第2章:仮面の友情、生徒会という檻
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リュシエルは「様子を見る」と言ったつもりだった。
けれど、それはイリーナにとっては「認められた」と同義だったらしい。
「今日も素敵ですわね、リュシエル様! その髪飾りは異国のものかしら?とってもお洒落!」
「授業前にちょっとお茶でもどう?“親友”として、色々お話ししたいことがあるの」
いつの間にか、“親友”という言葉が既成事実のように定着していた。
(……まあ、放っておけば自然と離れるかしら)
当初、リュシエルはそう高を括っていた。だが、イリーナは思った以上にしぶとかった。
いつも誰より早くリュシエルの傍に現れ、昼食時には当たり前のように隣に座り、社交の練習と称して一方的に話し続けた。
「リュシエル様って、本当に完璧。あ、でもちょっと怖いって噂されてますのよ。話しかけにくいって……。でも安心してください、私が架け橋になってさしあげますわ!」
それは、“私がいてあげる”という、甘くていやらしい支配の言葉だった。
(……この手の人、どの国にもいたわね)
外交の現場では、表と裏の顔を使い分ける人間にいくらでも出会ってきた。けれど、まさか学園生活の中で同年代の少女からそれを受けるとは思っていなかった。
そのとき、リュシエルは気づかなかった。イリーナが自分と一緒にいることで、周囲の視線がどう変わっていくかに。
ある日、リュシエルは特別教室の廊下で教師に呼び止められた。
「フェルナンデス嬢。王子殿下より直々のご指名がありました。生徒会に入るようにとのことです」
「……王子殿下、ですか?」
リュシエルは目を伏せた。レオンハルト第2王子──リュシエルの“婚約者”にあたる人物。だが、婚約の決定は王命によるもので、彼女と彼自身が言葉を交わした回数は片手にも満たない。
(……強制、ね。まあ、理由は想像がつく)
王子はきっと、彼女が授業にも顔を出さず、学園内で孤立しているように見えたのだろう。怠惰で、傲慢な“婚約者”として。
だがそれは誤解だった。
リュシエルが授業を免除されていたのは、入学前の試験で語学、礼儀作法、政略史、地理すべてにおいて最高点をたたき出していたから。そして現在も両親の外交業務の一部を手伝っており、学園外で実地の知識を得ていた。
彼女はすでに、「実践の世界」で生きていたのだ。
(……まあ、良いわ。形だけでも所属しておけばうるさくは言われないでしょう)
そうして渋々、生徒会に籍を置いたものの──
「フェルナンデス嬢、また欠席か。何もしていないのではないか?」
「そもそも来ても黙ってるだけですしね。やる気があるとは思えませんわ」
「本当にあれが、王子殿下の婚約者なんでしょうか……」
リュシエルが席を外した隙に、会議室に集まった生徒会役員たちはささやいた。
彼女が何も語らないことを、“無能”や“怠慢”と受け取る者たち。
さらに悪いことに、イリーナは生徒会の書類整理や庶務を申し出て、“リュシエルの代役”として認知され始めていた。
「リュシエル様、最近お忙しいでしょうから、私が代わりにご説明しておきましたわ!心配しないでくださいませ!」
「……勝手なことを……」
リュシエルはかすかに眉をひそめたが、もはや口を出しても「嫉妬」と捉えられるだけだとわかっていた。
そのうち、レオンハルト王子からも直接、冷たい視線が向けられるようになった。
「……結局、君は俺の婚約者の立場を、軽く見ているんだな」
「……」
(逆よ。そちらが“私”を見ようとしていない)
だがリュシエルは、何も言わなかった。口で言っても信じてもらえないと、外交の現場で嫌というほど学んでいたから。
──そうして、誤解と偽りが蓄積されていく。
やがてそれは、王宮でのある夜会で、一気に爆発することになる。
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