第1章:灰色の入学式と“親友”の始まり
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昼下がりの陽光が、白亜の学園の尖塔に優しく降り注ぐ。春の訪れを告げる花々が中庭に咲き誇る中、侯爵令嬢リュシエル・フェルナンデスは、無表情にその景色を見つめていた。
「やっぱり……退屈ね」
それが、彼女の素直な感想だった。
入学式は格式張っていたが、彼女にとっては目新しさもなかった。幼い頃から各国の高位貴族相手のイベントやお茶会に顔を出していた彼女にとっては、子供だましのような段取りにしか感じられない。
──リュシエルは、侯爵家の令嬢でありながら、異例の経歴を持っていた。
外交官である両親に連れられ、幼いころから各国を飛び回る生活。自然と各国の言葉を覚え、大人たちの会話に混ざって談笑し、気がつけば周囲は彼女を“小さなレディ”として遇するようになっていた。
だがその裏で、彼女には同年代との関わりがほとんどなかった。
だから──
「さて、どうやって距離を取るべきかしらね……」
学園生活においては、自分の振る舞いがどんな波紋を呼ぶのか、今ひとつ掴めずにいた。
周囲の少女たちは、興奮と不安とで浮き足立っていた。新しいドレスを自慢しあう者、貴族間の階級を探り合う者。そんな中で、ひとり戸惑った様子の少女が目に留まった。
──教科書を、ばさりと床に落としてしまった少女。
「……落としたわよ」
リュシエルはその子の前にしゃがみ、無造作に教科書を拾い上げた。
「あ……ありがとうございますっ!」
少女は慌てて顔を上げ、目を輝かせた。栗色の巻き髪、年季の入った刺繍の制服。見たところ、下級貴族の出身だろう。
「わ、私、イリーナ・グレイスと申しますの! あなたは……ええと……」
「リュシエル・フェルナンデス。侯爵家の娘よ」
「あっ……! やっぱり! お噂はかねがね!」
イリーナはぱっと頬を赤らめて言った。たちまち身を乗り出し、まるで初めて王族に出会った庶民のように舞い上がっている。
リュシエルは眉をひそめた。
(こういうの……ちょっと、苦手なのよね)
だが、これ見よがしに無視すれば、かえって面倒になる。それに、教科書を拾ったのも事実だ。
「よろしく、イリーナ嬢」
と、適当にあしらってその場を離れようとした──その瞬間だった。
「えっ、あの……もし良ければ、お友達に……!」
「…………」
(なぜ、そうなるのよ)
思わず溜息が出そうになる。だが、ここできっぱり断れば、それはそれで波紋を呼ぶ。仕方なく、曖昧に微笑み返してみせた。
「……まあ、様子を見ましょうか」
それが、リュシエルの運命をわずかに狂わせた一言だった。
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