第28話 予感
城から屋敷に帰ってきてから……、正確には馬車に乗っている時もだけど、アルフレートは塞ぎ込んでいるように見えた。
屋敷といっても、父と母が待っている領地ではない。
王都にも|ラインフェルデン公爵家の屋敷があるのだ。
領地が比較的近い上に、屋敷が好きな私たちはなるべくラインフェルデンの地まで帰っているけど、最近では別宅で過ごすことも多くなっていた。
別宅は、王都に詳しい執事夫妻が管理している。料理人たちも研究熱心で努力家のため、毎日美味しい食事が提供されている。
それに何より私たちにはエマがいる。
お陰で領地にいる時と変わらず、毎日を快適に過ごすことができていた。
アルフレートだって同じはずだ。
昨日まではいつも通り……まあ、多少元気がないような気はしていたけど、いつも通りだったと思う。
でも今日は、明らかに違う。
帰宅して一度別れて食堂で顔を合わせている今も、心ここに在らず、といったように見える。
何かしでかしてしまったのか、と悩んでみたところで私には心当たりがありすぎた。
一番の心当たりは昼間のテオの、
『アルフレートは色男だねぇ。エデルガルト嬢、気をつけて。彼は王太子宮の侍女たちを……いや、男ども迄もトリコにしまくっているから』
という発言。
その時はにこやかに静かに怒ってたけど、思えばあの辺りから、アルの表情が曇っていった気がする。
あ、エデルガルトが、
『きっと、アルフレートさまのお優しいところに、皆惹かれるのでしょう』
すぐに庇ってくれたのにも、なんだか微妙な顔をしてたのよね。
あれには私もびっくりしたけど。
アルフレートがシャルロッテとして、仲良くしてるからかしら。
だからそんなに知らないはずのアルフレートにも親近感を覚えて庇ってくれたとか……?
私は思考を巡らせながら、目の前に置かれた肉を黙々と切り分ける。
当のアルフレートは今も食事が進まないみたいで、ナイフとフォークは止まったままだ。
給仕に何か言われたのか厨房の入り口から、時々料理長がハラハラした顔でこちらを伺っていた。
私の胃袋には既に半分ほど収まってしまったが、豚の肩肉のローストは表面がカリッと中は柔らかくて美味しいし、付け合わせのマッシュポテトもいつも通りの味を楽しめてる。
少しお行儀は悪いけど……。
私は厨房の入り口に向かって自分の頬を人差し指で何度か突き、ウィンクをしてみせた。
それを見た料理長はほっとしたように、自分の居場所に戻っていった。
そんな中でも相変わらず、アルフレートは押し黙ったままだ。
アルは優しいけれど、食事のマナーには厳しい。
普段なら、父の春の魔法も通さないくらいの冷たい視線が飛んでくるはずなのに。
私のしたことなんて、気づいてすらいないのかも。
きっといつもの『自分と対話』している状態だとは思う。
本来なら自分から話してくれるのを待つところだけど、夕方からお預けをくらっている私の方が、とても待ちきれそうもなかった。
「アル、一体何を悩んでるの? 私が何かしたかしら? えっと……今日のことが昨日のことか、もしくは一週間以内のことか、それ以外か、せめてヒントをもらえないかしら?」
精いっぱい考えて慎重に口にした言葉に、アルは小さく息を呑み、そのあとため息をついた。
「ロッテ、キミはすごいね」
わかる?最近自己分析ができるようになった気がするの、と口に出しかけた私に、アルは、
「もし僕がそんなにたくさんやらかしていたら、部屋から一歩も出られないと思う」
「……」
ねえ、さすがに私も嫌味だってわかるわ。
むくれた私を見て、アルフレートは優しい色を瞳に滲ませる。
「違うよ、ロッテのポジティブさに救われる、っていう話。……うん、一人で抱え込む必要なんてなかった」
「どーいうことよ」
まだ馬鹿にされてる気がして、つい唇が尖ってしまう。
「僕たちのこれからの話をしたいんだ。あとで部屋に来て欲しい」
アルフレートはそれだけ言うと、やっと食事をとり始めた。
アルの表情はさっきよりはマシだし、顔色も良くなってはいたけれど。
(ねえ。今、何を考えてるの?)
目も合わせず淡々とフォークを口に運ぶアルを見ているうちに突然、寂寥感がやってきた。
心にすきま風が吹く、ってやつ?
こんな時は、アルフレートが遠くなってしまった気がする。
前は……登城するほんの少し前までは、アルのことなら大抵のことはわかる気がしていたのに。
目を合わせたら、なんでも通じ合えるような。
でも今は。
テーブルを挟んで向かい側のアルをそっと伺ってみる。
きっとまだ無表情のまま肉を頬張ってるのかしら、という私の予想は外れていた。
アルは不愉快そうな、渋い顔をしたまま固まっている。
(あらアルったら、口の中を噛んだのかしら?)
この程度のことなら、わかるのにね。
アルは目を細めて、痛みをやり過ごすような苦い表情をみせた。




