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第34話 精霊に愛された王女

 エデルガルトと目が合った瞬間、どちらともなく噴き出した。


「はじめまして、だなんて」


「やっぱり可笑しいですわよね」


 さっきまでの深刻さが嘘のようだ、とアルフレートの心の中はじんわりとした温かさで満たされていく。

 ……ただひとつの引っ掛かりを残して。

 そう、それはとても重要なこと。


「先程、エデルガルトがおっしゃっていたことを伺いたいのです。その……、僕を運んでくれたのが、フロリアン様だった、という話です」


 楽しい時間を終わらせるのには心残りが過ぎるが、アルフレートには真実を知る必要があった。

 内容によっては、ラインフェルデン公爵家の立ち回り方を変えなければならない。


 エデルガルトもハッとしたあと、申し訳なさそうに俯いた。

「ごめんなさい。わたくし、自分のことばかりで」


「そんな。僕だって同じです。なによりもすぐにあなたに謝りたくて」


 思わずアルフレートは、エデルガルトの手を握っていた。

 先ほど知ったばかりの彼女の魔法……氷魔法を操るというエデルガルトの指先は、意外なほど温かかった。


 陶器のような白く滑らかな肌、細い指先に整えられた桜貝のような爪。

 自分の手が骨張ってきたせいもあり、エデルガルトの柔らかくて小さな手は女の子そのものだ、とアルフレートは思う。


「あ、あの……?」


 躊躇いがちにエデルガルトに覗き込まれ、アルフレートは我に返り、すぐにパッと手を離した。


「申し訳ありません! 不躾なことを。不快にさせてしまったこと、お許しください」


「そんなっ! 不快なんかじゃありませんでしたわ」


「え……?」


 離そうとした手を逆に引き止められて、どくん、とアルフレートの心臓が飛び跳ねる。

 エデルガルトの顔を見ると、耳たぶまで苺のように真っ赤になっていた。


 なぜ僕の手を引き止めてくれたのか、尋ねてもいいのだろうか。

 アルフレートは戸惑いながら口を開く。


「そ、それは一体……」


 今すぐにでも友人という肩書きを返上したくなったアルフレートの目の前を、一瞬シュッと何かの影が通った気がした。

 そして、


「もうー! もどかしぃなあ!」


耳に聞こえたのは、自分のものでもエデルガルトのものでもない、第三者の声で。


 恐る恐る声のした方向を振り向いてみると……。


「あっ……!」


 そこには子供がいた。

 アルフレートもまだ少年の域を出ない年齢だが、それよりもっと小さな子供だ。

 その子供が二人……いや、ベッドの端で身を隠している子供を入れたら三人か。


「あなたたち、いつの間に……」


 どうやらエデルガルトの知り合いらしい。

 それにしても、いつからここにいたのだろうか。

 まったく気配を感じなかったことに、アルフレートは怪訝に思う。


「あーあ! ノーマンのせいで肝心なとこを聞きそびれたじゃないの!」


 これは金髪のボブに、ふんわりとしたカールを巻いた女の子の言葉だ。


「エレナが『焦れったいわね』って俺のこと押すからだろー」


 一番手前にいるノーマンと呼ばれた男の子が頬を膨らませて反論すれば、


「ぼくもノーマンが良くないと思う」


 ベッドの影に隠れていた()()がぴょこんと飛び出してきた。


「っ!」


 その子供を見て、アルフレートは息を飲む。

 なぜなら、


「「ティル!」」


 その子には耳があった。

 ――いや、人にはもちろん耳がついている。

 だが、その子の耳は、頭から生えていたのだ。

 まるで貴族の愛玩動物のようなふさふさな耳が――。


 これは、……とさすがのアルフレートも鳥肌が立った。恐怖からではない。物語の中や、言い伝えでしか耳にしたことのない彼らに出会えたからだ。


 小人のような背の高さに、犬のような耳を生やした子供、そしてなによりここは精霊たちに認められた王女、フロリアンの居住である『王女宮』。

 となると、答えはひとつ。

 彼らは……。

 アルフレートは、三人の顔を順番に見ると、


「あなたたちはコボルド族、精霊ですね?」


と尋ねた。


「えー!なんでわかるのぉ?」


 犬の耳を持つ子供がのんびりと口を開くが、すぐに、

 

「「ティルのせいじゃない」」


とノーマンとエレナからツッコミが入って小さくなる。


「ケンカはだめですよ」


 諭すように囁いたエデルガルトは、ティルを手招きしたあと、ビロードのような彼の耳を優しく撫でた。

 それを見たアルフレートは、胸の奥がざわついてしまう。

 もちろんやきもちを焼く場面ではないとわかってはいるが、こればかりは止めようがない。

 そんな葛藤には気づかずに、エデルガルトはアルフレートに尊敬の眼差しを向けた。


「よく、おわかりになりましたね。わたくしなどは驚きのあまり悲鳴を上げてしまいましたわ」


 その言葉を聞いて、やんちゃそうな声でノーマンが不満そうに唇を尖らす。


「悲鳴を上げたいのはこっちだよ。せっかく気持ちよく昼寝をしてたのにさー」


「ほんとよ。美味しい匂いをがまんして眠ってたっていうのに」


 まるで自分たちが、コボルドたちの安寧を奪ったかのような物言いではないか。


 すると、なおもエデルガルトの腕の中で撫でられるたびに耳をピクピクさせていたティルがにっこり笑って口を開いた。


「さっきの厨房で、アルフレートが出した真っ白な光。あれがあまりにも眩しかったから、ぼくらは飛び起きたんだよ」


「僕の?」


 あ、そうか。


 アルフレートは根本的なことを思い出した。


「コボルド族は、厨房に住んでいるからか……」


 精霊であるコボルドは、屋敷や鉱山に生息すると言い伝えられている。屋敷の中では厨房に住処とし、良い行いの者には皿洗いや片付けなどを手伝ってくれる、などと言われているが――。


 エレナという女の子のコボルドは、今更なの?と呆れたように肩をすくめたが、アルフレートの視線の先にいるエデルガルトとティルに気付き、にやりと笑った。


「強い魔法だったわ。初めての魔法とは思えないくらいね。寝起きの悪いノーマンが、すぐに目を覚ましたくらいだもの」


「俺が起きたことに感謝してもらいたいね。すぐにフロリアンに知らせに行ってあげたんだから」


「フロリアンさまに?」


 だがこの場にフロリアン王女は存在しない。


「フロリアンがこの部屋に運んで、って言うからさあ。他の仲間たちと力を合わせて運んだんだよ」


「それは……」


 横たわった自分の体が大勢の子供たちに担ぎ上げられ、王女宮の廊下を移動する姿を想像して、アルフレートは絶望的な気分になった。


 落ち込んだ空気をいち早く察したのは、


「バカねぇ! 秘密の抜け道を使ったに決まってるじゃないの」


エレナだ。

 どうやら人間もコボルド族も、女性の方が察しがいいのは共通しているらしい。


「あたしたちしか通れない道を使って来たから、アルフレートのことは誰にも見られてないわよ」


「それは……、とても助かります。ありがとうございました」


 素直にお礼を言うと、エレナは面食らったように頬を赤く染めた。


「べ、別にっ。アルフレートの侍女に着替えを指示したのも、エデルガルトと二人きりにしてあげて、って言ってきたのもフロリアンだから」


「そ、だから俺たちはふたりから見えないようにして、お前たちを観察してたんだ」


 得意げにノーマンが胸を張るが、アルフレートは微妙に釈然としない。


「二人きりにするのと、見えないところから観察するのとでは、だいぶ意味が違いませんか?」


 だってそれはつまり……自分とエデルガルトのあれやこれやを……、いや、そんなに大それたことはしていないが、神聖なやり取りをコボルド族に見られていたということになるわけで。


 ひとことで言えば、顔から火が吹くほど恥ずかしい!


 自分の相手をしてくれていたエデルガルトを横目で見ると、彼女もまた耳まで真っ赤にしていて、アルフレートとパチン!と目があった瞬間、ふわふわのティルの毛並みの中に顔を埋めてしまった。

 

 アルフレートは今すぐにでも、エデルガルトからティルをひっぺがしたくなる。

 確かにティルの大きくてビロードのような耳は気持ちよさそうだけど……。

 眉間に皺を寄せるくらいは許されるだろうか。

 遠い目になったアルフレートの耳に、


「俺たちばっかに、ごちゃごちゃ言うなよな。フロリアンだってお前たちのこと()()()()るのにさ」


今度は、頬を膨らませたノーマンのギョッとするような爆弾発言。

 これ以上はやめて欲しい。

 アルフレートは、慌てて部屋の中を見回した。


 が、しかし、春の柔らかい日差しが注ぎ込む窓辺のカーテンの裏にも、部屋の中央に置かれたオフホワイトのテーブルセットの影にも、小さな王女の姿は見えない。

 さっきまでティルが隠れていたベッドの死角にも、フロリアン王女はいなかった。

 のどかな可愛らしい鳥の声が、外から聞こえてくるだけだ。


 それはそうだろう。いくら好奇心旺盛な姫君といえども、覗き見なんてはしたない真似はするはずがない。

 一瞬でも真に受けてしまった自分を恥じた後に、ノーマンにひとこと説教でもしてやろう、とアルフレートが口を開きかけると、


「しっ」


とエレナが人差し指を自分の唇に持っていく。

 すると、ティルがにっこり笑ってひとつ頷き、エデルガルトの腕の中をするりと抜け出した。

 そして部屋の扉のすぐ横で立ち止まって……。


「「あっ……!」」


 思わず声が出たのは、アルフレートとエデルガルトだ。


 何もないはずだった壁を、まるで扉を開くようにティルが開けた瞬間、コロン、と言葉どおり転げ落ちてきたのは、覗き見などしないはずの――。


「「フロリアンさま!」」


 この国の国王夫妻の娘であり、精霊の加護を受けるお姫さま。

 また、なにより好奇心旺盛な八歳の少女、フロリアン王女だった。

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