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第19話 行きましょう、ロッテ様

 私は初めての感情を押さえ込もうと俯いた。呼吸を整えるために、ふぅぅー、と息をなるべくゆっくりと吐き出す。

 その間王太子は、マリアさんに例の提案を持ちかけていた。


城下町(ここ)に馴染むような衣装を、アルフレートに見繕って欲しいんだ」

「平民に、ってことですよね?無理ですよ」

 乳姉弟からの気安さからか、王太子殿下の言葉をマリアさんはピシャリと跳ね除けた。


 そして私を見ると、

「こんなに美しい男性は街にはいませんもの」

ほぅ、とため息を吐く。


 美しい……護衛騎士になってから、王太子宮の侍女達のお陰で耳慣れた言葉になってしまった。とはいえ面と向かって言われるとやっぱり面映い。

 だがしかし、美しいというなら王太子こそ、である。

 

 そっと隣の王太子を見上げてみる。

 形のいい額からスッと通った鼻筋、微笑んでいるような口唇。キラキラと輝く柔らかそうな金色の髪、それと私を見つめる空色の……。


(え?見つめる?)


 王太子殿下は私を見つめていた。優しいいたずらっ子の瞳で。

 何かを訴えるような視線に、私の心臓がどくん!と飛び跳ねた。その強請るような瞳に、この数時間で私はとても弱くなってしまったらしい。


(王太子殿下の魔法は魅了の魔法なのかしら……)


「ね?アルフレートは了承済みだよね」


 しまった。ぼんやりしている間に、二人のやりとりを聞きそびれてしまった。

 とはいえ、マリアさんとのやり取りなら、危険なことはないだろう、と思い、


「はい!」


と元気よく答えた私は、すぐに後悔することになる。


「わかりました。腕によりをかけて、アルフレートさまを目立たない娘さんに仕立ててみせますわ!」

 そう口にすると、マリアさんはニコニコしながら腕をまくりはじめた。

 

 え!……と青ざめたところでもう遅い。

 私は為す術もなくマリアさんに引っ張られ、店舗へと連れて行かれたのだった。


 ♢


 マリアさんに連れて行かれた店舗は、意外なほど広かった。

 住居側の、作業場のような雑然としたスペースとはまるで違い、外からの光が入るように設計された室内には、華やかなカラーのドレスが陳列されている。

 

 マリアさんのブティックに置いてあるものは、中下位貴族向けのドレスが多いようにみえた。

 聞けばマリアさんは自身が子爵の次女だそう。

 元々商売に興味のあった彼女は、商家を営む新興貴族の三男に嫁いだらしい。


 いずれは庶民向けの服も扱いたいとのことで、今は貴族向けのドレスの販売だなけではなく、庶民の晴れの日用のワンピースやスーツなどの貸し出す商売もしているようだった。

 もちろんこの話は何もしないで得た情報ではない。

 

 ……そう、マリアさんの話を聞かせてもらっていた約半刻の間、私はありとあらゆる庶民の女性の衣装を着せられていた。

 ある時は農家の娘、ある時はパン屋の店員、そしてある時は女学生。しかしマリアさんはどれもしっくりこないようだった。

 

 首を傾げながらマリアさんが最後に選んだのは商家の娘のドレス。生地などは貴族に比べると地味目な色使いだが、スカートは短く、フリルもふんだんに使われていて、デザインの自由度が高く見えた。


 次に私は隣の部屋にあるパウダールームに連れて行かれた。

 ドレッサーの前に座らせられると、スキンケア、ベースメイク、ポイントメイク、と段階を踏む度マリアさんに、

「ダメだわ。美しすぎて庶民にならない……」

という言葉をかけられ続けてていた。


 多分それは私が《アルフレート(見た者)になれる魔法》を使っていたからだと思う。

(あの子は睫毛が長いからね)

 

 そういえばこの日、私は登城して初めて魔法を使った。着替えを手伝ってもらっている時と、メイクの時……、世界一くだらない使い方だなんて、笑わないで欲しい。

 

 ……私もそう思うわ。


 ♢


「どこからどう見ても、商家(いいとこ)のお嬢様ですよ!」


 私たちは店舗から住居に戻ってきていた。

 アルフレートが聞いたらひっくり返りそうなことを口にしながら、マリアさんは自慢げに王太子に私を披露する。


「本来ならもっともっと美しくできるところを、地味に地味にを目指してメイクしました。変装をということでしたので、眉を太めに、それからそばかすと眼鏡で野暮ったくしてあります」

 

 マリアさんが、

「プライドと依頼の板挟み……苦渋の決断でしたわ」

と呟いた後にギリリっと奥歯を噛みしめる音がしたが、私は聞こえないふりをする。

 

 やっと妥協点を見つけたのに、下手を打ったらまたやり直しになってしまう。


「これは……」


 王太子殿下は私を見つめて固まっている。男のくせに女装が似合うね、とでも言われるのかしら。

 残念ながら私は女です、とは口が裂けても言えないし、本当に女装している公爵家の令息(アルフレート)は、あなたの妹君と刺繍に勤しんでます、なんてことは輪をかけてもっと言えない。


「とっても可愛いね……」

「私は男です!」


「「……え?」」


 噛み合わない私の返事に王太子が、予測していなかった言葉に私が、それぞれ声をあげる。

 

 可愛いと聞こえたけど気のせいだろう。

 マリアさんのメイクの腕は、私の侍女(エマ)に負けて劣らずだった。確かに、太めの眉もそばかすも眼鏡も、ついでに編み込みの三つ編みが施されたミルクティーカラーのウィッグも、アルフレート()の面影を薄めている。


 それなのに、王太子の口から『可愛い』なんて言葉が出るわけがない。


「いや、えっと……」

 見上げると王太子は困ったように口元を押さえていた。

「キミが男だというのはわかっていて、失礼なことを口走ったのもわかっているんだけど……とてもチャーミングでつい……」


 なるほど……。貴族の男性たちは、目の前にいる女性を立てるように教育を受けている。それはもちろん王族も同じだ。むしろ貴族たちの模範となるように王子殿下も育てられているのだろう。


(だとしたら、ノって行かないほうが失礼なのかも)


 よし、とばかりに軽くカーテーシーを披露しながら、

「ありがとうございます、光栄ですわ。王太子殿下」

と返したところで、マリアさんが噴き出した。


「アルフレート様、街の娘たちはそんな大仰なことはしませんわ」

「え?ではなんと?」

「ふつうに、『ありがとう』だけでよろしいんですよ」

「承知しました!ありがとうございます、マリアさん」

「それから、アルフレート。王太子殿下はダメだ。誰が聞いているかわからない」


 次は王太子から指導が入る。

 今日はどうもダメ出しばかりだ。

 

「では、なんとお呼びすれば……」

「ヴィル。親しいひとたちは、皆そう呼ぶよ」

「では、ヴィル様」

「様は無しで。どう見たって、アルフレートの方が身分が高そうだ」

「そうですね……」

 マリアさんも殿下の言葉に小さく頷いた。

 

「どこぞの商会のお嬢さんと、下働きの少年。コンセプトはそんな感じでいいのでは?」

 マリアさんの言葉を受けた王太子殿下はニヤッと笑うと、

「様は付けないで呼んでみて」

などと、意地の悪いことを言ってくる。


「っんー……ヴィルさん!……これ以上は譲れません」


 王太子殿下は不満そうに唇を尖らせているけど、呼び捨てなんて出来るわけないじゃない。


「ヴィル様、この可愛らしいお嬢さんを男性名で呼ぶのもちょっと……」

 マリアさんはコンセプトにだいぶ拘っている。

「そうだね、じゃあ君の双子のお姉さんから名前を借りよう。確かシャルロッテだったから……シャル……うん。ロッテで!」


(ダメすぎる!)


 いくらなんでもそのまますぎる名前に、私は衝撃を受けた。

 それはアルフレートじゃなくても、ダメってわかる。

 アルとの入れ替わりの意味も、男装の意味も、女装の意味も、変装の意味もゼロになってしまう!


「あの……それはちょっと……」

 言い淀んでいると、

「ヴィル様は下働きの少年なんですからね。『ロッテ様』ですよ!」

水を得た魚のように、マリアさんがキラキラした顔で参加してきた。

「確かに!今日のマリアは冴えてるね」

「いつもですよ、ヴィル様!」


 口を挟む余地がないほど息がぴったりな二人を見て、私はげんなりする。

(血が繋がってない乳姉弟でも、似るものなのかしら)


「では行きましょう、ロッテ様」

 王太子殿下はくるりと振り返ると、私へと向き直った。

「どこへでしょうか……?」


 もうなんとでもなれ!

 覚悟を決めた私に王太子殿下は甘やかに微笑う。


「勿論デートだよ」

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