29楽しいひと時
翌日私はいつもの様に庶務課に仕事に行った。
リントからはしばらく様子を見た方がいいんじゃないかと言われたが、前世のある私としては勝手に仕事を休むなんて出来なかった。
「リント、心配しすぎよ。オロク殿下は私に逃げられたのよ。もう、執着することはないわよ」
「でも、相手は王子だ。どんなわがままだって言えるんだぞ。だから昨日だってあんな目にあったんじゃないか!」
「でも、そのおかげで私達‥」
私は思わずうれしくてニマニマしてしまう。
「ほんとに言い出したら聞かないお姫様なんだから、その代わり俺がミルフィに使える魔力を教えておくから」
そう言ってリントは私に攻撃魔法を一つ教えてくれた。
指先を倒したい相手に指し示して指先に魔力を念じると、雷魔法が相手の動きを封じると言うもの。これって前世の痴漢撃退スタンガンみたい。
連続で使えるので一度で倒せなくても安心出来るとリントが豪語した。
「ミルフィ。昼に一度帰って来て」
「もぉ、リントったら‥わかった。じゃ、行ってきます」
何だか新婚さんみたいで恥ずかしいが、やっと思いが通じあえたんだからこれくらい。
「ああ、俺の愛しい人」
リントはそう言ってかすめるように唇を振れ合わせた。
「おはようございます」
「ミルフィさんおはよう。あれ、今日は休みかと思った」
声をかけて来たのはレドス君だった。
「どうして?」
「管理官がミルフィさんは辞めるかもって昨日言ってたから」
「どうしてそんな事?辞めるわけないじゃない。私仕事をしないと食べていけないんだから」
「でも、オロク殿下の婚約者になるって」
「そんなのデタラメよ。私好きな人がいるし」
「おはよう。聞こえたわよ。ミルフィさんの好きな人って?もう、告白したの?」
チャムナさんが来て聞かれる。
「はい、実は昨日私も好きだって告白して」
恥ずかしくて顔が火照る。
「もう、若いっていいわね。上手くやりなさいよ。さあ、仕事仕事!」
そこにマクフォール管理官が入って来た。
「ミルフィさん、どうしてここにいる?」
彼は私を見て驚いたらしい。
まあ、無理もないけど、オロク殿下に暴挙も知っているに違いない。もし、何か言って来たら‥不安な気持ちと攻撃的な気持ちが入り混じる。
「どうしてって管理官。彼女はここで働いてるじゃないですか。管理官、朝から寝ぼけてるんです?」
レドス君が逆に驚いて言い返した。
「いや、そうじゃない。いいから仕事しろ!」
管理官は口ごもって自分の机に腰を下ろした。
午前中はそのまま仕事をした。これから雨の多い時期を迎えるにあたって水路の補修工事の依頼や診療所の屋根の補修なども依頼が舞い込んでいてやらなければならない事がたくさんあった。
「そろそろお昼にしない?」
チャムナさんが声をかけてくれた。
「そうですね。私、一度帰って来ますので」
「どうした。食堂忙しいのか?」
「いえ、彼が心配するので」
「おいおい、どんだけ愛されてるんだ?はぁ、熱い、めちゃ熱いな」
「もう、レドスさんったら!」
たわいもない会話さえ幸せを感じる。
リントが心配して待っている顔が浮かんで思わず笑みが溢れる。
「ただいま」
「おかえり、もう、心配した。何もなかったか?」
「ええ、大丈夫」
「マクフォールは?あいつ何か言ったんじゃ?」
「ううん、まあ、私が来てるの驚いてたけど」
「あいつ」
「いいからリント、落ち着いて、お腹空いた。早く食事にしよう」
食堂は昼時でマベルは忙しそうだが「ミルフィ手伝いはいいですから、食事して下さい。リントさんも一緒に」と言ってくれたので悪いけどお昼を頂くことにした。この後も仕事に戻るつもりだからあまり時間はない。
「ありがとうマベル」
いつもながら手際のいい彼女は慣れた手つきで客をさばいていく。
私とリントはキッチンに入ると用意されたサンドイッチを食べ始めた。
「そうだ。スープも飲む?」
「ああ、ミルフィがあ〜んしてくれるなら」
「ふふ、もう、甘えん坊なんだから」
私はリントにスープを給餌すればリントも私にサンドイッチを食べさせてくれる。
「愛してるミルフィ」
「私も愛してる」
「今夜こそ君と繋がりたい。いいかい?」
「もぉ!そんなの聞かなくたって」
「じゃ、いいって事だよな?」
「帰り、迎えに行く。レストラン【ビアロリエ】で食事でもしてそれから指輪を見に行こう」
「指輪?」
「ああ、マベルさんからマニール国で婚約を申し込むときには指輪を渡すんだって聞いたんだ」
リントがきちんとしたいって気持ちがうれしい。
「うん、うれしい。じゃあ、夕方に」
うふぅ、ビアロリエってあの高級レストラン。聞いたことはあったがまだ一度も行ったことはなかった。
それにしても、こんな制服で行っていいのかな?
まあ、いちおう上着と靴は革靴で入れないわけじゃないし‥まっ、いいか。




