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第9話 決闘

(うらなり野郎って、アルのことかしら)

 

 魔力との関係が理由とは知られていないものの、アルフレートが病弱なことは貴族たちの間では周知の事実だった。

 

 普段外に出ることが滅多にないアルの肌は白く儚げで、ロイス伯爵家の次男もそのことを耳にしたことがあったのかもしれない。

 恐らく、アルが護衛騎士に決まった時から悪口を準備していたのだろう。


(だけど、今の私を見てもそんなふうに言うなんて)

 

 自慢にもならないが、私の肌は白くない。

 透明感溢れるアルの肌とは比べようもないが、一般的な令嬢と比べてもやっぱり健康的な肌の色だ。

 勿論、子供の頃のように小麦色ではない。が、どう見ても、うらなりとは程遠かった。

 

(悪口すら臨機応変に出てこないなんて、ロイス伯爵に同情するわ。……跡継ぎじゃないだけマシだけど)


「なんとか言ったらどうなんだよ、なあ、うらなり野郎」

 

 ロイス伯爵家の次男は、馬鹿の一つ覚えのように、うらなり野郎を畳み掛けてくる。

 

「名前も存じ上げない方とは、お話ができませんので」

 

 ニコッと笑いかけながら答えると、ロイス伯爵の次男坊はびっくりしたように目を見開いた。そして次の瞬間一気に顔が赤くなる。

 

「な、な、なっ!」

(……モニカもだけど、宮殿では赤面するのが流行ってるのかしら…)

 

 ここに来てからというものの、モニカを始め、すれ違う侍女たちが私を見て、頬を染めることが何度もあった。

 

(私の顔に何かついているのか、あとでモニカに尋ねてみよう)


「生意気だぞ!うらなり野郎のくせにっ」

 

 あたふたしながら、ロイス伯爵家の次男は悲鳴に似た叫び声をあげ、その声で現実に引き戻される。

 

(大体悪口が全く響かないのよね。私に対しての言葉じゃないんだもの)

 アルが聞いたら憤慨しそうなことを考える。

 

 黙っていた事に焦れたのか、

「俺は、ロイス伯爵家の次男でライマーだ!」

覚えておけ、とライマーは胸を張って名乗りをあげた。

 

 それにしても、ライマーは何故そんなに偉そうなのだろうか。爵位は公爵(うち)の方が上だというのに。

 そんなことはしないが、私が父に言いつけるかもしれない、という想像力はないのだろうか。


 相手にするのがばからしくなって、モニカに尋ねる。

「バルコニーに出ても構わない?」

「も、もちろんですっ」

「じゃあ、一緒に行こう」


 争いにならないことに、モニカはほっとしたようだった。

 ライマーは見なかったことにして、部屋の奥にあるバルコニーへと向かう。新鮮な空気でも吸わなきゃ、やっていられない。

 が、ライマーは想像以上にしつこかった。


「お前はうらなりで姉の方は男オンナだなんて、へんな双子だな!どうせお家柄だけで護衛騎士になれたんだろう。弱っちいくせに!」


 ライマーの幼稚な語彙力に憐れみさえ感じて黙っていたら、私が言い返す言葉もないと勘違いしたらしい。

 

「悔しかったら、なんか言ってみろよ!」

 勝ち誇ったように、ライマーは顎を上げた。


(ほんとケンカにもならないわ。いつかアルが言ってた通り、)

 

「ケンカは知能レベルが同じくらいの相手じゃないとできないので」


 心の声が、思わず口から出てしまった。

(意識してなかったのに、今のってすごくアルっぽい!)


 自然にできたことに嬉しくなって、気を抜くとスキップしそうになる気持ちを我慢する。

 心を落ち着かせてから、再びバルコニーに歩き出した私の背中に、何かが当たった感触がした。

 

 振り返ると、今度は怒りで真っ赤になったライマーが立ち尽くしている。

「そんな……」

 青ざめたモニカの視線を追って足元を見れば、ライマーが投げたらしい白い手袋が落ちていた。

 

「けっ、決闘だ!もちろん受けるよなっ」

 

(困ったな。アルからは目立ちすぎないように、って言われてるのにな)

 

「逃げたら一生、ライマー様って呼んでもらうぞ」

 

 それは嫌だ、と切実に思う。

 

「私が勝ったらどうします?」

「逆立ちで断頭台にあがってやるよ。百万が一もないけどな」


 ……よし、上がってもらおうじゃない。

 私はさっさと、大理石に落ちた白手袋を拾ったのである。


  ♢


「あのっ、アルフレートさま、お待ちくださいっ!護衛騎士隊長さまに叱られますっ……」

 

 決闘場所に指定された宮殿裏に向かう私の後ろを、モニカが小走りでついてくる。

 興味を惹かれる単語に、几帳面に整えられた芝生を歩いていた私の足が止まった。

「護衛騎士に隊長がいるの?」

 

 護衛騎士は私を入れて五名ほどだと聞いている。少人数精鋭で序列もないもの、と勝手に思い込んでいた。

 

(隊長さんて強いのかしら。いつか手合わせできるかしら)

 

 矢継ぎ早に質問したい気持ちをグッと堪える。


 いつまで経っても返事が来ないのが不思議で振り返ってみると、モニカは俯き肩で大きく息をしていた。

 どうやら早足で歩きすぎたようだ。可哀想なことをしてしまった。

 

「ごめんね、急ぎすぎたね。気をつける」

 息を整えているモニカを覗き込むと、

「ふぁっ!」

という、声にならない声で彼女は飛びずさった。

「……びっくりさせた?重ね重ねごめん……」

「ちがいますっ!」

「?」

 

 さっきまでおどおどしていたモニカが、急に前のめりになってきた。

 相変わらず頬は紅潮したままだったが。

 

「アルフレート様も、シャルロッテ様も美しすぎて!」

「……え?」

「美しすぎる事に驚いているんです、私たち侍女たちは!」

 

 モニカは琥珀色の瞳を輝かせて、両手を握りしめていた。

 想像もしてなかった答えに、言葉も出ない。

 

(アルだけじゃなくて私も?)


「新年を祝うパーティでお二人を見かけた者から、それはそれは眩いばかりの美しさだとは聞いていたのですが、実際お会いしてみたら、目が潰れちゃうかと思うくらい素敵で!なのでみんな驚いたり、赤くなったりしてるんですっ」


 そんなことは初めて言われたので、たいそう面映い。柄にもなく照れてしまう。

 でもそれでわかった。王太子宮に来てからすれ違った侍女たちが、頬を染めて足早に去っていった理由が。


「あのライマー様でさえも、アルフレート様が微笑みかけたら赤くなっていらっしゃいましたし、」

 可愛いところもあるんですね、モニカはふふっと笑う。

 

 ライマーの前では怯える小動物みたいに見えたモニカだったが、そんな軽口を叩けるなんて案外肝が座ってるのかもしれない。


「ライマーはいつもあんなふうに、誰にでも喧嘩をふっかけてるの?」

「多分ですが、ライマー様は焦ってるんだと思います。一番最後に入られた騎士様ですから。後輩ができると知って喜ばれてたのですが、ラインフェルデン公爵家のアルフレート様だとわかってから荒れてしまわれて……」

 

 家柄では敵わない、だったら苛めて自分の方が上だとわからせてやろう、とでも思ったのか。


「いつもは他の騎士様や隊長様がお諌めされたり、ご指導されているのですが、今日はお昼頃まで王太子殿下が外出されてますので隊長様もご一緒に……」

「ライマーは?」

「それが……数日前に問題を起こされまして、本来ならご謹慎の身ですので、私もまさかライマー様が控え室にいらっしゃるとは思わず……申し訳ありません」

「なんでモニカが謝るんだ?どう考えてもアイツが……彼が悪い」


 アルフレートが「気をつけて」と言った通り、ライマーはだいぶ問題児のようだった。

 さぞや隊長も手を焼いていることだろう。

 

「ですから帰りましょう、アルフレート様!謹慎中のライマー様と決闘なんて、後で叱られるに違いありません」


 モニカの必死の頼みに心が揺れる。

 考えてみれば、ライマー様と呼べ、って言われても無視すればいいだけだ。アイツと同じ土俵に立つ必要はない。


「そうだね、戻ろ……」

「おせーよ。迎えにきてやったぜ、うらなり野郎」


 しかしどうやら引き返すには遅すぎたようだった。

 

 余程楽しいのか、突然現れたライマーの声には笑みが含まれていた。表情は逆光でよく見えないが、どうせさっきみたいに唇を歪めてニヤニヤしているのだろう。

 

「センパイを待たせるなんて非常識なやつだな」

 

(よく恥ずかしげもなく、そんなことを言えるわね)

 

 恐らくライマーは、自分の有利な位置を取るために早く来て待っていたが、なかなか来ない私たちに焦れて様子を見にきた、といったところだろう。


 空はこんなに青いのに。

 一度やめよう、と思ってしまった私の心は完全に萎えてしまっていた。喩えるならどんよりとした曇り空だ。

 

(アルフレートに叱られるだろうな)

 

 アルだけじゃない。モニカだって、私の軽挙を止めようとしてくれていたというのに。

 

「ごめんね、モニカ。間に合わなかったみたい」

 

 モニカへの謝罪のために振り返った瞬間、視界の端っこで剣を抜いたライマーが踏み込んでくるのを捉えた。

 

「行くぞっ」

 

 逆光を利用して、ライマーは一気に距離を詰めてくる。

 彼はどこまでも卑怯だった。

 

「アルフレート様、危ないっ」

 モニカの悲鳴が周囲に響き渡った。

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