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第26話 ヴィルヘルムとテオドール2

「ヴィル様は、男色の気なんてありましたか?」


「……」

「……」

「……なっ!」


 この男(テオ)は何を言っているのか。

 ヴィルヘルムは、餌を求めて水面に顔を出す魚のように、口をパクパクさせることしかできないでいた。


「男色が悪いって話じゃないですよ。貴族の中にもたくさんいますし、法律で禁止されてるわけじゃないですし」


 そんなのわかっている。

 だが、なぜそんな話になったのか、ヴィルヘルムには理解し難かった。


 可愛い令嬢と目が合えば、微笑みたくなる気持ちはヴィルヘルムにもある。美しい淑女に目を奪われることだって。

 そんな場面を、テオドールだって見てきたじゃないか。

 なのに、


「なぜ、そんなことを」


 尋ねた言葉に、今度はテオドールが驚いた。

 ただ驚いたのではない。信じられない言葉を聞いた、といった衝撃的な表情だった。


「まじですかー……ヴィル様。無自覚ですか?」


 あー……、と悲鳴ともため息とも取れる声で頭を抱えこむと、テオドールはその場にしゃがみ込んだ。


「今日のテオはウザいな……」

 ポツリとこぼせば、

「え〜、そんなこと言っちゃいます?……あの可愛かったヴィル様が……」

などと、テオドールは唇を尖らす。

 

 でかい図体で拗ねたって可愛くないし、これだから昔馴染みは面倒臭い。

 テオドールに聞こえたらますます拗ねそうなことを、ヴィルヘルムは思った。


 そんなことには全く気づかないテオドールは、諦めたようによろよろと立ち上がる。


「だってさっきのはヤキモチでしょう?」

「さっきの、とは?」

「アルフレートを引き寄せたのは、独占欲からきたものですよね」


 確かに、テオドールからアルフレートを引き寄せたのは事実だ。

 でも無意識で……。


 いや。


 あの瞬間は、私情が入っていた、気がする。

 アルフレートに誰も触れて欲しくない、と思って手を伸ばしたのだ、自分は。

 

 たとえ兄のように、友のように思っているテオドールが相手でも、アルフレートを譲りたくない。


 と、

 

望んだ気がする、が……。


 青ざめたり、赤くなったりと忙しいヴィルヘルムを眺めていたテオドールは、

「あー、これだから初恋は、」

などと口にしながら、自分の髪をくしゃくしゃっとかき混ぜた。


「初恋?……恋?」


 僕が?

 アルフレートに?

 

 独占欲は認めるが、恋とは違う、とヴィルヘルムは思う。

 たとえ、アルフレートを引き寄せたことが独占欲だったとしても、


そんなもの(独占欲)は友情にだってあるだろう」

「ならヴィル様は、友人の髪の毛を摘んで匂いを嗅ぎますか?」

「……っ!」


 正論だった。

 出会ってから一度だって、テオドールの髪の匂いを嗅ぎたいなどとは思ったことはない。


(恋?……ほんとにこの気持ちが?)


 呆然とするヴィルヘルムの背中を、テオドールはぽんぽんと優しく叩く。


「アルフレートはその辺の女の子より可愛い、それはわかります……って、ちょっと!睨まないでくださいよ」


 言葉のアヤでしょう、と慌ててテオドールはヴィルヘルムの視線を遮るように手の平を出し、感情を抑えるよう頼んでくる。


 気色ばんだつもりは無かったのだが、よほど酷い顔をしていたのか、とヴィルヘルムは自分の眉間のしわを指で確認してみた。


「そもそも、誰かに執着したり、自分を優先することなんて、あなたにはなかったでしょう?」


 テオドールの言う通りだった。

 今までの生活は、どこか借り物のような生き方で。

 そつなく「王太子殿下」を生きていればそれでいい、と思っていた節がある。


 引き取って息子にしてくれた上に、「王太子」にまでしてくれた国王陛下。そんな義父を失望させないように、でももしも気が変わってフロリアン(義妹)に王位を譲るならそれでもいい。

 いや、その方がいいのではないか、とさえ思っていた。


 だから。


 王位にすら執着しないように、生きてきた。

 はずだった、のに。


 そんな自分にアルフレート言った。


『ヴィルさんは支援が必要な人たちに寄り添える方です。目を逸らさずに向き合える方です』


『そんな強くて優しい人に導かれる民たちが、本当に不幸だと思われますか?』


 まっすぐな翠玉色の瞳に、

 

「王になる覚悟と向き合え」

 

と言われた気がした。


 迷いを、諦めを吹き飛ばしてくれたアルフレートの言葉。

 あの時からきっと、自分にとってアルフレートは特別になったのだ。


「ヴィル様の初恋、できれば実らせてあげたいです。俺個人としては」


 テオドールの言葉に、ヴィルヘルムは俯いていた顔をあげた。

 そこにはさっきまでの茶化すような表情は消え失せ、切なそうに微笑むテオドールがいた。

 

「いや、自分の役割は理解しているつもりだ」


 国王になる、と決めた今では迷うわけにはいかなかった。

 すべきことは、世の安寧、そして陛下から引き継いだ国王という座を次の世代に渡すこと。

 即ち、子を成して血を繋ぐことだ。

 

 それに自分以上に自分を信じてくれたアルフレート、彼の気持ちを裏切りたくは無かった。


「アルフレートがレディならよかったですね」

「馬鹿な……ご令嬢ならそもそも護衛騎士にはならないだろう」


 テオドールも自分の口にした矛盾に気付いたのか笑っていたが、

 

「……いっそ、アルフレートの姉君と婚姻したらどうです?双子だけあって、そっくりですし!」


いいことを思いついた!みたいな明るい声で、とんでもない提案をしてくる。


「人は誰かの代わりにはならないだろう。たとえ双子だとしても」


 アルフレートがアルフレートだから、自分はこんなに気になっているというのに。

 外見だけ同じだということに、一体どんな意味があるのか。

 

 呆れたように答えたが、テオドールは余程その考えが気に入ったようだ。


「家柄的には全く問題ないどころか、良縁ですし。そもそも、公爵令嬢は二人しかいない……あ」


 なるほど、そういうことか。

 一人で閃いて納得するテオドールに、ヴィルヘルムは思わず焦れる。


「テオ!」

「ですから、国王陛下は元々そのおつもりだったのではないでしょうか。フロリアン王女様の話し相手というのは名目で、本当はヴィル様の婚約者候補、だったのでは?」


 テオドールの言葉にも一理あった。

 前国王だったヴィルヘルムの父も、現在の陛下も、ヴィルヘルムの年にはすでに婚約していた、と聞いている。

 

「その可能性もある、が……」


 エデルガルト嬢は法務大臣であるアーレンベルク公爵の侍女。才色兼備で、文句のつけようのない淑女だときいたことがある。

 そしてシャルロッテ嬢は……。


『姉は猪突猛進の上、怖いもの知らずなんです。少々剣の腕が立つため、困っているひとがいると飛んでいってしまって……』


 マリアのブティックで、困ったように話していたアルフレートを思い出す。


(もし僕がシャルロッテ嬢と婚約したら、キミはどんな顔をするのだろうか)


 いや。

 これもまた意味のない問いだ。


「そもそも、アルフレートの気持ちが僕にない」


 護衛騎士の使命を全うすることだけを考えているアルフレートの心には、恋などが入り込める隙間などはなさそうだ。


「それは聞いてみないと、わからないですがね」


 恋に奔放らしい伯叔父は、ヴィルヘルムを見て眩しそうに笑う。


「他人事だと思って楽しそうだな。テオこそどうなんだ?」


 突然の反撃を喰らったテオドールは、一瞬虚をつかれたように固まったが、すぐにまた口角を上げた。


「俺は、精々長生きして来世に賭けることにしてるんで」

「……どういう意味だ?」


 今度はテオドールは答えなかった。その代わり、

「さ、戻るとしましょう。アルフレートも待ってますし」

ヴィルヘルムの背中をポンと叩くと、先に歩き出した。

 

「……」


 いいようにはぐらかされた気もするが……、ヴィルヘルムは素直に従うことにした。

 

 実ることはなくても、伝えることがなくても構わない。

 ヴィルヘルムは少しでも長く、アルフレートと一緒の時間を過ごしたかったのだ。

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