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第11話 王太子殿下

「アルフレート様!危ないっ」

 剣を抜き、距離を縮めてくるライマーにモニカが悲鳴を上げたあとも、私は妙に落ち着いていた。


 ここは裏庭だ。但しただの裏庭ではなく、王太子宮の敷地内にある庭園の一部だ。そんな場所で剣を抜くなんて、正気の沙汰ではない。

 衛兵に見つかったら速攻地下牢に連行、ロイス伯爵家にもお咎めがあるに違いないのに。


(決闘っていっても、ふつうは木刀でしょ)

 

 だが、この分だとライマーは木刀など用意していないだろう。


 ライマーは私に向かって剣を振りかぶると、斜め下の方向へと力任せに振り下ろしてきた。

 大振りすぎて隙だらけ。

 ブンっと音を立てて剣が空を切る。

 私はスッと身を躱すと、ライマーの利き足めがけて自分の足を差し出した。つまりは、足を引っ掛けてやった。


「うわっ!」


 ライマーは間抜けな声をあげて見事にすっ転ぶ。もちろん剣などは真っ先に手から離したようだった。

 騎士の風上どころか風下にも置けないヤツ。


(危ないから、拾っておこう)

 投げ捨てられた剣を拾うと、ささっと土を払い、暫くモニカに持っていてもらうことにする。

 

 ライマーはというと、未だに芝生に這いつくばってゼエゼエしている。ほんの少し走っただけなのに、よくも息を切らせられるものだと感心してしまった。

 

 うつ伏せに倒れたものだから、顔が痛い、だの、父上に言いつけてやる、だのと、なにか呪詛めいたことを呟いている。

(言いつけてみなさいよ。困るのはそっちなんだから)

 

 転んだと言っても質の良い柔らかな草の上である。歯が欠けたり、骨が折れたりはしていないだろうけど、鼻血くらいは出てるかもしれない。

 

「大丈夫ですか?」

 

 なおも立ち上がらないライマーが若干心配になり、近寄ってみる。

 すると突然、顔をすり傷だらけにしたライマーが、

「馬鹿が!」

 と叫びながら、ガバッと身を起こした。

 

(あら、自己紹介かしら)

 などと思いながら、ライマーの右手握られたあるものに気づいた私は、一瞬でも彼を気に掛けたことを後悔した。

 

 その手にあったものは、いわゆる魔弾銃と呼ばれるもの。

 魔力を込めた弾を弾倉に込め、引き金を引けば魔弾が飛び出てくるシンプル設計で、使おうと思えば女性や子供でも扱えてしまうだろう。

 

 ただし、弾丸の魔力の抽出元が他国の人身売買から成り立っていることなどから、我が国では持つのを禁止されていた。


「どうだ、うらなり野郎。ビビっただろ?」

 ライマーは薄い唇をペロリとひと舐めした。

 

 ビビっているのはライマーの方に見えた。魔弾銃を持つ手が、小刻みに震えている。

 いくら魔弾銃が引けば飛び出るシンプルな設計でも、手元がこうも定まらないとどこに飛ぶかわからない。

 

(万が一モニカに当たってしまったら……)

 

 後ろにいるモニカを思うと、流石に背筋に冷たい汗が伝わるのを感じた。

 

「……その銃は、輸入も所持も禁止されているはずですが?」

 

 ライマーの興奮を抑えるため、私はできるだけ落ち着いた声を出すように努める。

 

「羨ましいか。これは父上のコレクションのひとつなんだ。うちの父上はな、他国の貿易商と仲が良いんだ。こんな銃なんてうちには腐るほど有る。いくらお前の家が公爵家だからって、こんなものは持ってないだろ?」


(持ってるわけないわよ、密輸品なんて)

 

 ライマーは、聞いてもいないことまでペラペラ喋ってくれた。そんなまずい話を私なんかに聞かせてくれて良いのかしら、帰ったらみんなに言いふらすわよ。


(それにしてもロイス伯爵、息子(ライマー)に苦労させられていると同情してたら、ご本人もなかなかね……)

 

 以前ロイス伯爵と何度か挨拶を交わしたことはあるけれど、まさか魔弾銃の収集癖があるなんて。

 おどおどした彼の小さな瞳からは、あまり想像ができなかった。

 

 ハハハ、とライマーは上擦った笑い声を上げて、銃口をこちらに向けた。

「飾っておくだけじゃなくてさ、一度使ってみたかったんだよな」

「私を撃ったらすぐにバレますよ。魔弾銃といっても、動力は火薬です。弾丸には火薬が詰められているでしょう?硝煙反応で、誰が撃ったかなんてすぐに特定されます」

「えっ!そうなのか?」


 ライマーが驚いたように、手の中の魔弾銃を見つめる。その時、握っていたグリップの力を緩めたのがわかった。

 

(今よ!)

 

 私は勢いをつけると、ライマーの右手を思いっきり蹴り上げる。

 するとポーンという音と共に魔弾銃は空高く跳ね上がり、やがてポスッという音を残して遠くの茂みに落ちていった。

 

「……というのはウソです。魔弾銃の動力は魔法ですよ」

(魔力が詰まっている弾に、火薬を詰めるなんて無意味じゃないの)


 呆然とするライマーの手首を取り、後ろに捻りあげる。袖越しにも彼の湿っぽい手を感じて気持ち悪いけど……野放しにもできないので仕方がない。

 更には片膝に体重をかけ、背中をぎゅうぎゅう押し込んでやった。

 

「いた、いただだだ!やめろ!」

「モニカ!衛兵たちを呼んできて欲しい!」

「は、はい……!」


 私の指示を受けたモニカが、来た道を駆けて行こうとした瞬間。


「その必要はない!確保っ……!」

「はい!」


 合図とともに木陰から現れた二人の青年が、あっという間に私の代わりにライマーを押さえ込む。

(何事なの?)

 そして、恐らく合図を出した青年が、ライマーの前に立ち塞がった。


「センパイ!俺悪くないです!こいつが全部…」

 押さえ込まれたままで、ライマーが私を睨みつけてくる。

「残念だけど、最初から張っていたんだ、お前のことを」

 彼の抗議はあっけなく一蹴された。

 

「誤解です!俺は何も……」

 なおも往生際悪く食い下がろうとするライマーだったが、

「お前、以前も魔弾銃を持ってきてただろう?それをチラッと見かけた奴がいてね」

呆れ声をしたセンパイの追撃に、とうとうがっくりと項垂(うなだ)れた。

 

 ライマーにセンパイと呼ばれるということは、彼らは護衛騎士たちなのだろう。ライマーを押さえ込んでいる二人が隊員、そして指示を出している青年が噂の隊長だろうか。

 

 隊長の背は高く、制服を着ていてもガッチリとした体格なのがよくわかる。瞳の色は深いグレー。髪はブラウンの短めな癖っ毛で、サイドや襟足は浅く刈り上げていた。王都では流行りの髪型だ。


「魔弾銃なんてヤツは、お前一人で手に入れられるものじゃないし、お前のお父上にも兄上にも監視がついていたんだ。でも証拠がなかなか出なかったからさ」

「そんな……」

 ライマーは可哀想なほど青ざめていた。


「今日は新入りくんが初めて来る日だし、敵意剥き出しのお前なら、謹慎を破ってまで何かやらかすんじゃないかと思ってたら案の定だ……」

 

(私は囮にされたってこと?)

 正直面白くはない。だが不満を顔には出さないように、疑問をぶつけてみる。

「王太子殿下とお出かけになられたと伺ったのは……」

「それも作戦。でもモニカちゃんが廊下でヴィルヘルム様に気がついたろ?その時点で出かけてないことはキミにも伝わってると思ったんだけど」

「王太子殿下に?」


(王太子殿下に会ってるってこと?廊下で?いつ?)

 記憶を辿ってみたけどさっぱりわからない。すれ違ったのは数人の侍女たちと……。


「おーい!証拠見つけたよー」

 ピリピリしたこの場所にそぐわない、のんびりした声が背後から聞こえた。 

 振り向くとそこには王太子宮の廊下で会った、庭師の少年がいた。

 

(そうそう、彼にも会ったわね。薔薇は生き返ったのかしら……って、え!)

 

 その彼が、無造作に掲げているものが魔弾銃だということに気付きギョッとする。

(ちょっと!適当に扱ったら危ないわよ)

「危ないで……」

「ヴィルヘルム様!」


 慌てて声をかけようとする私の声を、嬉しそうな隊長の声がかき消した。

 

(……ヴィルヘルム様、ですって?)


 隊長が口にした名前は、王太子殿下の名前だった。

 

 ヴィルヘルム様と呼ばれた少年が被っていた柔らかそうな帽子を外すと、ふわりと黄金の髪がこぼれ落ちるのが見えた。

 きっと今はもう、鼻のてっぺんに土などはついていないのだろう。

 

 先ほど会った時と同じ、ホリゾンブルーの瞳を細めて王太子殿下が笑う。

 

「アルフレート、剣を抜かないのに見事だったよ」

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