その類の性
「よう、久しぶりだな」
信夜が顔を上げるとそこには見知った顔があった。信夜は開けようとした弁当を一旦置いた。
「久しぶりって言うほどでもないだろ」
信夜の目の前にいる彼は荒山裕平。去年の信夜のクラスメイトだ。
荒川はフランクな性格で高い背丈やその顔立ち、部活での活躍から学校内で注目度の高い生徒だ。
「それで俺に何か御用で?」
「別に用ってほどのものはないよ。部活の連絡しに教室に来たら一人だったから話しかけただけで」
「野球部のエースも大変だな」
荒川は信夜の言葉に愛想笑いを浮かべる。
荒川は信夜のいる学校の野球部のエースを務めている。
野球については詳しくないのでよくわからないがかなりの活躍をほぼ毎試合見せているらしい。「あいつがいないとうちはやってけない」とか言わせるほどの活躍とも聞いたことがある。
「これぐらいならどうってことないだろ」
屈託のない平気を訴える顔を荒川は作る。
正直雑用だと思うのが部活に所属している以上、義務だと思っているのだろう。
荒川はその力を見せびらかすこともそれを盾にすることもない。そういう驕らないところが荒川のいいところだと思う。自分の力なのだからもう少し自信を持ってもいいと思うところもあるのだが。
「今日は磯立はいないんだな」
荒川は教室の中を少し見回す。
信夜の席は廊下側の一番後ろ端の席。そのため少し振り返れば教室を一望することができる。しかし、今日はその中に磯立の姿はない。
それを理解した荒川は信夜に視線を戻した。
「今日は休んでるよ」
「珍しいな。あいつが休みなんて」
「そうだな。昨日からだからな」
磯立は信夜が知る限り基本的に休むことはそうそうない。いや、なかった。
信夜は何度か休んでしまったが磯立は去年皆勤賞だったらしい。
だからこそ今休んでいるという状況は心配を強める。できることならその姿を早く見せてくれると助かる。
「ああ、それでだったのか」
荒川は何か納得した表情を浮かべる。信夜はそれにすかさず「何が」と問いかけた。
それで納得されるようなものに信夜は心当たりがない。
「いや、昨日たまたま見たんだけどさ、昨日お前一緒に帰ってなかったなと思って」
「ああ」
信夜もなるほどと思わず声が漏れた。
確かに昨日は一緒に帰っていなかった。
どうやら荒川は信夜と磯立が一緒に帰っていることを知っていたらしい。授業が終わる時間は各クラス同じなのだから見られていたって何も不自然ではないが。
「そういえば、昨日は誰か知らない子と帰ってたな。誰?あの子」
何食わぬ顔で荒川は問いかけてくる。
やはり星上と一緒に帰っているところを見られているらしい。むしろ見られてない方が不自然なような気がするが。
別に知られていて不都合なことなど何もない。しかし、知られていなくて不都合なこともない。なんなら知られていると星上にとっては不都合なことがあるかもしれない。
「誰だっていいだろ。友達だよ」
「へー。お前にも女友達いたんだな。あれか?彼女か?」
「違う。そういう感じに見えるか?なんで恋人持ちはそういう思考になるかね」
昨日似たようなこと、というよりもほぼ同じことを遥香に言われた。
恋人を持っているとすぐそういう恋愛面に持っていく思考になってしまうのだろうか。
荒川は「そうかそうか」と言って口角を上げた。
「じゃ、俺はそろそろ戻るわ。またな」
「ああ」
荒川はそう言って教室を出ていった。
星上って今日もあそこにいるのかなと信夜の頭の中にはそんな思考が浮かんできた。昼休みが始まった時にも思ったことだ。
行ってみようかと思ったがそれは星上にとっては嫌なことなのかもしれない。それに正直、星上は嫌でも気を遣って断れないタイプな気がする。そう思って信夜は一人で食べることを選んだ。
(・・・・・・)
信夜は机の上にある弁当を開けた。