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第24話 今度はみんなで

 少年たちを送り届けた先は、いわゆる貧困街と言われる場所だった。

 街灯を点すための魔法が引かれておらず、灯りのひとつもない。そのうえ道も、狭い上にでこぼこしていて歩きにくい。

 頼りになるのはささやかな月の光と星の瞬き。それからデボラさんが渡してくれた、ランタンだけだ。


「ただいまあ!」

 元気な子供たちとは対照的に、家の中から出てきた母親は華奢な……いや、痩せすぎなほど小さな体をしていた。

 その小さな体を折り曲げて、私たちに何度もお礼を伝えてくる。


 貧困街という場所があるのは知っていた。生活が苦しい民たちが住んでいる場所、それだけだ。言葉の意味以上でも以下でもなく、深く考えたことなどなかったから……。

 

 フリッツやローミなど親がいない子もいる。

 そんなこと、目の前で見るまで物語の中だけの話かと思っていた。


 当たり前のように父がいて、母がいて、毎日温かく美味しい食事が出てくる私。

 私は……。


 羞恥に居た堪れなくなり、隣にいる王太子殿下をそっと見上げる。

 殿下は、

「またおいで」

と子供達に笑顔を見せていた。


 偽善からでも、憐憫の情からでもなく、ごくごく自然な笑顔。


(殿下はなんでこんなふうに笑うことができるんだろう)

 

 私は現実から目を逸らして、俯くことしかできなかった。


 ♢

 

「少し遠回りしようか」


 そんなふうに誘われて、殿下に連れてこられたのは街の広場だった。収穫祭や朝市などが開かれるときは、この場所が一番人気となるらしい。

 

 人工的に作られたせせらぎが、広場の真ん中にある噴水につながっている。ただし、夜だからか今は水の供給が止まっているようだ。

 弾ける水飛沫に濡れる心配もないので、二人して噴水の淵に腰掛ける。

 

 殿下には、聞いてみたいことがたくさんあった。

 なぜ城を抜け出してまでデボラさんの手伝いをしているのか。

 また名声が上がる行為を、できるだけ目立たなくするのはなぜか。

 

 それから……、それからどうして、私に自分の魔法を明かしてくれたのか。


 聞いてみたかった。

 殿下の考えを知りたかった。

 王太子殿下のことを、もっと知りたいと思った。

 

 なぜか?と問われれば、ただの好奇心から、となるのかもしれない。

 

 だけど……。

 先程見た少年たちの母親の姿が忘れられず、頭がうまく回らない。質問するのにこんなに気力がいるなんて知らなかった。


「今日は付き合ってくれてありがとう」

 

 ぐるぐると考えていたら、殿下に先手を取られてしまった。


「ローミのことも。キミがいなかったらどうなっていたか。心から感謝する」


 続けて告げられた言葉に焦る。

 お礼を言われることなどしていない。

 むしろ殿下を危険に晒した、と糾弾されてもおかしくないのだ。

 

「そんな!私こそ……欲張りですみません」

「欲張り?……ああ、人攫いを捕まえたこと?」


 ふはっ、と殿下は笑った。


「キミは本当に真面目だね」

と。


 真面目?真面目だろうか?私が?

 アルフレートならともかく、この私が?


「お手柄なんだ。もっと誇っていい」

「……そんな。それをいうなら殿下だって」

「?」

「殿下だって、デボラさんのお手伝いをこっそりしてるじゃないですか……」


 殿下は私の言葉に、驚いたように目を丸くする。

 それから、まあ、そうだね……、と紺碧の空を仰ぎ見た。

 

 綺麗な横顔だ。

 額へと落ちる金色の髪が灯りで煌めいている。ホリゾンブルーの瞳には、長い睫毛がくっきりと影を落としているのが見えた。

 さすがに絶世の美貌、と呼ばれる美しさだ。

 

 思わず見惚れてしまいそうになり、私は慌てて頭を二度三度ブンブンと振った。


 殿下はそんな私を見て小さく笑う。そして、少し間を置いた後に、

「僕の両親が、前国王夫妻なのは知っているかい?」

と尋ねてきた。


 もちろんそのことは、父とアルフレートから聞いて知ってはいる。

 知ってはいるが……。

 小さくハッと息を呑んだ私に、殿下は気付いたようだ。


「そんな顔はしなくていいんだ。お二人(義両親)は優しいし、たくさん愛してくれている」


 殿下はズボンのポケットをゴソゴソすると、例のキャスケットを取り出した。


コイツ(キャスケット)は元々父のものでね。ある日父の遺品の中から、使い方を記した紙と一緒に見つけた」

「!」


 前国王の遺品……となると少なくとも、十七年以上前のものになるのだろうか。


(だから今の魔道具よりも力が弱かったんだわ。ということは、透明になれるリングもそうなのかも……)


 愛おしそうにに殿下はキャスケットを見つめる。


「最初は父が何を考えてこれ(キャスケット)を持っていたのか知りたくて使ってみた。まさか短い距離しか飛べないなんて知らなかったから。……外出先で使ってどこに出たと思う?」


 試すように私を覗き込む殿下は、いたずら盛りの少年のようだ。


「えっと……」

「墓地だよ。それも葬儀の最中。いきなり現れた僕を見た参列者たちが逃げ出しちゃってさ」


 悪いことをしたよ、と殿下は続けたが、本当に思ってる?と疑いたくなるほど楽しそうだ。


「そのあとは、注意しながら街に向かうようになった。好奇心に従ったのもあるけど、デボラがレストランを開いたって耳にしてたから」


 そこで彼女が慈善活動をしてるのを知って手伝い始めたのか……。

「でもどうして……」


 どうして国王陛下に協力を頼まなかったの?

 良い行いなのにこっそり抜け出すなんて、逆に陛下や臣下達からの評価を下げてしまうのに。


「もしも義父が、自分と同じ境遇の(親がいない)ものたちの傍は家族よりも居心地がいいのか、と考えてしまったら、……と思ってね。どんなに違うと言っても、傷つけてしまう気がした。それに……」


 殿下は深く息を吐いた。


「跡を継ぐのはフロリアンが相応しい、と僕は思ってるから。僕に失望して、あの子が王太女になるなら本望だ」

「そんな、なんで……っ」


 私は目を剥いて叫んでしまった。

 その声が思いの外広場内に反響して、しまった!と辺りを見回す。が、誰かがやって来る気配はなくほっとした。


 一人で慌てたり、安堵している私を見ていたはずの殿下だったが、こともなげに続ける。

 

「あの子はとても賢いし、それに精霊の加護がある。先読みの力は、この国をいい方向へと導いてくれるだろう」

「……」


 黙ってしまった私を見て、殿下は可笑しそうに笑う。

 

「僕の父が義父の兄だっただけで、その立場を僕に返そうなんて……義理堅いが過ぎるよ。才がある者が導く方が、国民は幸せになれるというのに」


 ああ……、そうか。

 殿下は自分には才がないと思っているのだ。

 王太子の器ではないと。

 自分が国を継いでも、国民は喜ばないと思っている。


(でも、私はもう知ってしまった)


「果たしてそうでしょうか?」

「?」

「国王ご夫妻が『殿下が前国王のご子息だから』というだけで王太子にされたとお思いですか?」


(王太子殿下の強くて優しいところを、私は知ってしまったから)


 言わせてもらいたいことが、山のようにあった。

 けどさすがに公爵令嬢のままでは、王太子殿下にお説教なんてできないもの。


「……こほん、ちょっとさっきのロッテお嬢様にもどりますね」

「?」

 

「ヴィルさん、それはお父上たちを馬鹿にしすぎです。責任のあることを『兄の血筋だから』で決めるわけないじゃないですか。子供の頃からヴィルさんを見てきたからこそ、ヴィルさんを選んだに決まってます!」


 そもそも私が一日で気付いたことを、十七年間も一緒にいた国王ご夫妻が知らないはずがないのだ。

 

「ヴィルさんは支援が必要な人たちに寄り添える方です。目を逸らさずに向き合える方です」


 私は忘れない。

 私が自己嫌悪で何も言えなかった時に、少年たちの母親に向き合ってた姿を。

 俯かず、現実から目を逸らさなかった殿下の姿を。


「そんな強くて優しい人に導かれる民たちが、本当に不幸だと思われますか?」

 

「……アルフレート……」


 だから。


「これからもデボラさんのお手伝いをするなら、絶対偉くなった方がいいです。この国で一番偉いひとなら、きっと今よりもっと手厚い支援ができるはず。……でしょう?」


 今度は殿下が小さく息を呑む。

 が、すぐに瞳に絶望の影を宿した。


「デボラには出禁にされてしまったよ?」

「ええ。だから今度は護衛騎士のみんなで来ましょうよ。私も一人より心強いです。ちゃんと陛下の許可をとって、みんなでお忍びで」


 許可をとってお忍びで、というのは我ながら支離滅裂だと思う。

 でもこのくらい言わないと、目の前にいる優しい人には伝わらないから。

 今だってきっと考えてる。


「みん……」

「『みんなを巻き込むのは申し訳ない……』とか、殿下は思ってるのかもしれませんが……」


 殿下の背中側の暗闇から、いくつかの小さな灯りが浮かんで見えた。そしてそれは徐々に大きくなってくる。


「ほら、あちらに」

「……え?」


 少しずつ大きくなる靴音とざわめき。

 共にやってきたのは、


「殿下ー」

「ばか!その呼び方はやめろ」

「ヴィル様ー!」


半日会わなかった懐かしの面々。


「殿下に巻き込まれたい人たちが、迎えに来ましたよ」

「!」


 振り向いた王太子殿下は、信じられないものを見るような顔をしたあと、弾かれるように立ち上がった。


「ヴィルさま、水臭いじゃないですか。俺たちにも手伝わせてくださいよ」

と隊長のテオが大きな体で拗ねてみせれば、

 

「アルフレートばっかり抜け駆けがけ……っておまっ!なんで女の子の格好してるんだ?」

「似合っててこわいっ!」

 

こんな時まで息がぴったりのイーサンとノア。

 いつもの賑やかな騎士団の面々だ。


「どうして……」

 動揺している殿下を、テオは珍しそうに眺める。そして嬉しそうに笑うと、

 

「街を探索していたら、本日大捕物で活躍した二人組がいると警備兵から聞きまして。そこからデボラさんに辿り着いたというわけです」


 毎回それだけ派手にやってくだされば、俺たちも苦労しなかったのに。


 そんな冗談とも本気ともつかないセリフを殿下に言えるのは、テオが伯叔父でもあるからだろうか。


 みんなに会って、固かった殿下の表情が徐々に和らいでいくのがわかる。


「ありがとう、テオ、イーサン、ノア……」


 急に年相応の少年に戻ってしまった殿下を見て、テオはニヤリと笑った。


「お礼はまだ早いですよ。とりあえず、国王陛下からの大目玉を、一緒に喰らうと致しますか!」


 みんなが前を歩いていくのを確認しながら、私も殿下の背中をゆっくりと追いかける。


 その時。


 殿下はさっと振り返り、私に駆け寄ると耳元で囁いた。


「ありがとう、ロッテ様(アルフレート)


 それだけ言うと殿下はまたすぐに前を向く。

 何事もなかったかのように。


 ほんの一瞬のことなのに、耳朶が熱い。

 

 ドクン!ドクン!と早鐘のような鼓動が胸を打ち、治ったはずの不整脈が蘇る。


(まったく……持ち主の言うことをきかない心臓ね!)


 コントロールできない感情の嵐の中、私の長かった一日は終わりを告げようとしていた。

 

 ……サボンの香りと、どうしようもなく甘苦い胸の痛みを残して。



いつもお読みくださりありがとうございます!

これにて第三章は終了となります。


次回最終章は、ヴィルヘルム王太子殿下視点からのスタートです。

最終話まであと少しですが、最後まで楽しんでもらえると嬉しいです。

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