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第7話 信じているのです

(今の聞いた?)

 

 母の言葉が聞き間違いではないか、アルフレートの袖を引っ張ると、アルは無言で私の頬をつねってきた。

「アル!痛いわよ!」

「ごめん、夢かと思って」

 アルフレートは私からつい、と目を逸らす。

 変わった喜び方だけど、アルでも驚くことがあるのね。


「なんと!」

 

 ほうっ、という感嘆と共に父の驚いた声が聞こえる。

 母を見れば、バツの悪そうな顔。


「アル、アルフレート!やったわね!」

 

 小さくジャンプしたら寝衣の裾を踏みそうになったけど、そんなの気にしてはいられない。

 

 今度は私からアルに抱きつくと、さっきのお返しとばかりに、ぎゅうぎゅうと締め付けてやる。

 途中アルの顔を覗き込んでみたけど、アルフレートは釈然としない表情をしていた。


「……母上は本当に間違えた(・・・・)のかな」

「どうして?わざと間違える理由なんてないじゃないの」


 独り言のようなアルの呟きに囁きで返すも、アルはまだしっくりきていないようだった。

(嬉しすぎて喜び方がわからなくなっちゃったのかしら)

 

 それなら、(アル)の分も私が喜び、祝おう。

 なんといっても今日は、私たちが初めて母に勝った、記念すべき日なのだから。

 

 ◇


 ラインフェルデン公爵の屋敷は、噴水のある広々としたパティオを挟んでふたつに分かれている。ひとつは双子の住む離れ、もうひとつは公爵夫妻の住む主屋敷だ。

 双子が小さい頃は主屋で育てられていたが、二人の自立を促すため、十歳を迎えた日に離れに移り住むことになった。


 離れた当初は双子達より両親の方が寂しがったが(とりわけ父の方が)、一年もすれば慣れ、今ではふたりで寝る前などに温かいお茶を飲んだり、ラインフェルデン領で採れた果実を使った酒を嗜んだりと、夫婦の時間を楽しんでいる。


 今日もまた夫婦は寝室にいた。

 窓から降り注ぐ月明かりの中、双子の父であるヨハネスは苺ジャムのたっぷり入った紅茶に手を伸ばす。

 元から甘いものが好きだったヨハネスだが、歳を重ねるごとにその好きが高じてきて、今では首都ゼステリロ=ルカスにあるスイーツ屋全てを網羅していると言われている。

 

 今夜だって本当は紅茶ではなく、クラッカーにジャムを乗せたものを食したいのだ。だが彼が甘いものを食べすぎないないように目を光らせているサーシャが隣にいるため、ヨハネスは我慢をしていた。


 それにしても、……今日の妻は元気がない、そのことがヨハネスにとっての気がかりであった。

 サーシャの冴えざえとしたアイスグレーの瞳にはまつ毛が影を落とし、美しい薔薇色の唇にはわずかに力が入っているように見える。


 初めは、双子の入れ替わりについて悩んでいるのであろう、とヨハネスは思っていた。アルフレートとをシャルロッテを間違えた事を悔やんでいるのだ、と。


 ヨハネスが間違えることは珍しくはない。彼は感覚で動くタイプであったし、どこか双子に騙されることを楽しんでいる節があったから。

 

 だが、サーシャはそうではない。

 思慮深く、何事にも綿密に行動を起こす妻が、双子の入れ替わりを間違える姿を、ヨハネスは初めて目の当たりにして驚いた。


 しかも今日の入れ替わりはアクシデントが二回ほどあり、それぞれが見破るチャンスでもあった。一度目はシャルロッテが倒れた時、二度目はシャルロッテが目覚めて一堂に会した時だ。

 

 ヨハネスがベッドにいるシャルロッテをアルフレートだ、と断言した時、わずかだが本物のシャルロッテの瞳が輝いた気がした。ヨハネスでも気がついた事を、いつものサーシャなら見逃すはずがないのだ。

 

 大体、当てるだけで良いのであれば、自分(ヨハネス)の反対の意見を言えばいい。そうすれば簡単に入れ替わりを見破ることができたのではないか、というおかしな自信をヨハネスは持っていた。

 

 となると、いくら鈍いヨハネスでも、ひとつの答えに行き着くのである。


「サーシャ、キミは……わざと間違えたのか?」

 

 サーシャは俯いていた視線をあげ、ヨハネスを見つめると静かに微笑んだ。

 

「なぜ……?」

 やはりそうだったのか、と思うのと同時に、疑問が湧き上がってくる。


 国王陛下より、王太子の護衛騎士と姫君の話し相手にそれぞれ双子を推挙された、という話を伝えたあの時。

 アルフレートとシャルロッテの行く末を、一番案じていたのはサーシャではないか。

 入れ替わって王太子と姫君に仕えることのリスクを説き、誰よりも反対してたのはサーシャだったはずなのに。

 

 サーシャは紅茶の入ったカップに添えていた手を止めた。 

「……初めはすぐに見破ってしまおうと思っていたのです」

 そして落ち着いたアルトの声を響かせる。

「ただ、いつもより念入りにアルフレートの格好をして、なのになんだか覇気のないシャルロッテの様子が矛盾している気がして……。もう少し見ていたくなったのですわ」

 

 昼間の出来事を思い出すかのように、サーシャはゆっくりと瞬きをした。

 

「あの時……シャルロッテが倒れた時、あなたはお医者さまを呼びに行っていて、いなかったでしょう?」

 

 どこか寂しげに、しかし誇らしげにも見える表情で微笑むと、サーシャは、

「あんなに辛い状況でも、「続けてください、母上」なんて言うんですもの。あの子の意志の強さときたら、一体誰に似たんでしょうね」

と続けた。


 口にはしなかったが、完全にキミだよ、とヨハネスは確信していた。

 代々ラインフェルデンの男達には根性が今ひとつ足りていないのだ。


「それに聞きましたでしょう?シャルロッテが目覚めた後の、アルフレートの大きくてはっきりした声!あのアルフレートが……」

「もちろん聞いたとも!」


 貴族の殆どが魔法を使えるアデスグラント王国の中で、それができない子供が生まれた、というのはかなり異端で衝撃的な話だった。

 

 この国の法律では、子息や令嬢がデビュタントを迎えるまで、どのような魔法を使えるかを報告する義務はない。

 魔法の内容によっては誘拐というリスクを避ける為、子供たちの魔法の種類を聞くのはタブー視されていた。


 その為、外部の人間はラインフェルデンの双子のどちらかは魔法が使えない、くらいにしか知らないはずだ。

 今は、まだ……だが。


 アルフレートにだって魔力がないわけではないのだ。

 その魔力が出口を求めて体の中で渦を巻き、悪さをしているのが問題なのだ。

 魔力の出口が見つかりさえすれば、倒れることもなければ、魔法だって使えるはず。

 

 ……しかし、サーシャにとっては魔法より何よりも。

 

 体が弱く、何度も死にかけた息子を案じなかった日などはない。

 成長するにつれ、体調の管理はできるようになっていったが、それでも未だにふたりの息子(アルフレート)は月に一度はベッドに伏せることを余儀なくされている。


 そんなアルフレートが、腹の底から大きな声を出した、それも自分のためではなく、シャルロッテ(双子の姉)のために。


「きっと大丈夫だ、と思えたのです。アルフレートの機転と、シャルロッテの意志の強さ、二人のお互いを思いやる心に……」

 

「ふたりに、賭けてみたくなったのだな?」


 ヨハネスは自分の言葉に大きく頷く。……が、サーシャは双子によく似た美しい瞳を細めて、

「いいえ」

 と首を横に振った。

 

 不思議そうにするヨハネスに、

 

「信じてみたくなったのですわ」

 

 サーシャは微笑みと共に、静かに告げた。

 

 窓の外の月明かりがサーシャの瞳に映り、双子への信頼をそっと照らす。

 やがてサーシャの言葉は、柔らかな闇の中へとゆっくりと溶けていったのである。

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