第7章:王子の資格
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「王子たるもの、国の利になる行動をせよ」
それは、幼い頃から幾度となく叩き込まれてきた言葉だった。
──だが今、レオンハルト・グランゼル第2王子は、王宮の応接間にて静かに首を垂れていた。
「本当に、貴様というやつは……」
老いた国王の嘆きの声が、低く重く響いた。
「せっかく外交の鍵となる縁談を結んでいたというのに、それを台無しにし、しかも公衆の面前で相手を貶めたと──どれほどの信頼を損なったか、分かっているのか?」
「……はい」
掠れた返事に、国王は苛立ちの声を上げた。
「それで済むと思っているのかッ!」
──リュシエルとの婚約破棄は、王国の信用を大きく損なう一撃となった。
彼女がルヴィア公国の次期公爵と婚約し、その後すぐにルヴィア公国の新しい交易協定が発表されたとき、王国内は動揺に包まれた。
国境地帯に拠点を持つ貴族たちが、こぞって騒ぎ始めたのだ。
「……一度失った信頼は、簡単には戻らん。今後、フェルナンデス侯爵家からの協力は得られないだろう」
「それだけでは済まないでしょう」
今度は、王妃が口を開いた。
だが、その声音にはかつてのような“溺愛”は、もはや感じられなかった。
「貴方が選んだイリーナ嬢も、既に学園で孤立していると報告がありました。あなたから聞いていた話と違うわね。家格も、学力も、社交も──どれも王子妃には不適格。お披露目の件が失策だったことは、貴族たちも理解しているでしょう」
レオンハルトは、無言のまま唇を噛み締めた。
(あの時は……確かに、彼女が正しいと思ったんだ。俺の思いを理解してくれて、寄り添ってくれたと……)
──でも、それは“自分を甘やかしてくれる都合のいい存在”を求めただけだったのかもしれない。
リュシエルの言葉は、いつも率直で、冷静だった。だがそれは、彼を否定していたのではない。ただ、真実を見据えていただけだ。むしろ、否定していたのは自分の方だった。認めたくなくて、知ろうともしなかった。
それに気づいたときには、もうすべてを失っていた。
「しばらく、公務からは外れてもらうことになる。……王族としての自覚を取り戻すまで、地方領の補佐官として修行しろ」
「……はい」
その声は、まるで別人のように弱々しかった。
──それから半年後。
第二王子は表舞台から姿を消し、「ルーン辺境領の補佐役」として行政仕事に追われる毎日を送っていた。
いかに外交が大切であるか、辺境にいると隣国との関係は特に深刻であった。民の苦情を聞き、記録を読みながら、彼はようやく学び始めた。
──王族として民に支持される行いをせよ。
──“与えられた立場”に甘えるのではなく、“支える者”であれ。
一度、すべてを見誤った彼は、今ようやく、本当の「王子の資格」に向き合い始めていた。
だが──
“かつての婚約者”リュシエルの名が、どこに行ってもついて回った。
彼女がいかに優秀であったか、日を追うごとに実感した。
それが彼にとって、取り返しのつかない“失敗”であり、唯一の後悔であり続けることだけは、変わらなかった。
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