の修道院に送られたとか。
今となっては関係もない話だけど。
アリトは銀色の髪に緋色の瞳をしたリントに似た赤ん坊だった。
マベルは乳母をしていた事もあってアリトの世話までしてくれて本当に助かった。
それに、私のスパイスが取り出せる魔力は無くなっていなかったので、食堂で前のように料理を作ることができると、いつしか人々は私への悪い印象をなくして行った。
「こんなうまい料理が作れる人が悪い人のはずがない」そうだ。
人間は勝手なものだと思う。
もし、リントだったら私を丸ごと包み込んでくれたのかな?
今となっては遠い思いでだ。
マベルの食堂で働くようになってしばらくしてドルトが偶然食堂にやって来た。
客としてきた彼を追い出すわけにも行かなかった。
だが、ドルトはそれからなぜか頻繁にやってくるようになった。
今頃何の用?なんて最初は警戒したが、私に同情したのかアリトが熱を出したり、私も育児疲れで寝込んだりするとドルトが差し入れを持って来たりして。
訝しい気持ちだったが、かいがいしく世話をしてくれるドルトに悪い気はしなくなって行った。
数か月もするとドルトが食堂に出入りするのはごく当たり前になって行った。




