第6章:私の、どこが悪かったの?
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「友人のいないあの人は、きっと私が必要なのよ」
学園に入ったばかりの頃、イリーナ・グレイスはそう信じていた。
──リュシエル・フェルナンデス。侯爵令嬢で、第2王子の婚約者。語学堪能で、完璧で、冷たくて、どこか浮いていて。
(あんなの、嫌われて当然じゃない。友達もいないくせに、妙に上から目線で)
入学初日、困っているふりをして声をかけたあの日から、イリーナの“物語”は始まった。
「親友ですの」と言えば、誰も否定しなかった。
「リュシエル様は勉強はできても、人の心がわからない子どもですわ」
と言えば、周囲は苦笑しながら頷いた。
彼女の傍で、自分が彼女のサポートをしているように見えるよう振舞った。
そのうち、王子殿下にも気に入られるようになった。
彼がリュシエルに抱いていた不満を聞き出し、さりげなく共感を示し、代わりに生徒会の仕事を引き受け──
(私は正しい。誰もがリュシエル様のことを知らないだけ。彼女の代わりに、私が愛されるべきなの)
──そう、信じて疑わなかった。
そして運命の夜会。
レオンハルト王子の婚約破棄の瞬間、イリーナは確信していた。
(勝った)
これで私は「新しい婚約者」になる。王妃様も見てくださっている。
あの完璧すぎて浮いていた女は、きっと明日から誰にも相手にされなくなる──そう思っていた。
だが。
「……ルヴィア公国、次期公爵とその婚約者、リュシエル・フェルナンデス嬢、入場!」
あの名前を聞いた瞬間、イリーナの視界が揺れた。
──どうして、リュシエル様が……? なぜ、公爵と……?
「彼女、あの国で有名なのよ。外交官の娘って、そういう意味だったの……?」
「王子殿下、ずいぶん見る目がなかったのね」
「むしろ婚約破棄してくれて助かったって、あの方思ってるんじゃない?」
聞こえてくる声は、すべてが逆風だった。
レオンハルト王子の腕も、もう自分を支えてくれなかった。
彼はリュシエルに視線を奪われ、イリーナなど視界にないかのようだった。
(……おかしい。おかしいわ……どうして、こんな──)
夜会のあとも、すべてが転がり落ちていった。
王子からの連絡はぱたりと止まり、王妃からも“しばらく表に出るな”と冷たく告げられた。
学園では「フェルナンデス様の婚約者を奪った悪女」として距離を置かれ、下級貴族だった家の立場は一気に悪化した。
社交の誘いは来なくなり、父が王宮への出仕を取り消されたという話も耳に入ってきた。
気が付けば王子との婚約の話は白紙となっていた。
そして──今。
「グレイス。おまえに縁談の話が来た」
屋敷の執務室で、父は冷たく告げた。
「第三地方の辺境領主、五男坊だ。過去は問わないということだ……貧乏だが、今さら文句は言えまい?」
イリーナは、震えながら口を開いた。
「どうして……私の、どこが悪かったの……? 私は、ただ……」
「“正しいことをした”と言いたいのか?」
父の言葉は、刃のように刺さった。
「お前は“隣にいた”才女を羨み、陥れ、王族まで巻き込んで自滅したのだ。……我が家も、道連れにして、な」
イリーナの視界が、涙で滲む。
誰もいない、誰も手を差し伸べてくれない部屋で、彼女はようやく知るのだった。
──“あの人”が、どれだけ本物だったかを。
──“親友”と名乗っていた自分が、どれだけ空虚だったかを。
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