初めての帰り道は少し静か
いつも通っている帰り道にはいくつもの水たまりがあった。
雨があったのは昨日から今日にかけての深夜で今日の朝ごろからは降っていなかったが昨日のが相当なものだったようでまだ乾き切っていないらしい。
それともう一ついつもと違うことに隣には星上が歩いている。
自分が誘ったのだから当たり前なのだが、女子と一緒帰るのが初めてだったため信夜は妙な感じがしていた。
会話は途切れ途切れで長く続かない。一、二回どちらかが返答すると会話が終了してしまう。
信夜はその状況に少し居た堪れなくなってきた。
「その、ごめんなさい」
帰路についてから今のところ一番長い無言の時間を星上が破った。
隣を見ると俯いてしまってほとんど顔の見えない星上の姿がある。
「・・・・・・楽しくない、ですよね」
「大丈夫だよ。それに、俺の方こそごめん」
「ど、どうして、謝るんですか?」
星上は顔を上げて信夜を見る。
相変わらず長い髪が顔を覆ってこんなに正面でも全体を掴むことができない。
「だって、誘ったの俺だから」
この様子だと星上は楽しいなどとは思っていないのだろう。
それも仕方がない。いきなり出会ったばかりの人と帰ることになって楽しいなんて場合の方が稀有だろう。
誘ったのは自分なのだから楽しくないなんて文句を言うのはお門違いだと信夜は思う。
「私も平気です」
こんな風に気を遣わせてしまって申し訳ない。やっぱり誘ったのは失敗だったかと信夜は少し後悔する。
このように気を遣いながら帰るぐらいなら一人で帰る方が良かったのかもしれない。
星上はまた顔を逸らして俯く。信夜もまっすぐ正面、自分の帰り道を向いた。
「なんで、誘ってくれたんですか?」
小さな少し震えたような声が聞こえてくる。
誘った理由はこれといったものは何もない。
ただ自分が一緒に帰る人がいなくて、星上も同じだった。そして星上がどこか寂しそうに見えたからだ。
星上の方を見ても顔は合わず、これ以上口が開かれる様子もない。
似たようなことを前にも聞かれたことがある。前のものは「どうして相手をしてくれるのか」のようなものだった気がする。
こんなにも自分が何かされる理由を聞くのはどうしてなのだろうか。
特別な理由がなければ自分は相手にされない、そんな風に自分に自信がないからなのだろうか。
「一人で帰るのは寂しそうだからかなぁ」
進んでいる道の奥の方を見ながらゆっくりと言う。前からは新しい風が向かってきた。
「まぁ、迷惑なら言ってよ。何も言わないし、改善するから」
自分が勝手に距離を詰めてきて本当は迷惑しているのかもしれない。そんな考えが話している時には常に頭の片隅にあった。
でも、そう思っていてもきっと星上は言い出すことはしないだろう。失礼かもしれないがなんとなくそんなような気がする。
「・・・・・・私、友達がいないんです」
星上は弱々しい声で徐に告げる。
「昔、友達だって思ってた人からは友達じゃないって言われて、それから一人も」
「・・・・・・そっか」
一方的に友達と思っていたなんて中々にしんどい話だろう。一方的な感情というのはそうだと知ってしまえば辛くなってしまうこともある。
もしかするとそれが自分に自信を持てない理由の一つなのかもしれない。
「仲良くしようとしてくれるのも久しぶりで、どうしたら良いのか私、わからないんです」
今日一番のか細い声で星上は言う。
隣に見える星上の姿は最初に出会ったあの階段での姿と重なった。
「それは、俺もわからない。でも、自分の思った風にでいいと思うよ」
信夜も人付き合いが得意な方ではないと自負している。
それでも、周りに合わせて無理やり友達を作ってもそこまで意味がないと思う。
友達はきっと自分を曝け出せる相手であればあるほどいい。
「そう、ですよね」
気持ち、星上の顔が上がった。
どうやらこの答えに少しは満足してくれたのだろう。
しかし、信夜は気恥ずかしい感じがした。
ずっと歩いて、曲がり道の前まで来るとその曲がった先から見覚えのある制服を着た女子が見えた。
「あれ、そっちも今帰り?」
その女子は信夜の方を見ると大きめの声を出して短い髪を揺らしながら信夜に駆け寄る。
女子が来ているのは信夜とは違う高校の制服。それなりに近くにある女子校の制服だ。
「あれ、今日はいつもの人と違うじゃん」
側までくるとその人物は反対側にいる星上に興味を示す。
これまで何回か帰り道で会ったことがあるが星上は初めて見たので気になっているのだろう。
「シンにも女友達いたんだねー」
女子にまじまじと見られて星上は縮こまってしまった。どうやらこの手の相手は苦手らしい。
「困ってるだろ。やめてやれ」
「そうだね。ごめん、私遥香って言うんだ」
遥香は元気な声を出して、星上に笑いかける。それに星上は名前だけ言い返した。
名前だけではなく、名字も言うべきだと思ったがおそらく遥香は信夜が言う、または言っているのだと思っているのだろう。
自分で言った方が早いのに。
「じゃあ、私先に帰るね」
遥香はそれだけ言うとさっさと早足で帰っていった。
「明るい方ですね」
「いつもだよ」
あれはいつもと変わらないテンションだ。
いつどこにいても大抵常にあの明るさでいる。その上にかなりポジティブな思考を持っているところがある。
「俺たちも帰ろうか」
信夜がそう言うと、星上は小さく頷いて歩き始めた。