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第32話 エデルガルトとアルフレート 前編

 アルフレートの胸の奥で、興奮と混乱が渦巻いていた。


 先ほど自分の両手から現れた、その美しい輝きをアルフレートは思い出す。

 一体何が起きたのか……今はまだわからないが、キラキラと輝く、まるで白いベールのような光が彼女を守ったことに安堵した。


 目の前にいる、プラチナブロンドの美しい少女が、泣きそうな顔でアルフレートを覗き込んでくる。

 エデルガルトの透き通るような深いブルーの瞳が、アルフレートを映し出しているのが見えた。


「あなた、まさか魔法を使うのが……」


 戸惑い、不安、安堵……、エデルガルトの瞳が揺れて見える。


「初めてだったんだ。あなたを守りたくて、咄嗟に」


 思わず出た言葉だったが――、その言葉が正しいかはわからない。

 だって種を蒔いたのはエデルガルトなのだから。

 

 アルフレートの願いはひとつだけだ。

 

 双子の姉(シャルロッテ)としての自分ではなく、()()()()()()として、彼女の瞳に映ってみたい。

 

 まったくもって自分らしくない、とアルフレートは思う。

 姉シャルロッテと共にラインフェルデン家の名誉を守り抜く、それが自分の使命だ。

 夜の闇を見つめながら、何度自分に言い聞かせたかわからない。

 それでもアルフレートは、エデルガルトへの気持ちを、手放すことができなかった。


 エデルガルトは、自分を抑えて家名を立てようとする努力の人だ。

 努力を重ねて、いつだって完璧な令嬢であろうとする。

 でも本当は、弱い部分もある年相応の少女だ。


『心当たりはないの? 急に成長が始まった、きっかけみたいなものよ』


 そうシャルロッテに尋ねられた時、アルフレートは生まれて初めて、自ら進んでシャルロッテに秘密を持った。

 それは後ろめたさからではなかった。

 エデルガルトへの自分の思いを、双子の姉とはいえど、シャルロッテと共有したくなかったのだ。


 初めての魔法と、溢れんばかりのエデルガルトへの気持ちに、アルフレートは浮かれていて……。

 だからだろうか、アルフレートは確かに油断していた。


「シャルロッテ! あなた!」


 悲鳴にも似たエデルガルトの声に、一瞬固まってしまった。

 何が起きたかはわからないが、エデルガルトのただならぬ様子に、それが良くないことなのはわかる。


(もしかして今の? シャルロッテの話し方じゃなかったから……『初めてだったんだ』なんて……)

 

 ――普段ならこんな失敗、するはずがなかったのに。


 真っ青なエデルガルトの震える声と同じくらい、アルフレートの唇も震えていた。

 指先も、つま先もびっくりするほど冷たい。


 ……落ち着こう。バレるはずがない。

 あの母にだって、僕がきっかけで見破られたことはないんだ。

 だから、


 だからきっと……。

 

 アルフレートは小さく息を吐いてから、エデルガルトを見つめ返す。


(なにを見て……?)

 

 青ざめた顔をした、エデルガルトの視線は胸元で止まっていた。


「?」


 アルフレートは恐る恐る視線を追う。

 自分の胸元へと。

 そこで初めて、自分の異変に気がついた。


(――潰れている)


 コルセットが無残にも押し潰されていた。

 

 シャルロッテになるための胸の詰め物が、コルセットごと潰れて、胸元がべっこりとへこんでいたのだ。


(エデルガルトを抱き止めたまま倒れた時か……)

 

 コルセットに使われている硬い鯨の髭も、強い衝撃には勝てなかったらしい。


 近いうちに、エデルガルトには話すつもりでいた。

 恐らく、とうに気づいていたであろうフロリアン王女にも。

 父と母に今後のことを相談して、シャルロッテには納得してもらった後に、とアルフレートは段階を踏むつもりだった。


 その時。


 決して大きな声ではない。

 責めるふうでもないはずなのに。

 エデルガルトの質問が、厨房中に響いた。


「あなたは、誰ですの?」


と。


 ああ、あなたに、そんな表情(かお)をさせるはずじゃなかったのに。


 挙げ句の果てに。

 自分の気持ちを優先したせいで、きっと家族さえも巻き込んでしまうだろう。


 アルフレートの体がぐらりと揺れる。

 

 だめだ、とアルフレートは意識を手放すことを拒もうとする。


 こんなところで倒れるなんて卑怯だ。

 まだ彼女に、エデルガルトに何も伝えられていない。


(謝罪の言葉も、あなたへの気持ちも……)

 

 が、ショックと、初めて魔法を使ったことの疲労だろうか。

 アルフレートの強くない体は、とうに限界を超えていた。

 

「シャルロッテ……⁉︎」


(まだ、その名前で呼んでくれるんだ)


 意識が遠くなるアルフレートの耳に、エデルガルトの自分を呼ぶ声が聞こえ、そして消えていく――。


(その名前はもう――僕のものじゃないのにね)


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