本心と気持ち
信夜は昼食を持っていつも食事を取っている階段へと向かっていた。
しかし、そこには今日は星上はいないしこない。無論、休みだからだ。
信夜は食事を取る場所と言われると教室の次にこの場所が出てきた。
なぜ教室で食べないかというと、それは実は今日は磯立が誘ってくれていたのだが、その時雲川がものすごく不服そうな顔で睨んできたからだ。
磯立はそれをなんとなく察したようで誘いを自分から取り下げた。最近一緒に食べなかった磯立がわざわざ誘ってくれたのだから居てほしい理由でもあるのだろうが自分よりも他人を優先して引き下がった。信夜はその様子を磯立が見てつくづく優しい性格だと思う。下手すれば損さえしてしまいそうなほどとも。
それで、その後二人が教室で食事をするためなんとなく居づらくなってしまって教室を出たはいいものの違う誰かと食べることは無理だろうし、食堂は弁当は駄目だし、その他は他の人がいるかもと他に行く場所がなく一番初めに思いついた場所がそこだった。
階段を上がってもう一段上がろうと踊り場で振り返ると一人の女子生徒が座っているのが目に写った。
その生徒が座っているのはいつも星上が座っている場所。肩をすくめて小さくなっている。
「こんなところで何してるの?大雅さん」
信夜が声をかけて大雅は顔を上げる。その顔はたまに遠目で見るような顔とは違って暗く、疲れているようにも感じる表情だった。
「あなたこそ、こんなところで何してるんですか?今日は来ないですよ」
元気の感じられない声で大雅は言う。
「それは知ってるよ。でも、他に食べる場所がなくてね。それで来たんだよ」
「そう」
相変わらず元気が感じられない。大雅はまた俯いて小さくなってしまった。
これは確かに様子が変だと言うしかないだろう。何かを抱えているようにしか信夜には見えない。
「何かあったの?」
返事はない。
きっと大雅は何も期待していない。自分で解決しなければいけないと思っているのか他人には解決できるはずがないと思っているのか。どちらにしても大雅は信夜に現状を変えるような力があるとは思っていないのだろうと信夜は感じた。
さっき少しだけ見た顔は昨日の別れ際の顔が悪化した顔のように見えた。大雅も昨日の時点で様子の変化を信夜に見せていた。それは朝の麻由理との話で気づいてはいた。
「星上さんのことでしょ?」
一瞬大雅の纏う気配が変わった気がした。
「二人に何があったのかは知らないけど、何かできることがあったら言ってくれないか?俺も力になりたいんだ」
「あなたには関係ないでしょ」
おもむろに返事が返ってくる。重く暗い言葉で。
「関係ないことはないよ。星上さんは俺の友達だし」
星上は友達だと認めてくれたはずだ。だからこそ力になりたいと信夜は思っていた。友達が思い悩んでる姿をあまり見たくはないと。
「じゃあ、あの子のそばに居てあげて。あなたにできるのはそれだけ」
せっかく顔を上げてくれたと思ったのに言い終わるとまた顔を下に向けた。
確かに事情を知らなければ何かしてあげることはできない。
側にいることが役に立つのならそれはいくらでもやるつもりに信夜はなった。しかし、それだけではなくもっと他にも何か協力したいという欲が出てきてしまった。
「他にできることはないの?」
「ないよ。あるわけない」
「・・・・・・そうか。気が向いたらいつでも相談して協力するからさ」
信夜はそう言って下を見た。
何もないと言われた。できることは何もないと。
信夜は自分にはできることがないとわかっていた。それほどに無力だと思っていた。
それでも何かしたかった。後悔をしないために何かをしなければとそんな焦燥感に駆られた。
「あなたはどうしてそんなに何かしようとするの」
ここにはいられないと思い、移動しようと思った矢先に大雅から質問が飛んできた。
「大事な友達だからだよ」
「そう。じゃあ、あなたにはその大事な友達を失うことの苦しみがわかる?」
信夜はその言葉にはっとさせられた。そして胸が同時に痛くなり始めた。頭の中に苦しい思い出が湧き上がってくる。
「わからないでしょ?あなたはきっと平和に生きてきたんだろうから」
胸がどんどんと苦しくなる。頭まで痛くなってきた気がした。だんだん顔が重くなって前が向けなくなってくる。
「大雅さんがどれだけ苦しんでるかはわからない。でも、その痛みをわからないとは言いたくない」
それは確かに痛い。とてつもなく痛かった。信夜は間違いなくそう感じた。
「もしかしてあなたも?・・・・・・その、ごめんなさい」
顔を上げて驚いたかと思ったら丁寧に頭を下げて謝罪した。軽率な発言だったのだと思ったんだろう。
それを思い出すのは信夜にとっては確かに辛かった。それは信夜の人生において今一位、二位を争うほどのものだ。逆に言えばそれに匹敵するものももう一つあった。
「いいよ。知らなくて当然だろうし。でも、そうやって聞いてきたってことは友達だったんだね」
ここで友達を失う話を出すということはそういうことなのだろうと信夜は察した。
「・・・・・・はい」
大雅は苦い顔で頷く。
二人は友達だった。そして、何かがあって今は離れ離れになっているんだろう。
その理由はわからない。きっと教えてはくれない。それでも信夜は一層力になりたいと思った。
「友達がいなくなるのが辛いことはよくわかる。俺もそうだったからよくわかってるつもりだ。でも、だからこそ二人にはまた友達になってほしいと思う」
これは信夜にはもう叶えられないこと。だけど二人はまだ間に合う。ならばそうしてあげたいと信夜は思った。
友達のことであれだけ塞ぎ込めるのならきっともうただ単に嫌っているはずではないだろうと信夜は思う。ならばできるはずだとも。それは星上側の問題もあるが。
「だから何かできることがあったら教えてくれないか?そして手伝わせてくれ。そのためなら惜しみなく協力する」
信夜の発言に大雅は顔を逸らした。
「私にはもうできないよ」
弱々しい声が飛んでくる。ゆっくりとそれは綴られていった。
きっと大雅は自分に負い目を感じてる。なぜなのかはわからないがそれが足を掴んで前へと進む足枷となっている。
「でも、仲直りしたくないわけじゃないんでしょ?なら、頑張ろう。俺も全力で協力する」
たったこれだけのことしか言えない信夜は自分が情けなく感じた。
苦しさはわかっているはずなのに、励ます言葉も見つけられない。
「・・・・・・ありがとう」
信夜はいつのまにか下がっていた顔をあげると大雅の顔が今日見た中で一番明るいように見えた。その表情を見て信夜は少しだけ嬉しくなった。
「今日はここに来て正解だったかも」
「そういえばなんでここに?」
「それは・・・・・・」
大雅は黙ってしまった。
何か言えない事情があるのだろう。それを追及することは信夜にはできなかった。
しかし、信夜も少し思い出したことがあった。
「そういえば」
「何?」
大雅が不思議そうに聞いてくる。
「いや、ここで落ち込んでる人に会うのは三回目だと思って」
一度目は幼い頃に。二度目は星上。そして三度目は今。どれも階段で女の子の話だ。
考えてみれば共通点が多い。何か女の子はそういう傾向でもあるのだろうか。
「三回目?」
「ああ、小学校の頃に一回あって。それで、星上ともこんなふうに会ったんだよ」
「それって小学校の階段でってこと?」
「そうだけど」
それがどうかしたのだろうか。階段と言わずここと言ったから小学生の頃にもここに来たことがあると思ったのか、それとも本当にここで三回あったと思ったのだろうか。
「その小学校って」
大雅は少し詰めてきた尋ねたがすぐに引き下がった。そして頭を軽く振る。
「いや、なんでもない」
「そう?」
信夜はすこしやりきれない気持ちになったが本人がいいというのであればいいだろう。言いたくないのかもしれないし。
しかし、なぜそんなことを聞いたのかは本当に不思議だった。
「じゃあ、その邪魔してごめんなさい。私はこれで失礼します」
軽く会釈して大雅は歩き出す。信夜が手に持っている弁当が入った袋を見てなんとなく察したのだろう。
「あ、ちょっと待って」
去ろうとする大雅を信夜は一度引き留めた。大雅は振り返って信夜の方を向く。
「本当に何かできることがあったら協力させてほしい。頼む」
信夜は頭を下げる。
「・・・・・・そんなに協力しようとするのはあの子のためですか?」
「もちろんだ。でも、それに加えて今は二人に仲直りしてほしいと思ってるからだ。俺みたいに大事な友達を失ってほしくないから。今は二人揃って笑ってほしいってそう思ってる」
信夜は本心を話した。これが信夜が思っていたことだった。
加えていえばもともと困っている人を放って置けないなんて気持ちも少しはあった。しかし、今はそれよりもこの気持ちが何よりも強い。
「わかった。だから、その時はよろしくね」
大雅の声を聞いて信夜は顔をあげる。しかし、その時には大雅はもう振り向き始めていた。そして、そのまま階段を降りていく。でも、振り向く際、少し見えた顔はほんの少しだけ笑っているように見えた。




