あの手を知りたくて
つい先程までいた部屋を歩いて出ていく。周りには同じ部屋にいた人たちが同じ方向に向かって歩いている。
星上に連れられて訪れた場所は映画館だった。そいうわけなので一緒に同じ映画を観るわけになった。
内容は男女が一緒に成長していく青春恋愛?ものだった。公開時期も知らなかった作品だったが信夜は普通に面白いと感じた。
「面白かったな」
外まで出てきた信夜は呟くように言う。星上は安心したような顔をした。
どうやら自分の趣味に合うのかどうか心配してくれたのだろう。
しかし、信夜はそこまで心配しなくてもいいのにと思った。
信夜は大体のジャンルには触れてどれも違う良さがあって面白いと思っている。文学作品もライトなタイトルも信夜の守備範囲だった。
映画館が中にあるショッピングモールを歩いていく。目的地はよくわかっていない。
「このあとはどうする?」
星上に問いかけると星上は立ち止まって俯いてしまった。
信夜にはその意図がよくわからなかった。予定があるのかないのかさえよくわからない。
信夜は周囲を見渡す。
あまり来る場所ではないからわからないがなんとなく人が多いような気がする。土曜日だからだろうか。
他の人たちは映画を見終わったあとどうしているだろうか。
「その・・・・・・」
星上はおもむろに口を開く。
「今日は、もう」
星上は何やら惜しそうな顔で告げる。
はっきりと明言はしてないがこの様子だとおそらくもうやることはないのだろう。
しかし、それならばなぜ思い詰めるような表情をしているのだろうか。時間ならまだあるだろう。
実はまだ何かやりたいことがあるのか。それとも何かの事情でできなくなったとか。
「何かあるんだったら気にせず言ってくれていいよ?」
「いえ、何も」
星上は伏し目がちな顔で言う。
信夜はどうしたらいいのかわからなくなった。
ここで解散してしまうのが正解なのだろうか。
「ねぇ、何かお昼って食べて来た?」
ふと思ったことを尋ねると星上は首を横に振る。
なんとなくそんな気はしていた。
集合時間がお昼前の少し前。映画の上映時間が一時間半ぐらい?時間など考えて観ていなかったからわからないがそれぐらいだろう。
映画館へと移動するのにもそれなりに時間をかかったから今はもうお昼だ。
午前中にお昼ご飯を食べるという人はそうはいないだろう。
上映中に何かを食べたりしていないからそろそろお腹が空いてきてもおかしくはない時間だ。
「じゃあ、ちょっとご飯食べに行かない?」
星上は信夜の顔をじっと見た。
そんなに変だっただろうか。そこまで違和感はないと思うが。
もちろん強制したりするつもりはない。
「いや、嫌じゃなかったらだけど」
星上は勢いよく首を振った。
「全然、嫌なんてことないです。むしろ、いいんですか?」
信夜が「もちろん」と返すと星上はわかりやすく顔が明るくなる。
どうしてそんな風になるのかは信夜には計り知れなかった。
それでも明る気になったことが信夜は素直に嬉しかった。
◆
食事も終え、店内から出ていく。
昼食を取った場所はショッピングモールの外にある喫茶店。
そこそこ前に訪れた時美味しかったことを思い出して信夜が誘った。値段も高くなくお手頃な価格のお店だ。
星上は何を頼めばいいのかわからないと言って信夜と同じものを頼んでいた。
「どこか行きたいところある?」
信夜の問いかけに星上は戸惑った様子を見せたあと首を振る。
「遠慮しなくていいよ?」
「・・・・・・ほんとに大丈夫です」
妙な溜めがあったけど大丈夫だろうか。
しかし、これ以上踏み込んでしまっていいものかもわからない。
信夜には星上がどこかに行きたいとしたらそれがどこなのか想像できなかった。
「その・・・・・・今日は本当にありがとうございました」
星上は丁寧に少し頭を下げた。信夜はその様子に戸惑ってしまう。
そこまでしてもらうことはしてないと思う。
お礼なんていらなかったし、ありがとうと言われるだけでもありがたいぐらいなのにここまでされる逆に申し訳なくなる。
「そんな、そんなことする必要ないよ。こっちの方こそありがとう。今日は楽しかった」
もし星上に誘われなかった今日出かけるなんてことはなかっただろう。それに出かけたとしてもここまで楽しいとは思わなかっただろう。
今日がこんな日になったのはひとえに星上のおかげのはずだ。だからむしろお礼を言うのは自分だと信夜は思う。
「じゃあ、今日は帰ろうか」
そう言って信夜は歩き出す。それに星上はついてきた。
(・・・・・・なんか、近い?)
しばらく歩くと信夜はそれに気づいた。
今日はなぜか星上との距離が近い気がする。
いつもなら間にもう少し余裕があったはずだが今日はもうすぐそこにいる。
それに立ち位置も妙だった。いつもなら横にいるが今は信夜の斜め後ろを星上は歩いている。
「どうかした?」
「ひゃ、ひゃい⁉︎」
振り向いて問いかけると星上は驚いたように距離を取った。
何をそんなに驚いたのだろうか?何か考え事でもしていたのか。
「な、なんでもない、です」
「そっか」
信夜は再び前を向いて歩き出す。星上もそれを見て歩き出した。
しかし、信夜はまた違和感を覚えた。
なぜか、今度は距離が遠い。
今度は横にはいるが一人半ほどの距離が空いている。
質問したから離れなければいけないとでも思ったのだろうか。
横目で星上を見てみると視線が信夜の方で下向きだった。視線をなぞっていくと信夜の手にたどり着く。
「俺の手に何か付いてる?」
「え?え?」
星上は驚いた表情を見せる。
信夜は見られていた手を見るが何も変なところは見つけられなかった。星上は何を見ていたのだろう。
「何かあると言ってくれたら助かる。俺、あんまり察しが良くないからさ」
信夜は自分のことを察しのいい人物だと思ったことはない。それゆえに今も星上が何を考えていることもわからない。
「そ、その、迷惑だと思うから」
星上は俯きながら呟く。
迷惑ということは何かをしてほしいやしたいということなのだろうか。
「それは言ってみないとわからないよ。とりあえず言ってみてくれない?気持ちはわかるけど、自分のこと言ってみてもいいと思うよ。友達なんだし」
迷惑をかけたくないと思い、これはそうだと思い込んで事前に歯止めをかけてしまうことはきっと誰にでもあるだろう。
でも、それが癖づいて何も言えないようになるのはあまりよくないと信夜は思う。
星上は十分に目を逸らして両手を握る。
「その・・・・・・手を繋ぎたい、です」
星上はとても小さな声で呟いた。特に後半はかろうじて聞き取れるほどの大きさだった。
「や、やっぱり、なんでも・・・・・・」
星上が願いを伝える時よりも大きな声で話している途中で信夜は手を差し出した。星上は言葉を止めてじっと手を見る。
そんなことだったのかと信夜は心の中で呟く。
あんまり人に見られたいとは思わないがここなら人通りも少ないからおそらく大丈夫だろう。
「い、いいんですか?」
星上は信夜の顔と手を交互に見る。信夜はその様子を見て微笑んだ。
確かに気恥ずかしいところはあるがそうしたいと言うのなら断る理由は今の信夜にはない。
「どうぞ」
信夜の声を聞いて星上は顔を逸らしながら手を伸ばす。そして信夜の手の上に星上の手が置かれた。
お互いに手を握って歩き出す。
信夜はしっかりと星上の顔が見えなくなった。信夜は思ったよりも心拍が上がった。
手を繋ぐなんてこと女子の友達と今までになく、さっきは意識していなかったから平気だったがいざ意識してやると思ったよりもドキドキする。
星上の手は細く、とても触り心地がいい。こんなのだったものだったのかと信夜は知った。
沈黙の中少し歩くと星上の手の力が少し強くなった。そのあとすぐに手が離される。
星上の方を見ると繋いでいた手を抱えている。
「どうしたの?」
「い、今は、これが限界です」
星上は顔を赤くして言う。胸の前では繋いでいた手をもう片方の手で強く握っていた。
「嫌だったの?」
「ち、違います!むしろ・・・・・・逆です」
逆とはどういうことなのだろうか。とにかく嫌ではなかったみたいで良かったと信夜は思う。
「そっか。それじゃ、行こっか」
「はい」
星上は少し下を見て頷く。そしていつもの距離で二人並んで歩き出した。
やがていつも別れている場所にたどり着くと二人は向き合う。
「今日は楽しかったです」
「俺も楽しかった」
「それじゃあ、またあ・・・・・・学校で」
「ああ、また」
星上の言葉に返事をして信夜は星上とは違う道を歩き出す。
少し歩くと信夜は後ろを振り返った。
信夜の手にはまだあの手の感覚が残っている。