第15話 追跡
ライマーとの決闘翌日……つまりはロイス伯爵家の事件が明るみになった翌日、王宮では蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
もちろん事件の現場となった王太子宮でも騒然たる雰囲気だったが、王宮のそれとは違い、ソワソワとした、妙に浮かれたような空気感だった。
その理由のひとつは、王太子殿下と護衛騎士団の活躍によって密輸入ルートを防いだこと。
もうひとつは新入りの公爵家の双子がロイス伯爵家の次男ライマーとの決闘を制し、事件の解明に一役買ったことだ。
そのお陰で私は、暫く何をするにも注目を浴びてしまったのだが……。
ある時は王太子殿下と一緒に廊下を移動しているだけで、侍女たちから好奇の視線を向けられたり、またある時は剣術の練習中に手の甲で額の汗を拭っただけで、どこからともなく黄色い声が飛んできた。
そしてまたある時は、昼食時に配膳の侍女が落としたナプキンを拾い上げて手渡したところ、侍女はナプキンを握りしめたまま失神してしまった。慌てて彼女を抱き留めて事なきを得たが、今度は私の周りでバタバタと倒れる侍女たちが続出した。
(仕事をこなしながら失神できるなんて。女子って器用すぎるわ……)
もう十日も経つというのに、今でも私の周りでは、熱を帯びたかのような賑やかさが続いていた。
その様子を目にする度に、王太子殿下と護衛騎士隊長のテオなどは面白そうにしているけれど、私が困惑の表情を浮かべているのに気がついたモニカは、トレードマークのおさげを揺らしながら、
「仕事に戻ってください!」
と侍女たちを散らしてくれている。
本当にモニカには頭が上がらない。
♢
「アルフレートは可愛いのにカッコいいから、みんなが気になるんだよな」
「可愛いのに強い。ギャップ萌えってやつだ」
今日も演習場での休憩中、慰めてるのか茶化してるのかわからないことを言ってくれてるのは、同じ護衛騎士のイーサンとノア。
あの日ライマーを取り押さえたふたりで、イーサンはルックナー侯爵家の、ノアはリーニュ伯爵家の次男だった。二人は領地が隣り合っていることと、同じ十八歳ということもあり気が合うようでいつも一緒にいた。
「今日だってノアなんか、アルフレートがビュンビュン動くから見失ってたもんな」
「こいつマジですばしっこ過ぎるんだって!けど速いだけじゃないじゃん?この前なんて、隊長の大剣を吹っ飛ばしてたんだぜ」
先日の模擬戦で私はテオドールの大剣を弾き飛ばし、彼との初めての対戦は私の勝利で終わった。
タイミングよくテコの原理に則ったということもあったし、それ以上に、
「あれはテオの本来の武器じゃなかったからだし……」
私は彼らにフェアじゃなかったことを説明をする。
黒のマウンテンゴート騎士団を擁するモンペリアル辺境伯。騎馬隊と、一部ドラゴンナイトが活躍する騎士団でのメイン武器は槍か斧だ。が、馬上で戦うことの少ない護衛騎士隊では、テオドールは大剣を使って演習を行っていた。
「いやいや、誰より小さいのに凄いよ、お前は」
離れた場所にいたはずのテオが、いつのまにか隣にいた。そんなテオは私の肩に腕をかけ、自分の方へとグイッと引き寄せる。
最初はこの距離感に慣れなかったけど、どうやらこれが男同士の付き合い方らしい。テオのところは三兄弟だから気安さは余計なのかもしれない。
淑女としては抵抗はあるが、慣れてしまえば気楽だった。
そして肝心の王太子殿下はといえば……。
「テオは余程アルフレートが気に入ったんだね」
とふわふわ笑っている。
「俺、うちでは一番下だから、可愛い弟が欲しかったんですよね」
首に腕をかけられたまま、テオに髪をわしゃわしゃと撫でられた。
「隊長、俺も可愛いですが?」
身を乗り出してイーサンが言えば、ノアも負けずに、
「テオさん、俺のがかわいいっ」
声をあげる。
「お前たちはゴツすぎだっつの」
ケラケラ笑いながらテオは拒否り、イーサンとノアは、
「ヒイキだー」
なんて唇を尖らせた。
ここ王太子宮では殿下を含めても私が一番年下なこともあり、日々このように無条件に可愛がられている。
そして最近の王太子殿下の様子はというと。
ロイス伯爵家の事件以来、城下へのお忍びは封印されていた。
しかしラインフェルデンの隠密騎士であるジェイの情報によると、過去の王太子殿下は短くて一週間、長くて十日に一度ほどの間隔で出かけているようだった。
そして今日はその十日目。
(今日はぜったい殿下から目を離さないんだから!)
私は全身の神経を尖らせて、王太子殿下に集中していたのである。
♢
事が起こったのはそれから暫くしてのことだった。
イーサンとノアが模擬戦を行い、テオが立ち合いをしている時のことだ。
私は試合を見ながら、チラチラと目の端で王太子殿下を確認していた。
すると王太子殿下は、休憩用のイスに座ったままかがみ込み、履いていたブーツの中から指輪のようなものを取り出した。
そしてそれを自分の指に嵌めた瞬間、姿が消えた……!
(これが、ジェイの話していた魔道具かしら)
さっきまでいた場所に王子は見えない。指輪にかけられた魔法の持続時間は短いと聞くけど、王太子宮を出るだけなら問題がない長さなのだろう。
私はあえて知らないふりをする。すぐに移動を始めれば、王太子殿下も不審に思うかもしれない。
私はジリジリした気持ちを抑えて、少しだけ待ってから立ち上がった。
(黙って行くのは、抜け駆けしてるみたいで護衛騎士隊には悪いけど……)
モニカには、
「お腹の調子が悪いから出てくる」
とだけ伝え、私も見えない王太子殿下に後れて演習場を出た。
王太子殿下がどこから出て行くのかは把握していた。
先日魔道具の話とともに、ジェイから聞いていたからだ。
最初は秘密通路のような場所があるのかと思っていたが、なんのことはない、先日ライマーと決闘したあの裏庭が鍵で、茂みの奥にある城壁に穴があり、王太子殿下はそこから出入りをしているようだった。
あの日、王太子殿下がすぐに見えなくなったのも、わかってしまえば不思議でもなんでもない話ではある。
壁の穴はちょうど魔弾銃が落ちたあたりにあった。もしかしたら、私が魔弾銃を蹴り飛ばしたとき、王太子殿下は内心ヒヤヒヤしていたのかもしれない。
茂みから魔弾銃が見つからず他の人が探索に入れば、抜け穴が見つかってしまったかもしれないからだ。
私は急ぎ足で、裏庭に近い通用口に向かう。もちろん門番はいるが、街へ買い物を頼まれた、と話したらすぐに小さな木製の扉を開き、通してくれた。
狭い扉から出て、深呼吸をする。
見上げればまだまだ空は高い。
抜けるような青さに、私は気合いと共に気持ちを新たにした。
(さあ、今日こそは王太子の護衛を完遂するわ!)
私は、王太子殿下が出てくる外壁へと向かった。
そこには外壁を取り囲むように綺麗に整えられた茂みがあり、ぱっと見では抜け穴には気づけないようになっていた。
抜け穴はちょうど細身の少年が出入りできるくらいの大きさで、私やアルフレートなら簡単に通り抜けられそうだけど、王太子殿下ではギリギリかもしれない。
姿を消すことのできる指輪は気配を消すことまではできず、音や匂いを感じることができると聞いている。
ジェイたち……隠密騎士たちが王太子殿下を追跡できたのも、それが理由だろう。
(王太子殿下はまだかしら。私の方が先に着いてると思うけど……)
暫く待っていても殿下の気配を感じられないことに、私は焦り始めていた。
(王太子殿下が通っているレストランに、直接行った方がいいのかしら……)
その時、微かだけど壁の向こうから、カサカサという茂みが揺れる音が聞こえてきた。
(いるわ!茂みの向こうに殿下が……!)
私は高揚感で震えそうになった。
控えめだったカサカサと言う音は、徐々にガサガサという大胆な音へと変化を遂げ……。
最後は、カツン、とレンガを踏みしめ立ち上がる靴音に変わった。
「参ったな……なんでキミがいるんだい?アルフレート……」
そしてヴィルヘルム王太子殿下が、私の前に姿を現した。
あの時の、初めて会った時と同じ庭師の格好をして。
少し困ったような眉をした、王太子殿下の鼻のてっぺんにはもちろん土がついていた。




