聖母様、アマン・ルーア
「ルーア様、お目覚めになってください」
ウグイスのような声が、私を呼んで━━━などいない。
ルーアって誰だ。私は、那月薫と言うOLで、 DV夫と暮らしてて、それで━━━死んだのか…?
私は観念して目を開けた。
どこ、ここ。
宮殿のような豪華なつくりの部屋。
シャンデリア、緑の目の召使い、金髪の髪。
明らかに異国だ。
というか…
「聖母様は、寝坊してはいけません」
聖母…?
ここは、異世界なの?
私の体は明らかに小さくて、16歳くらいの小柄な少女のようだった。
私の髪はとてもしなやかで、金色だ。
姿見には青い目を丸くして驚いている私がいる。
アマン・ルーア。
それが私なのだと、召使いはいうのだった。
異世界転生、なんてものが存在したのか。
変な気分だった。
だって、さっきまで私は会社にいて…
いや、帰る途中?それとも、家だっけ…?
寝起きのせいかそれ以外か、上手く頭が回らない。
心なしか後頭部に痛みを感じる。
…あの野郎マジで!
正直、いつ別れようかと思っていた。
彼のDVはいつものことで、殴るのも、蹴るのも、いつもスーツで隠れる場所だった。
ぶっちゃけ離婚するにあたった難点はバツイチがつくぐらいにしか考えていなかった私を殴りたい。
いくらなんでも考えが容易すぎる。
ただここは…
くどいくらいに飾られた見覚えのない部屋、
見覚えのない使用人に、見覚えのない容姿!!!!
まぁ、みるからにね?裕福そうだしね??
混乱して、変な言葉をくりかかえす。
「幸せなのかなぁ…」
思わず口に出てしまい召使いに少し気味悪がられる。
ただ、踏んだり蹴ったりだった那月薫の人生に終止符を打ったのであれば、アマン・ルーアという少女として、新たな人生を歩んでいくのは悪いことではないような気がしてきたのだった。
なんなら、こっちの方がいいかも知れない。
なんてったって、王族の末っ子、聖母ルーアなんだから。
セクハラ上司も、不倫同僚も、DV夫も、この世界にはいないんだ!
なんだかスッキリした。
前世で色々な問題に直面してきた私なら、この世界で、ましてや16の少女として、上手くやっていくことができるのではないか。
急に自信が湧いてきたのだった。
…しかし、今思えば、この時なぜこんなにもたくさん散りばめられた違和感に気づかなかったのか、本当に謎だ。
やはり、人生「イージーモード」の世界線なんて、
物語の中にしか存在しないのであろうか。