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第6話 その結果の先に

「シャルロッテお嬢様!」

 

 目を開けてすぐに飛び込んできたのは、見慣れたベッドの天蓋と、今にも泣きそうな顔をした侍女のエマだった。

 

 エマは、

「どこか痛いところはございませんか?」

涙声で尋ねてくる。

 

(……そうだ)

「私、倒れたんだっけ……」


 窓から入ってくる光は、とうに朱鷺色に染まっていた。昼間の薄い空色の面影はない。すっかり寝入ってしまった現実が押し寄せてくる。

 

 横たわったまま腕を上げてみると、袖には華奢なフリルが見える。さっきまで身につけていたアルの服から、今は寝衣に変わっていた。

 きっとエマが着替えさせてくれたのだろう。

 

「大丈夫よ。心配かけたわね」

「いえっ。ご無事で何よりでございます……」

 

 エマはワーグナー男爵家の三女で、私より二つほど年上だ。四年前に彼女が私の侍女になってから今まで、私は体調を崩したことがない。

 ……そもそも生まれてから一度も倒れたことなどないのだが。

 

 体が弱いのはアルフレートの専売特許だったし、家族みんなが流行りの病で寝込んでいても、いつだって私だけピンピンしていた。それがラインフェルデン公爵家の常識だった。

 そんな私が倒れたことに、普段はしっかり者のエマでも動揺したのだろう。


 まだ下腹部が若干痛むけど、この痛みには覚えがあった。

「月のものが来てたのね……」

 まだ予定ではだいぶ早いのに。

 

「お医者様は、過度なストレスによってご自身ではコントロールできない神経が乱れたのではないか、とおっしゃってました。それが月のものにも繋がったのではないかと……」


「ストレスかあ……」

 最近のアルフレートなら、

「よかったね、ロッテの中にストレスが発見されて」

とか言ってきそうだわ。


(そうだ!)

「アルは?今どうしてるの?」

「先程まで奥様と一緒にお嬢さまに付き添われていましたが、今はお部屋に戻られています」

「エマ、」

「はい!すぐにお呼びして参ります!」

 私の頼みを全部聞く前に、エマは部屋を飛び出して行った。

 

 窓の外に目を遣ると、ほんの少し前までは朱鷺色だった空は紺碧色に染まろうとしていた。深い夜の海を思わせる空の色は、まるで私の気持ちを表しているかのようだ。


(テストの結果はどうなったのかしら)

考えたくはないけど、いずれは向き合わなきゃいけないこと。

 

 結果は出たのだろうか?まさか、あの時点で失格?

……厳しいけど、それでも文句は言えないだろう。

 体調管理の甘さは、登城するようになっても命取りだろうから。


「あー……、失敗したなあ!」

 誰もいないのをいいことに、うつ伏せになると枕にバフンッと顔を埋める。

 

 前日に月のものの予兆はあったのだ。

(アルとの特訓に集中できなかったのも、チョコトルテを食べ過ぎたからじゃなかった……むしろ甘いものをたくさん食べたくなった時点で気づくべきだったんだわ)


 アルを巻き込んだ自分が、母のテストを完遂すらできなかったことに、胸の中は忸怩たる思いで一杯だった。

 気を失う前に見た、私そっくりの青ざめた顔を思い出す。

(心配、かけちゃったな……)


 その時、ノック音が響いた。

 随分と早いわね、と思う間もなく、アルは駆け寄ってくるといきなり抱きついてきた。

 

「え?アル、アルフレート?」

「もう大丈夫なの?心配したんだから!」

 

(一体どうしちゃったの!?)

 

 普段のアルなら絶対しない行動だった。

 アルフレートは、なおも私の頭をぎゅうっと抱きしめてくる。まるで私が余計なことを口走ることのないように。


「これはどうしたことだ?倒れたのはシャルロッテではなかったのか?」

 

 視界はほぼ全滅だったが、聴覚は無事だ。困惑の混じった父の声が耳に届く。もぞもぞと頭を動かすと、アルに抱きしめられたわずかな隙間から、部屋に入ってきた母と怪訝そうな顔をした父が見えた。

 父が戸惑うのもよくわかる。アルの行動はまるで私の行動だったから。

 

「お父……うっ」

 お父さま、と呼ぼうとするも、アルが抱きしめていた腕に力を込める。

(どういうつもり…)

「いいから合わせて」

(そう言われても、)

 返事をしようにもガッチリと頭を固定されていて、頷くことさえもままならないのに。


 次の瞬間、新鮮な空気と共に視界が開けた。アルが私の頭をやっと開放してくれたのだ。

 そして、ついさっきまで私の頭を抱きしめていたアルは、今は私に背中を向けて、両親と向き合っていた。

 

「母上!お願いします!私たちにチャンスをください!」


 こんなにはっきり大きな声をだすアルを、私は初めて見た。きっと、父と母も同じだったのではないか。

 母の表情はまるで読めなかったが、それまで呆然とした顔をしていた父が、得心したように一つ手を叩いた。

 

「そうか、私たちがここに来る前に、二人で入れ替わったんだな。そうであろう?……ということは、立っているアルフレートがシャルロッテ、ベッドにいるシャルロッテが本物のアルフレートというわけだ」

 

(ぜ、ぜんぜん違うけど……)

 

 さすが、双子の入れ替わり見破り率が一割弱、驚異的な数値を十五年間も継続している我らがお父さまだ。

 和んでる場合ではないが、父ののんびりした声のお陰でピリピリしていた空気が少し和らぎ、私の頭も徐々にクリアになってきた。


(わかった、かも)

 

 アルは今この場でテストの続きをしようとしているのだ。

 ということは私が倒れた時点では、まだ母の私達へのテストの「結果」は出てないということになる。


 父が勝手に誤解してくれたように、私の寝衣を着てベッドにいるのがアルフレート、と母にも思ってもらえたら私たちの勝利だ。

 そして、アルはもう私にボールを投げ終えた。次にボールを返すのは私だ。

 二人でした特訓の時にアルが言っていた言葉を思い出す。


『僕に見せかける』のではなく『僕の内面を意識して動く』こと。


 いつもの私だったらとっくにベッドを飛び出して、「もう一度チャンスが欲しい」と母に思い切り頭を下げていただろう。

 でもここでいうアルの〈シャルロッテ〉なら、きっとそれはしない。


 私は足を揃えてベッドから降り、少しだけ歩幅を狭め一歩前に出た。細心の注意を払って寝衣の両サイドをつまむと左足を内側後方に引き、右膝を軽く曲げる。背中をピンと伸ばしたままできるだけ優雅に腰を落とせば、いつもより何倍も丁寧なカーテシー。

 母の視線を感じながら、私は口を開いた。

 

「母上、ありがとうございました。入れ替わりではなく、他の方法を模索してみます」


「ちょっ!」


 私の言葉を聞いた途端、焦った様子でアルが駆け寄ってくる。

(え?あれ?私間違えた?それとも焦ってるのも演技?)


 私なら死んでも諦めるようなセリフは言いたくない。

 今だって、演技だとしても口にしたくなかったけど、アルならそんなちっぽけなプライドに固執せず、違う道を探してみるんじゃないか、って。


(そう思っての言葉だったんだけど、)


 でもいつものアルと違う、落ち着きのない不安げな様子を見ていると私まで自信がなくなってしまう。


 その時、パン!と手のひらを叩く音が一つ。

 

「そこまでにしましょう」

 

 音の元を辿ると、相変わらず読めない表情をした母上がいた。

 私の絶望などお構いなしに、母はゆっくりと口を開く。

 

「その様子だと、もう体は大丈夫なのですね。()()()()()()


 果たして母が見つめた先には私がいた。

 正確には、私の演技をしていたアルフレートが。

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