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第12話 一堂に会する

 勿論、私だって王太子殿下の顔くらいは知っている。

 ご挨拶したり遠目から拝顔する程度だけど、お会いすればわかると自負してた。

 でもまさか……、庭師の格好をしてるなんて考えてもみなかったから。

 

 殿下から頂いたお褒めの言葉には、とっさに、

「い、痛み入ります」

と答えるだけで精一杯だった。

 

「真面目くんだね」

 あはは、と綺麗な顔をくしゃりと崩して、楽しげに笑う王太子殿下が恨めしい。

 

(いやいや、殿下に対して他にどう対応すればいいのよ)


「ヴィルヘルム様、ライマーはどう致しましょうか」

 隣にいた隊長が示した先には、護衛騎士たちに確保されたままのライマーがいた。

「とりあえず、地下牢で待機してもらおうか。ロイス伯爵にも聞きたいことはたくさんあるし」

「そ、そんなあ……」

 ライマーは跪いたまま刈り揃えられた草を見つめるしかできないようだったが、すぐに立たされ、護衛騎士たちに連れて行かれた。


「アルフレート様、お怪我はありませんか?」

 連行されたライマーと入れ替わるように、近くまで来ていたモニカがおずおずと尋ねてくる。

 

「怖い思いをさせてしまって申し訳なかった」

 

 これは本心。

 剣だけなら自信はあったけど、魔銃を持ってるなんて。心配して着いてきてくれたモニカを危険に晒す前に、もっと自重すべきだった。


 が、モニカは、

「とんでもないことですっ」

前のめり気味に私の言葉を否定した。

「え……?」

「アルフレート様の身のこなし、ライマー様へのお言葉、どれをとっても……」

 

 モニカを見ると、小さな両手をぎゅっと握り小刻みに震えている。

 

「……モニカ?」

 

 心配になり呼びかけてみる。

 するとモニカは目をつぶって、深呼吸をひとつしたかと思うと、

 

「すっっっっごく、素敵でしたっ!」

 

ガバッと顔を上げ、ピカピカと輝く瞳でこちらを見つめてきた。


 ぶぶっ!

と、噴き出す声が右隣から聞こえる。

 どうやら隊長が我慢できずに噴き出したらしい。

「新人くん、熱烈なファンを手に入れたな」

「……え、と……」

 

 どう返事をしたものか、それ以前に隊長をなんと呼べばいいかと迷っていると向こうから、

「ああ、悪い」

と戸惑いに気づいてくれたようだった。

 

「俺はテオドール・モンベリアル。モンベリアル辺境伯の三男だ。よろしくな、新人くん」

 

 モンベリアル辺境伯といえば、現国王の叔父でもあり、勇猛果敢な騎士団で有名な「黒のマウンテンゴート」を有する貴族だ。

 

 隣国との境界地区であり、アデスグラント王国(この国)唯一の寒さが厳しい場所を領地にするモンベリアル家では、代々次男が王国の近衛隊長を務めている。

 そして険しい断崖絶壁でも自由に駆け回れる岩壁山羊の名を冠した「黒のマウンテンゴート」騎士団は、家長である辺境伯が率いていた。

 

(黒のマウンテンゴートにはドラゴンナイトもいるのよね。隊長と手合わせできる日が楽しみだわ)

 

 ……なんてことはおくびにも出さずに、私は挨拶を交わす。

 

「アルフレート・ラインフェルデンです。よろしくお願いします」

「ここではヴィルヘルム様のご意向で、家柄に(こだわ)らないようにしてるんだ。ライマーの奴は意味を履き違えてしまったが……というわけで、アルフレートって呼んでも?」

「はい!」

「俺のことはテオでいい」

「えっ、でも……」

 

 テオドールは三つ四つ年上に見える。隊長だし、ライマーですら「センパイ」って呼んでたのに?


「ライマーは勝手にセンパイって呼び始めたんだ。他の奴らも好きに呼んでるしな」

 人の心を読んだかのように隊長は笑って答えた。

 

「それに、俺だけアルフレートって呼び捨てにしてたら、モニカちゃんにぶっ飛ばされそうだからさ」

「そうですよ!」

 タイミングよく、モニカが握り拳を作った細い腕を振りかざすと隊長は、

冗談(ジョーク)だったのに!」

とのけぞってみせる。

 

 あまりに息の合った連携に、つい笑ってしまった。

 

「テオ、改めてよろしくお願いします」

「ああ!あとでさっきの二人も紹介するよ。それと、あちらが俺たちのボスのヴィルヘルムさ……ま……!」


 殿下の名を呼びかけたテオの動きがピタリと止まる。

 固まったテオの視線を追いかけると、先ほどまで木影にいた王太子殿下の姿が見当たらない。


「またやられた……」

 テオは呆然とその場にしゃがみ込んだ。

 

 まさか、これが。

(馬車の中でアルフレートが言っていた、王太子殿下はお忍びでいなくなるってやつ?)

 

 キョロキョロと見回してみたが、すでに王太子殿下の影も形も見えなかった。

 その代わりに、徐々に近づいてくる複数の足音が聞こえてくる。


 先頭には揃いの制服を着た騎士たち、そして先ほど会ったばかりの侍女長のウェーバー夫人がいた。

 その後ろには小さな女の子…恐らくフロリアン王女だろう……更には見知った二人の顔、エデルガルトと(シャルロッテ)と入れ替わっているアルフレートの姿があった。

 

 こうも揃ってのご登場となると、どこからか私とライマーの話が漏れたのかもしれない。


「テオ!決闘はどうなりましたか?」

 

 王女殿下の声は、心配そうな言葉とは裏腹に興味津々といった声色だった。

 

 テオはしゃがんでいた体をすぐに起こし、王女殿下へと跪く。

「決闘はアルフレートの勝利で終わりました」

 慌てて私もテオの後ろに跪く。それを見て王女殿下は私に尋ねてきた。

「体が弱いと聞いていますが、お強いのですね」

「いえ、ライマー殿が自滅したために勝てたようなものです」


 魔弾銃のことを口に出さなかったのは、私はロイス伯爵家に纏わる計画を何も知らなかったから。知らないことは口にしない方がいい。アルフレートならきっとそうするだろうと思ったからだ。


「そうなの?」

 王女が再び尋ねると、テオは、

「はい。偶然にもアルフレートの足がライマーを引っ掛けてしまい、運悪くライマーが転倒し、結果的にアルフレートの勝利となりました」

しれっと答えた。


 テオの言葉を聞いたフロリアン王女は一瞬目を丸くし、その後、ふふふ、と楽しげに笑い出した。

「偶然、ですか」

「はい」

「まあ、いいでしょう。それにしても双子というのは、こんなにも似ているものなのですね」

 

 フロリアン王女は、私と私と入れ替わっているシャルロッテ(アルフレート)を見比べた。

 そこで私も改めてアルフレートに目を遣ったわけだが、彼は実に優しげに微笑んでいた。


(アルフレートってば、めちゃくちゃ怒ってるな。当然か……)

 

 私には怒ると逆に笑ってしまう癖がある。そんなところまで擬態してくるなんて、双子の片割れとは言え完璧がすぎる。


「私だったら、」

 フロリアン王女は無邪気な声で続けた。

 

「私がもし双子だったら入れ替わって楽しみたいけど、あなた達はそんな遊びはしないのかしら?」


 突然王女に核心をつかれ、ひゅっ、と喉が鳴ったのがわかった。

 まさかバレてるとは思えないが、額にじわりと嫌な汗が浮かんでくる。

 

(いや、バレてるのかしら。精霊のご加護ってそんなことまでわかるの?)

 

 心臓は、持ち主の意思に反して、ドックンドックンと早鐘のように鳴っていた。

 すぐに返事をしなければ変に思われる。

 理解(わか)ってはいるが喉が詰まってうまく声が出せない。

 

(何か言わなきゃ!)

「あ……あの……」

 

「幼い頃は、時々入れ替わって家庭教師達を困らせてましたわ。でも最近では流石に子供じみた遊び(・・・・・・・)はしなくなりました」


 助け舟を出してくれたのは、アルだった。だが、

(子供じみた遊び!)

アルフレートの言葉が、私の心に、グサグサと突き刺さる。

 

 これは今でも週に一度はアルの格好をして街に出かけたり、屋敷内を闊歩している私への当てつけに違いない。


「まあ、そうなのね」

 フロリアン王女は、少し残念そうな表情をしてみせた。想像以上に好奇心旺盛な王女様のようだ。


 そこで、今まで黙っていたウェーバー夫人が初めて口を開いた。

「テオドール様。先ほどすれ違った者達から、王太子殿下もご一緒だと伺ったのですが……」


 夫人の言葉にテオが弾かれたように立ち上がる。

「申し訳ありません、つい今し方までいらっしゃったのですが……」

 

 テオの言葉を聞いた近衛騎士たちが騒ついている。そのうちの一人が城内に駆け出していくのがみえた。恐らくだが、捜索隊の準備に向かったのだろう。

 どうやら王太子のお忍び活動は、城の中では公然の秘密となっているようだった。


「兄がいつも苦労をかけてごめんなさいね」

 フロリアン王女がテオにかけた言葉は、八歳とは思えぬ、大人びた言葉で……。

 テオドールは再び跪き、王女殿下と視線を合わせる。

「勿体無いお言葉です。私達もこれから探しに行きますので、今日はこれにて失礼致します」


(待って、王太子殿下の居場所ならわかってるじゃない)

 

 私は朝、馬車の中で聞いたアルフレートの言葉を思い出していた。

 ラインフェルデン公爵(うち)の隠密騎士で、私の侍女エマの兄であるジェイ、彼がいつも王太子を守っていると聞いた。

 ジェイならきっと今も王太子の行方を知っている筈。


「あの……!」

「アルフレート!」


 テオに捜索の手伝いを申し出ようと声を上げた瞬間、アルに声をかけられた。

 振り向くと、心配そうな顔をしている。

「あなた、顔色が悪いわよ」

(え、すこぶる元気なんだけど……)

「病み上がりなのに無理をするから……」


 私の顔をした、アルフレートの眉頭が顰められる。

(余計なことを言うな、ってことね)


「そう言われれば顔色が悪いな。色々あったし、今日はもう帰った方がいい。明日詳しいことを話すとしよう」

 テオにまで心配されている。

 

 確かにいくら人手が欲しいからといって、王太子のことは大々的には探せないだろう。そこに今日入ってきた新入りがいたところで、かえって邪魔になるのかもしれない。


「シャルロッテ、あなたももうお帰りなさい。アルフレートには付き添いが必要でしょう?」

「私は大丈夫です。侍女(エマ)もいますし……」

「ありがとうございます!そうさせていただきます」

 

 できれば一人で帰りたかった私の心とは真逆に、アルフレートは嬉々としてフロリアン王女の心遣いを受け入れた。


(あー、絶望的だわ)


 帰りの馬車内で繰り広げられるであろう、大お説教大会はどうやら避けられそうもない……。

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