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第2話 春呼ぶ公爵さまの深き悩み

 私たちの国、アデスグラント王国では月に一度首都ゼステリロ=ルカスにある王城で行われる貴族会議がある。

 王国内の伯爵以上の爵位を持つ貴族が集まり、あーでもないこーでもない……じゃなかった。厳かに近況を報告し合うのが貴族会議だ。

 

 今日はその会議の日、城から帰宅した父に私とアルは執務室へと呼び出されていた。

 

 この部屋に来たのはいつぶりだろう。子供の頃はよく、仕事をする父の邪魔をしに来ていた。

 部屋の奥に鎮座しているのは、温かみのあるマホガニーでできた両袖机。

 私たちラインフェルデン家にとっては思い出深い机でもある。

 

 私とアルフレートがまだ三つ四つの頃、二人でかくれんぼしていた時の話だ。

 アルが鬼の最中に発作が来て倒れてしまった。そんなことは全く知らなかった私は、この両袖机の下にずっと隠れていたのだけど、いつしか待ち疲れて寝てしまい……。

 

 やがて姿の見えない娘に気づいた両親が、

 

 「シャルロッテが行方不明になった!」

 

と家中のものを総動員して、屋敷内はおろか領地の隅々まで探し回ったそうだ。

 

 結局真夜中になって、空腹で目覚めた私がひょっこり現れたことで大捜索隊は解散した。もちろん母からは雷が落ち(言葉通り、庭園の楡の木も真っ二つにするほどの雷だった……)、その後かくれんぼをする時は三人以上で行なう、という約束ができたのだった。

 

 隣を見るとアルと目が合った。

 

(アルもあの時の雷を思い出してたのかな?)

 

 ふふっと二人同時に笑みが溢れる。こういうところが、私たちやっぱり双子なんだ、って思わされる所以なのだ。 

 

 私たちを呼び出した父はといえば、普段の柔和な表情とは打って変わって随分と難しい表情をして、その両袖机に肘をついて俯いていた。

 父の隣にいる母も、いつもは凛とした輝きを見せるアイスブルーの瞳に影を落としている。

 

 会議から帰って来た父のこんな顔は見たことがない。

 父と国王陛下は同い年で同じ学園に通っていた、いわゆる学友。いつもなら、会議後にワインなどを飲み交わし、ご機嫌で帰ってくるというのに。

 

 痺れを切らした私が、

 

「お父さま、何かあったのですか?」

 

そう尋ねると、父は意を決したように重い口を開いた。


「……アルフレート、体の具合はどうだ?」

 

「今月の発作は収まりました」

 

「その発作は来月突然なくなったりはしない……のだな?」

 

「え? はい、恐らく」


 父の眉間にはますます深い皺が刻み込まれる。

 

「シャルロッテ、刺繍の腕前は上がったか?」

 

「まさか! でもアルの刺繍の腕前はすごいのよ。蝶も鳥も鮮やかで、まるで生きてるみたいなの。職人並みの出来映えなんだから!」

 

「そうか、アルフレートの……。で、剣の腕前はどうなのだ」

 

「父上、ロッテは先日王都で暴漢を倒し、首都警備隊に引き渡したそうですよ」

 

「ふむ……そうであったな。アルフレートの方は剣の練習をしているのか?」

 

「え、僕のですか? それなら……」

 

「アルは剣を握っただけでも熱が出てしまうわ、お父さま」

 

「ちょっとロッテ、さすがに握っただけでは熱は出ないよ」


 アルの的確な指摘にも父は、

 

「そうであったな……」

 

と先ほどと同じ気の抜けた返事と、深いため息をひとつ吐いた。

 

(これは重症だわ……)

 

 父にはたとえ雪が降っていても、花を咲かせることができる魔法がある。

 通称『春を呼ぶ魔法』そのもののように、いつも父の周りの空気は優しい暖かさをはらんでいた。

 だが、今の父はどうだ。真冬でさえも逃げ出しそうな顔色をしている。


「お前たちは、最近のフロリアン様に会ったことはあったか?」

 

 フロリアン様は国王陛下の第一王女だ。

 国王陛下には二人のお子様がいる。王太子であられる、ヴィルヘルム・フリードリヒ・シュヴァルツヴァルト様。その妹君がフロリアン様だ。

 

「今年の新年のパーティでご挨拶しました。確か今は、九歳……」

 

「今年八歳になったばかりなのだが、刺繍がご趣味らしく、ご一緒に楽しめるような歳の近いご友人を探してるそうなのだ」

 

 アルは小首を傾げた。

 

「貴族のご令嬢にその年頃の子はいなかったはず……」

 

 それは男なのに全く不自然さを感じさせない、可愛らしい仕草だった。

 アルは見た目のたおやかさだけでなく、仕草も可愛らしいのがずるいと思う。

 

 でもアルは可愛いだけじゃない。

 貴族社会の情報にも通じてるのには只々尊敬しかない。

 

(私なんか未だに「足を広げて座らない」ってお母様に叱られてるし、貴族は……。うん、強くてカッコいい騎士団のことしか知らないわ)


 私が一人ツッコミをしていたその間も、父とアルの会話は続いているようだった。

 

「そうだ、一番近くてお前たち二人、もしくは……」

 

「一つ上のエデルガルト・アーレンベルク嬢、アーレンベルク公爵家の次女でしたね」

 

(エデルガルト!)

 

 彼女のことは私もよく知っている。

 父と共に母を取り合ったと言われているアーレンベルク公爵家。

 父にとっては因縁の相手だけど、私にとっても気になる相手だった。

 ……つまり、よくない意味で。

 

 透けるような白さの肌に、プラチナと形容していい美しく細い髪。

 形のいい群青色の瞳は、私を見ると少しキツイ視線になる。

 

(あの良い子ちゃんてば、『もっと淑女らしくしたらどうなの?このままでは家名の名折れですわよ』……なんて、会うたびにお説教してくるのよね)


「なるほど……父上としては、フロリアン様の相手にシャルロッテを推したいんですね」

 

「へ?」

 

 急に私の名前が出てきて、現実に引き戻された。

 

「それだけではないのだ。エデルガルト嬢の兄である、ミヒャエル殿が近衛騎士団に入ることになった」

 

「でも僕では年齢が…」

 

(近衛騎士に入団できるのは十八歳から。アルはまだ十五だし、さすがに無理矢理入れられることもなさそうね)

 

 父も断る理由ができていたのか、と私はほっとした。


「それが……近頃の陛下は公爵家の均衡に過敏になっていてな。差がつくのはよくないとアルフレートを王太子殿下の護衛騎士に、シャルロッテをフロリアン様のご友人に抜擢してくださることに……」

 

「そんなのぜったい無理よ!」

 

「それは確実に無理ですよ!」


(そうよ、アル! 騎士は無理だってちゃんと言ってやりなさい!)

 

「シャルロッテに刺繍は無理です。筆記体はのたうち回る虫のようですし、花なんか爆発した後の砲弾の欠片に見えるんですよ」

 

 アルフレートは薔薇色の唇から、淡々と失礼な言葉を吐き出した。


「ちょっと! アル!」

 

(後ろから味方に斬りつけられた気分だわ! それに、)

 

「あれは花でも砲弾でもないわ! 犬よ!」

 

「……!」

 

 アルフレートは目を見開いて絶句している。

 

 さすがに少しショックだったけど、私はお姉ちゃんだから許してあげるわ。

 

「お父さま、アルフレートの細腕に剣は無理です。剣を握っただけで倒れると言ったばかりじゃないですか」


(そうか……。父の悩みって国王陛下の善意の無茶振りだったんだ)


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― 新着の感想 ―
「あれは花でも砲弾でもないわ!犬よ!」で笑いました。 双子の掛け合いがテンポ良くて、国王陛下の無茶振りも含めて続き気になります!
ば、爆発した後の砲弾の欠片……!? 逆に凄いのではないですか!?笑 続きが楽しみです!
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