表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/29

第29話 揺れる絆

 別宅のアルフレートの部屋は、領地にある屋敷のそれよりもシンプルな造りになっている。

 

 オフホワイトを基調とした壁に、深いブラウンの家具。

 手彫りの細工が施された窓枠には、ベッドの天蓋と揃いの布で作られた、たっぷりとしたヒダが美しい空色のドレープカーテンがかけられていた。


 アルフレート本人に似て、クールなのに甘さのある落ち着いた部屋だ。


 アルフレートは窓際にいた。見える風景は闇しかないはずなのに何を見ているのだろう?


「アル?」


 私の呼びかけにこちらを向いたアルは、どこか疲れた表情をしていた。


「座って」


 ソファを勧めてもらうままに、私は羽を広げた形のハイバックな背もたれに体を預けた。

 厚みのあるクッションが、私の緊張ごと体を支えてくれて心地いい。


 そう、私は緊張していた。

 だってアルに、


『これからのことを話したい』


なんて言われたことはなかったんだもの。


 アルは、お茶の用意をしてくれていたエマに、外で待っているように指示を出すと、自らカップにお茶を注いでくれた。


「カモミールティーにしたよ。紅茶だと眠れなくなっちゃうから」

「あら、そんなにお子様じゃないわよ」

「大人でも夜飲むと寝つきが悪くなるらしいよ」

「そうなの? だからお父様たちはブランデーを垂らしてるのかしら」


 なら、最初から紅茶を選ばなければいいのにね、と呟くと、アルは可笑しそうに私を見た。


 淹れてもらったカモミールティーは、若いりんごのような香りもする。

 嬉しくなって、


「「りんごの匂い」」


と口に出した言葉が、アルの声と被った。

 

 こちらを見ていた優しい視線と目が合い、思わず口元が綻ぶ。

 

 ふたりで同じことを口にするのは珍しくもなかったが、アルが遠くなってしまったような思いをした今では、それがとても尊く、愛しく感じたのだ。


 なのに。


「僕たちの入れ替わりは、もう無理かもしれない」


 アルフレートのその言葉に、温かかった指先が一気に冷たくなっていく。


 すぐに返事ができなかったのは、びっくりしすぎたからだ。

 

 いつもであれば、アルは結論を出すまでに色々可能性を考える。

 そしてその中から一番いい案を提示してくれる。


 だから、答えを一つしか提示されなかったことにも、悲観的な言葉にも心底驚いた。


「……どうして?」


 やっと出せた私の声は、お茶を飲んだと思えないくらい掠れていた。


「いくつか理由はあるんだけど」


 アルはソファから立ち上がって、私に向かって歩いてきた。

 思わずつられて立った私は、あれ?、と思う。

 アルの視線の位置が、いつもより高いのだ。


「アルフレート、あなた身長が伸びた……?」

 

「ここ最近……正確には十日で1ツォル(約2.5センチ)ほどね。遅れてきた成長期がやってきた気がする」

 

「それって魔法の兆しかしら!?」


 反射的に聞いてしまった私に、アルフレートは静かに首を振った。


「いつも通り気配すらないよ。ただ……今月来るはずの発作が遅れてるのが、気にはなってる」


 淡々と事実のみを告げるアルフレートからは、なんの感情も読めなかった。


「心当たりはないの?」


「え?」


「急に成長が始まった、きっかけみたいなものよ」


「それは……」


 アルフレートは黙ってしまった。


「あるのね?」

 

「……でも、確証は持てない」


 それは当然のことだろう。

 アルフレートの体は複雑だ。貴族なら生まれ持っている筈の魔法を持っていないから。

 前例が殆どないため、アルフレートに起こることに『確実なこと』はない。


 魔法は魔力を具現化したものだ。

 だけど魔力を魔法へと具現化できないアルフレートの場合は、行き場のない魔力が体内で暴走してしまう。

 その暴走がひと月に一度の発作となって、幼い頃からアルを苦しめていた。


 成長が緩やかで未だに声変わりをしないのも、身長が高くならないのも、魔力が放出できないせいだ、と言われていたのだが。


「もしこのまま成長し続けて、大人の骨格になったり、声が低くなっていったとしたら、」


 アルの言葉に私は戦慄する。

 

シャルロッテ(わたし)になることはできなくなる……」

 

「もしくは、」


 今まで見たことのない深刻さで、アルフレートは私を見据えた。


「シャルロッテ、キミが騎士を辞めて|本来の位置《フロリアンさまの話し相手》に戻るか、もしくはキミだけ騎士として王太子宮に残るか」


「アルは……?」


「入れ替わりをやめる場合は、護衛騎士を返上することになる。元々体が弱いのは周知のことだし、無理して体が持たなかったんだな、と思われるだけだろうし」


「そんな……」


「フロリアンさまの話し相手を辞する場合は……」


 アルフレートは、瞳に影を落とした。

 口を開くのを逡巡しているようにも見えて、私はその様子に違和感を覚える。


 そのうち、私の視線を感じたのだろう。


「どちらにしても、ロッテをひとり王宮に残すのは心配だけど」


 答えは言わないまま、茶化すようにアルフレート笑った。

 

 アルが私を心配してくれてるのは、嘘じゃないのはわかってる。

 でもそれだけじゃない、わよね。

 だって、


「なんでそんなに悲しそうなの?」


 アルフレートの体が一瞬、小さく震えたのがわかった。


「悲しい……?」


 呆然としたアルの口から、言葉が溢れ落ちる。

 

 アルフレートの気持ちは、私にも痛いほどわかっていた。

 ただし、それは双子だからじゃない。


 私も悲しいからだ。

 

 軽薄に見えて実はおせっかい焼きの隊長、テオドール。

 お調子者だけど寂しがり屋のノアに、優しくて不器用なイーサン。


 たったひと月だけど、いつの間にか私の日常になっていた彼ら。


 そしてなにより、心残りになるであろうこと――。


 アルフレートとの入れ替わりをやめる場合、私はヴィルさま(王太子殿下)の傍にいられなくなる。


 今までのように、殿下の背中をお護りできなくなってしまう。

 

 ヴィルさまとフロリアン王女が仲が良いといっても、毎日お互いの宮を行き来するわけではないのだ。


 私に向けられる優しい意地悪にも、私を導く冷たい手にも、会えなくなってしまうということ――。


 それを思うと、寂しさで胸が張り裂けそうになる。


 だからアルも同じなのかも、と思った。

 

 昼間の仲が良さそうな三人を、私は思い出していた。

 私の知らないアルフレートが、私のいない場所で編み上げてきた絆。

 あの場所から離れるのが、アルも辛いのではないかと、思ったのだ。


 それに、どちらの選択肢を選んでも王宮に残れる私と違って、アルフレートは王女宮を去らなければならない。


「……」


 アルフレートは寂しいとも、そうでないとも言わなかった。

 きっと今は、答える気がないのだろう。

 

 残されたのは、私たちにとって初めての、深い深い沈黙だけだった……――。


  ♢


 結局答えは出せないまま、私は自分の部屋に戻ることになった。

 ただ、なるべく早いうちにラインフェルデンの屋敷に戻って、家族で相談しよう、という約束はした。

 

 明日からのことを思うと、心がずっしりと重くなる。


 こんなもやもやした気持ちを、アルはひとりで抱えていたのだろうか。

 私の前ではなんともないふりをして。

 ひとり、窓の外の闇を見つめるほどに。


 誰よりも近くにいた筈の、アルフレート。

 幼い頃にアルを守ると誓った約束は、今だって覚えている。


 なのに私は……!


 私は、アルの身長が伸びたと聞いたあの時、彼の成長を手放しで喜ぶことができなかったのだ。


(皆と、ヴィルさまと離れたくない! そう思ってしまった)

 

 本来であれば、発作が来ないことを喜び、成長を祝い、アルフレートの魔力の可能性に、未来を視ていた筈なのに。


(サイテーだわ)


 ぎゅうっ、と両手を強く握りしめる。

 そうでもしないと自己嫌悪で立っていられそうもなかった。


(せっかくアルが、カモミールティーを淹れてくれたけど、)


「今日は寝られそうにないわね……」


 恐らくアルフレートも同じだろうか。


 その時の私は、自分の半身に思いを馳せ、後悔の海に沈んでいた。


 だから思い出してもみなかったのだ。

 

 私に、入れ替わり中止の理由を尋ねられたアルフレートが、


『いくつか理由はある』


と言っていたことを。


 その()()()()を聞きそびれてしまったことにさえ、まったく気付けずにいたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ