1話
ここは神界、八百万の神々の住む理想郷である。
神とは知的生命体による信仰、つまり想いの力によって生まれる存在であり、その力が強いほど神の力も強力になる。
いつしか神々はより効率的に信仰を集める為に、自らが統べる小さな世界、箱庭を創るようになった。
神々はそれにより強大な力を持つようになる。
神々はその力を持って不自由の無い暮らしを送っていた。
しかし、そこで問題が起こった。
強大な力を持った神々は他の神々を支配したり、自分が優位に立とうと思うようになった。
そのいざこざは次第に大きくなり、遂には自分達の根源である知的生命体の居る基底世界にまで及んでしまった。
絶滅の危機に瀕した神々は争いを止め、互いに協力して基底世界を何とか復興させた。
神々はこのような惨状を二度と引き起こさないために自らに呪いを掛けた…………。
「…………そして、その呪いってのが定期的に自らの力を分け与えた新たな神を生んでしまうってのと、箱庭が一定期間でリセットされてしまうっていうもの、そして最後に、神々同士が直接争うことは出来ないっていうものね。」
教鞭を執るのは『教育』の神である黒髪を後ろで綺麗に束ね、眼には眼鏡をかけたさっぱりとした容貌の女神だ。
ここはゲッター学園。神々が良識を学び、力をつけていく場所である。
神々は神々同士が直接争うことは出来ないが、直接でなければ争うことができる。
その為、神々は箱庭同士を使って争うことにした。
箱庭が強くなればその分神も強くなるため、みんなこぞって争いあうのだ。
その時、相手を打ち負かすことの出来る力を得るため、また、無謀な争いをして搾取されない為にもこの学園で学ぶ必要があるのだ。
生まれて間もない僕は少し混乱しながらもこの学園に連れてこられ、こうして一般常識を学ばされている。
「どう、理解できた?」
「あ、はい」
「あら、近頃の新神にしてはちゃんと知能があるみたいね、最近の基底世界では産業革命だか科学革命だか色々起きてるせいで力の弱い新神が増えてたから助かるわぁ」
女神はそう言って伸びをする。
その所作からは少しの疲れが伺えた。
新神とは他の強大な神から生まれた神ではない、基底世界で新たに生まれたものなどへの、想いで生まれる神である。
対称に、他の強大な神から生まれた神は継神、または単に神と呼ばれる。
継神は基本的に元々一定の力を持っているためきちんとした知能を持っている。
また、親となる神からある程度の教育も受けたりするため、学園に来るまでにある程度の常識は持っている。
しかし、新神は生まれたての頃は力が弱いものも多く、教育をしてくれるものも居ないため、すぐにこの学園に連れてこられ、一足先に常識を学ぶという授業を受けさせられるのだ。
「それじゃ…………えっと、なんと呼べば?」
「先生で良いわよ」
「では、先生、僕はなんの神なんですか?」
継神とは違って新神は自分がなんの神なのか分からない。
自分がなんの神なのかを知るというのとは自分の力にも繋がるらしいので、早めに知っておくべきことだろう。
しかし、反応は芳しくない。
女神は少し唸ってから言葉を発する。
「それがね……分からないのよ」
「え、それってどういう……?」
「基本的にはね、新神っていうのはなんの神なのか分からないものなの、けど、新神は継神よりも概念そのものの特色が見た目に色濃く出てくるから、それと基底世界で新たに生まれた概念とを比べて何の神なのかを判断するのよ、だけど…………」
女神は僕をぐるっと見回す。
「うん、特徴無し! 分からないわ!」
「えぇ……っていうか、それってちょっと不味くないですか?」
「うん!」
女神はあっけらかんと返す。
自分が何の神なのかを知るということは箱庭を作ったり、更には他の神と争う時にかなり重要なファクターとなるため、それを学んでいく必要があるという説明をさっき受けたばかりだ。
だけど、それが分からないとなるとそもそも学ぶも何も無いというか…………。
ただ、目の前の女神の態度からしてもしかすると割とよく起こることなのかもしれない。
それだったらそこまで心配する必要は…………。
「うぅん、珍しいわねー、私の受け持ったことのある神だと初めてだわ………」
うん、終わったかも。
僕はこれからの未来を考えて憂鬱になった。
弱い神と言うと基底世界での存在感も薄い存在という訳だ。
そうなればなにか行動を起こさなければその信仰は途絶えてしまい、力を失う。
一応箱庭を運用することによってある程度の力を得て生き長らえることも出来るが、弱い神の箱庭などたかが知れており、基本的には存在ごと消滅してしまうらしい。
逆に箱庭の運営が下手な神も消滅してしまう危険性があるらしいし、どっちにしろ僕はおしまいだ。
「えぇっと、まぁ、元気だしてよ! そ、そうだ、等級の鑑定がまだだったよね、そこである程度の等級があれば少なくともすぐ消えちゃうようなことは無いから!」
「そ、そうなんですか!?」
「うん、等級は1~9まであって、等級が大きい程自分の力を箱庭に注ぐことが出来るの、だから自分の力が何なのか分からくても何となく箱庭を繁栄させることが出来るのよ」
そうか、それならば何とかなるかもしれない。
何とか箱庭を使って生き長らえ、その間に自分が何の神なのかを知ればいい。
はぁ、一時期はどうなる事かと思ったけど、何とかなりそうだな。
「それじゃ、善は急げよね! 早く鑑定しにいきましょ!」
「あっ、ちょっと!?」
女神は僕の話を聞かずに手を引いて走り出す。
先程まで居た小さな教室のような部屋を出ると石畳の長い回廊が姿を現した。
壁面には僕達がでてきた扉と同じような扉が両面に等間隔で存在し、どうやらここら辺は小さな教室が沢山ある場所のようだ。
整然と並ぶその姿はここが本当に神々の学園なのだということを物語っているようだった。